データで政策バック・トゥ・ザ・フューチャー

成田 悠輔
客員研究員

エビデンスに基づく政策(Evidence-Based Policy Making; EBPM)について何か書けと言われた。正直言ってEBPMについてはほとんど何も知らないので、とりあえずは政府や官庁のサイトで「エビデンス」や「データ」のキーワードでググってみる。出てくるのは大学生が締切に追われて書いた卒論っぽい匂いがする分析報告書のpdfファイルの山。そして謎の審議会の議事録のpdfファイルの山。どちらもMS Wordっぽい見た目で作られている。フォントはおそらくMSゴシックかMS明朝。作った官僚の皆さんの汗と涙を考えるとつらくなったのでソッと閉じ、とりあえずは現実を忘れるために映画でも見て気を紛らわすことにした。

スティーブン・スピルバーグによるEBPM

2008年公開のスティーブン・スピルバーグ製作総指揮の映画「イーグル・アイ」。主人公は、しがないコピー店員のジェリー。ある日突然口座に大金が振り込まれ、自宅には留守中に大量の武器弾薬が運び込まれている。呆然としていると、突如携帯が鳴る。「逃げろ、あと30秒でFBIが来る」と警告する女は、そこからビル建設用のクレーン、街中の電光掲示板、荒野の送電線とあらゆるものを遠隔で操作し、主人公を追い詰めていく。

映画「イーグル・アイ」のポスター
「イーグル・アイ」発売中
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

実はこの電話の女こそ隠れた主人公のイーグル・アイ(鷹の眼)。米国政府が監視用に開発した架空のAIだ。イーグル・アイは監視データ中に大統領の違憲行為を目撃し、憲法の精神に則って大統領を暗殺するため、主人公の人生を乗っ取り大統領暗殺へと駆り立てるという筋書だ。SF以上にSF的な現大統領の弾劾に揺れる今日の米国を予言するかにも見えるこの物語を眺めていて、ふと気づく……。

これは
まさに
エビデンス
に基づく
政策
ではないか!

大統領から街角のコピー店員まで、あらゆる人々の生活がデータを生み出し、データは世界を覆うセンサー網からサーバーに漏れなく記録されていく。データに接続した政策機械(アルゴリズム)はデータを使って最もいい政策を発見する。この「最もいい政策」は何かの成果指標を最適化する施策かもしれないし、プログラム化されたデジタル憲法の自動実行かもしれない(映画の場合は後者)。前者なら政策機械は因果推論を走らせ、後者なら条件を判定するための機械学習を走らせる。そしてデータ生成のためのセンサーは政策実行のインターフェイスでもあって、政策機械が選んだ政策はウェブを通じて機械に接続されたモノが実行する。この循環の全体が審議会や報告書の手作りを省いて自動化され、24時間体制で常時進行している。22世紀には実現しているかもしれないEBPMの未来像だ。

図
「イーグル・アイ」発売中
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

幸か不幸か、この22世紀のEBPMの描像は今のところただの夢想であって、現実からは程遠い。データと政策の常時自動循環はあらゆる場所で行き詰まり、動脈硬化状態だ。公的機関が把握できるデータは雀の涙ほどの規模と頻度で、せっかくすくい取ったデータも廃棄されたり改ざんされたりと忙しい。そして最もいい政策を発見し実行する機械など夢のまた夢で、データはpdfやpptの資料の中に化石のように眠る。その先の意思決定と実行はどこかにいるはずの勤勉で良心に満ちた偉い人に託される。EBPMについての審議会やらシンポジウムやらが飽きもせず開催されていること自体、いかにEBPMが機能していないかの証拠だ。

しかし、明るい知らせもある。僕たちの生活を振り返ってみてほしい。政策は22世紀化していないが、生活は22世紀のEBPM化しているのではないだろうか?

ウェブによるEBPM

何の話をしているのかつかむために、例えば楽天LINEメルカリスマートニュースのようなお馴染みのウェブサービスをイメージしてみてほしい。データと政策(事業)の常時自動循環がかなり実現されていることに気付くだろう。数百万人から数千万人のユーザーの日々の買い物やおしゃべり、ニュース閲覧についてのデータがこの瞬間もたまっている。これらのサービス提供はほぼ完全に機械化されていて、ユーザーが到来するごとにアルゴリズムが瞬時に次のサービスを決める。「いいサービス」に向けた改善も当たり前のように機械が実行する。この循環が数百万人から数千万人について日々回っている。小さな国や大きな自治体の公共政策を上回る規模だ。インドやインドネシアの大手サービスはユーザー数が数倍で、中国やアメリカの大手サービスは1桁大きい。日本全体かそれ以上の規模だ。

では、ウェブ産業ではすでに大規模に実現しつつある22世紀のEBPMが、なぜ公共政策では夢のままなのか? そしてその夢を現実に近づけるには何が必要なのか? こういった疑問を12月25日のクリスマスEBPMシンポジウムでは考えてみたい。

2019年12月20日掲載

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