2014年末の総選挙の結果、連立与党が326議席を獲得して引き続き政権を担うこととなった。経済政策ではアベノミクスが継続されることになり、2015年は成長戦略の具体化・加速への要請が高まると予想される。女性の労働参加の拡大は成長戦略の柱の1つとされている。本コラムでは、この問題に対するイノベーションの役割を議論する。
仕事と子育てのトレードオフ
総選挙の際の各党の政権公約を見ると、与党だけでなく野党も多くが女性の活躍や仕事と子育ての両立支援を謳っていた。また、多くの政党が地方経済の活性化を訴えていた。地方創生の中で強調されている東京一極集中の是正は、女性の就労と子育ての両立の問題とも関連している。潜在成長率を引き上げるとともに人口減少を抑制することが、背後にある2つの政策目標である。
女性の就労と出生率の関係について、OECD諸国における女性の労働参加率と合計特殊出生率の間の相関関係が、近年、負から正に転換したことが良く指摘される。この相関関係を因果関係と解釈して、「女性の労働参加率を高めれば出生率も回復する」と主張される場合があるが、そういう単純な解釈は正しくない(注1)。背後にある別の要因が女性の労働参加と出生率にともに影響しているという欠落変数に起因する見せかけの相関の可能性が高いからである。
ミクロデータを用いた内外の多数の実証研究は、女性の就労と出産・育児の間にトレードオフがあることを明らかにしており、女性の労働参加率引き上げが出生率低下をもたらす可能性は排除できない。むしろ、トレードオフの存在こそが両立支援政策の必要性の根拠である。たとえば、保育サービスの充実は子育ての機会費用低下を通じてトレードオフを軽減する効果を持つため、両立支援政策の柱となる。選挙公約でいくつかの政党が掲げた就学前教育や義務教育の拡充も、同様の性格を持っている。
イノベーションと女性就労
女性就労や出生率に関連する政策についての調査研究は、育児休業制度・労働時間制度の改善、公的な保育サービスの拡充、子供への金銭的補助といった労働政策や社会保障政策を対象にしたものが圧倒的に多い。しかし、イノベーション政策も両立問題と大いに関係がある。いくつかの研究は、家電製品などの開発・普及が女性の家事労働負担を軽減し、労働参加率を高める要因となったことを明らかにしてきた。たとえば、Greenwood et al. (2005)は、理論モデルのシミュレーションにより、家庭用耐久財の価格低下が女性の労働参加率上昇の半分以上を説明できると論じている。Cavalcanti and Tavares (2008)は、OECD諸国において家電製品などの価格低下が女性の労働参加率の大幅な上昇をもたらし、この要因だけで1975~1999年の間の英国女性の労働参加拡大の10~15%を説明できると試算している。また、Coen-Pirani et al. (2010)は、洗濯機・乾燥機・冷蔵庫という三大家電製品が、1960年代米国の既婚女性の労働参加率を約5%ポイント上昇させたと推計している。
家電製品は炊事・洗濯・掃除といった家事労働の生産性を大幅に高めた技術進歩だった。しかし、現在、女性の就労の意思決定に最も大きく影響している家計内サービス生産活動は育児および介護である。今後、ロボット・人工知能などのイノベーションがこの分野で進むことにより、仕事と子育ての両立が飛躍的に容易になることを期待したい。また、外部の保育サービスや介護施設の利用は家計内生産活動の市場サービスへの代替だが、現状これらサービス分野は非常に労働集約的である。イノベーションによってこれら施設の生産性が高まり低価格化が起きるならば、同様の両立促進効果が生じるはずである。
人口の大都市集中との関係
最近の地方創生論議では、人口減少に歯止めをかけることが強い関心事となっている。統計データから観察される大都市と地方の出生率の差が地方分散の1つの論拠とされている。しかし、都市規模と出生率の関係は因果関係ではなく、家族構成・通勤時間・産業構造といった子供の数に影響する地域差要因の欠落変数バイアス、子供を多く持とうとする人ほど地方に居住するという選別バイアスなどの可能性がある。そうだとすれば、人口を地方分散しても出生率が高まることにはならず、他方、集積の経済性を弱めることを通じて経済成長に対してネガティブな影響を持つ可能性がある。
いくつかの研究は、両親(子供にとっての祖父母)との同居や近居が、子供を持つ女性の就労に強く影響することを示している(注2)。また、Black et al. (2014)は、米国都市圏の通勤時間が1分長くなると既婚女性の労働参加率が0.3~0.5%ポイント低下すると推計し、都市による通勤時間の違いが既婚女性の労働参加率の地域差の約10%を説明すると試算している。その上で、交通技術の進歩は、女性の労働参加率を高める効果を持つと指摘している。
日本でも神奈川県、埼玉県、千葉県といった東京への通勤者が多い県では女性の就労率が低い。「社会生活基本調査」および「就業構造基本調査」の都道府県データを用いて通勤時間と子育て期の女性就労の関係を観察すると、都道府県の通勤時間が1分長いと25~44歳女性の労働参加率が約0.4%ポイント低いという関係がある。長い通勤時間が都市集中と女性の就労との間のトレードオフの一因になっている可能性を示唆している。
交通関連の技術革新のほか、この問題に対する1つの技術的な解決策はテレワークであり、これはITを活用した広義のイノベーションと言える。テレワークは最近成長しているクラウド・ソーシングとも補完的である。Dettling (2013)は、米国において自宅でインターネットを使用する既婚女性は就労確率が高く、特に子供を持つ高学歴の既婚女性で顕著なことを示している。その上で、高速インターネット環境は、テレワークを可能にすることを通じて高学歴女性のワークライフ・バランス(WLB)を促進すると論じている。また、Bloom et al. (forthcoming)は、NASDAQに上場している中国のサービス分野の大企業を対象とした実証研究で、在宅勤務制度の導入が制度利用者のWLB改善だけでなく、オフィス・スペースの節約などにより企業の全要素生産性(TFP)を20~30%高める効果を持ったと分析している。
そもそも、政策割当の原則に従うならば、集積の経済性を通じた生産性向上と出生率引き上げというトレードオフ関係にある複数の政策目標に対しては、異なる政策手段を割り当てる必要がある。ただし、交通・情報通信分野の技術革新やそれらを活かした働き方のイノベーションは、トレードオフ自体を解消する可能性を持っている。
女性の活躍、仕事と育児の両立のための対応策を検討する際、労働政策・社会保障政策に限定せず、視野を拡げて政策手段を考えることが望ましい。