国際経済紛争としてのタバコ規制問題

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

今年4月に豪州議会に上程されたタバコのパッケージ規制案につき、これを投資協定違反として米系大手タバコ会社が仲裁に訴え、新たな国際経済紛争の火種となりつつある。WHOタバコ規制枠組条約(FCTC)の発効とともに、タバコ規制の貿易・投資障壁としての側面が懸念されてきたが、同法案をめぐる紛争の激化により、今後タバコ問題が非貿易的関心事項の中心的課題としてクローズアップされるかもしれない。

豪州・無地パッケージ法案 -FCTCを越えて-

かつて輸入タバコとは、「洗練」や「大人らしさ」のアイコンだった。筆者が高校時代に愛読した村上春樹の初期3部作には、実によくタバコが出てくる。同じ頃に接した浅井慎平(写真家)のエッセイも、あの世代特有のアメリカン・カルチャーへの憧憬に満ちあふれ、「洋モク」が情景描写に欠かせない小道具だった。筆者と同世代の読者には、往時のマールボロ、ラッキーストライク、セーラムといった銘柄のCMが織りなす独特の世界観をご記憶の方も多いだろう(ピンと来ない方はYouTubeへ!)。あの意匠を凝らしたパッケージは、非喫煙者にもグラフィックアートとして強い訴求力を持つ。

しかし時代は遷り、今やタバコのパッケージは随分と無粋になった。日本でもかつて持て囃されたロゴは窮屈に圧縮され、パッケージの下3分の1に健康被害に関する警告が刷り込まれている。EUやタイなどでは、タールで黒ずんだ臓器や、病変に苦しむ患者の写真までが掲載されている。これはFCTC11条3項によるもので、当事国は明瞭で視認・判読可能な警告を30%以上の面積で挿入する義務を負う。

問題の豪州の「無地パッケージ法案」(注1)は更に上を行くもので、無味乾燥な統一パッケージに健康被害を連想させる写真を載せ、ロゴの使用は一切禁止する。しかも地の濃いオリーブ色も「喫煙者に最も人気のない色だから」という念の入れようだ(注2)。百聞は一見に如かず、いかに購買意欲を減退させるものかは、各自で豪州当局が用意したサンプル(注3)をご覧いただきたい。

国際経済法から見たタバコ規制

ブランドイメージによる製品差別化は市場における競争優位をもたらし、購買行動の決定要因となりうるが、無地パッケージ法案はタバコにつきこれを真っ向から否認する。このため、貿易のフローや投資財産価値に悪影響を及ぼし、その結果、国際経済協定上のさまざまな法的争点を惹起する。

貿易制限的な規格・基準:新規制はラベリングや包装を含む産品の規格・基準を規制するWTO・貿易の技術的障壁(TBT)に関する協定に反するおそれが、先月のTBT委員会で指摘された。

TBT協定2.2条によれば、規格・基準は正当な目的の達成のために必要である以上に貿易制限的であってはならない。この正当な目的、特に人の健康の保護にタバコ規制が該当することは明白だが、無地パッケージの義務付けがその達成に必要以上に貿易制限的であるか否かが問題となる。類似の規範枠組みとしてGATT20条(b)の必要性テストを援用すると、豪州が望む健康保護の水準を満たし、より貿易制限的でない代替手段はコスト・技術面において合理的に利用可能ではなく、新規制はTBT協定2.2条に適合しうる(Voon & Mitchell [2009])。

他方2.5条は、ある規格・基準が国際的な規格・基準に適合する場合、不必要な貿易障害ではないとの推定を与える。この点、FCTC11条1項(a)は、タバコの健康への影響や危険等に誤った印象を生ずるおそれのある商標にかぎり、パッケージでの使用を規制する。たしかにFCTC11条の実施ガイドライン [PDF:95KB]46節は無地パッケージを勧奨するが、これを強制する新規制は明らかな上乗せであり、国際基準に適合するとは言い難い。

商標権の国際的保護違反:新規制の特徴は商標使用に厳格な制限を加えていることにある。このため、同じく先月のWTO・TRIPS委員会では、商標権利用に関するTRIPS協定20条違反の懸念が提起された。

同条は、特殊な形式による使用を含む特別な要件によって、不当に商標の商業上の利用を妨げることを禁じる。新規制によるタバコパッケージへの図形商標使用の禁止、文字商標使用の一定形態への制限は「特殊な形式による使用」であり、他の商品との識別を妨げる点で商標の基本的機能を害する。また、豪州で登録された海外登録商標の使用を著しく制約し、TRIPS協定2条が遵守を義務づける工業所有権保護に関するパリ条約のテルケル(tel-quel)条項(6条の5)の趣旨にも反する。

他方で、商標使用制約の目的としての健康増進と商標権の衡量の結果、新規制は「不当」ではないと解する意見もある(Voon & Mitchell [2009])。特にFCTCの存在は、こうした見解を支持する条約解釈の証左となろう。また、20条の規律は商標の使用方法の制限にのみ及び、特定の場合の不使用には及ばないとする解釈もある(Alemanno & Bonadio [2011])。

投資財産の侵害:先月27日、タバコ産業世界最大手のフィリップ・モリスが、豪州・香港投資協定 [PDF:21KB]に基づき国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)の手続による仲裁に本件を付託することを表明した(注4)。同協定1条(e)(iv)は明示的に知的財産を投資財産に含めており、その侵害は賠償請求の根拠を与える。

裁定には至らなかったものの、1994年にカナダ政府が類似の規制案を示した際、フィリップ・モリス社はやはりNAFTA投資仲裁に訴え、これが投資財産の収用に該当すると主張した(Liberti [2009])。これは国有化のような伝統的な収用ではなく、法令の強い規制が実質的に投資財産を滅失させる間接収用である。豪香協定6条にも収用について規定されており、今回も同様の主張が予想される。また、受入国による投資後の規制環境の変更が投資家の正当な期待を侵害する場合、2条2項の公正・衡平待遇原則への違反を主張できる。

むろん、これらの原則は公衆衛生を含む正当な目的をもつ規制の導入を受入国に許さないわけではなく、先例では目的の正当性や規制手段と目的の比例性なども考慮され、投資家の利益と投資受入国の規制主権の衡量が図られてきた。他方でTRIPS協定はこれらの一般原則の解釈に勘案され、新規制がこれに適合しない場合、その手段としての妥当性が問われることになろう(Liberti [2009], Mendenhall [2009])。

国際経済レジームと公衆衛生政策としてのタバコ規制

厳格なタバコ規制は着実に広がりつつある。もはやFCTCを批准していない米国でも、2012年から刺激的な写真付警告文の添付が検討されている。また、2009年にタバコの香料含有規制を導入し、目下インドネシアの申立によりWTOパネルで係争中である。更にアイスランドでは、もはやタバコの街頭販売すら禁止する法案が審議中という。

これまでもGATT・WTOでは時おりタバコ規制につき争われてきたが、嫌煙意識の国際的な高まりとともに、タバコ問題はより高次の公衆衛生上の規制主権と経済グローバル化の相克の文脈で論じられるようになっている。たとえば食品安全がWTOと各加盟国・コーデックス等専門機関との権限配分(いわゆる立憲化論)の文脈で論じられてきたように(伊藤 [2007])、今後はタバコ問題でもWTO とWHOの間で同様の議論が展開されよう。

米国政府機関は、法令によりタバコ輸出および他国のタバコ規制撤廃を促すことは禁じられ、目下米国としては豪州の新規制についても沈黙を守っている(注5)。今後の米国の出方、そしてこの紛争の行方は、国際経済関係におけるタバコ規制問題の位置付けを大きく左右する点で、注目される。

2011年7月12日
脚注
  1. Tobacco Plain Packaging Bill 2011 - Exposure draft, http://www.yourhealth.gov.au/internet/yourhealth/publishing.nsf/Content/tpp-bill2011.
  2. 「たばこパッケージ規制厳格化、オーストラリアで来年からも」AFP BB News 2011年4月7日 http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2794601/7058004
  3. 以下のサイトを参照。Public Consultation on Plain Packaging of Tobacco Products http://www.yourhealth.gov.au/internet/yourhealth/publishing.nsf/content/plainpack-tobacco.
  4. News Release, Philip Morris Asia Initiates Legal Action against the Australian Government over Plain Packaging, June 27, 2011, http://www.pmi.com/eng/media_center/press_releases/pages/PM_Asia_plain_packaging.aspx
  5. "Business Groups Seek USTR Help in Fighting Australian Cigarette Law," Inside U.S. Trade, June 24, 2011.
文献
  • 伊藤一頼 [2007]「食の安全の確保におけるWTOの役割 ― 法化・立憲化の視点から」法律時報79巻7号
  • Alemanno, Alberto, & Enrico Bonadio [2011] "Do You Mind My Smoking - Plain Packaging of Cigarettes under the TRIPS Agreement," The John Marshall Review of Intellectual Property Law 10, Issue 3.
  • Eckhardt, Joseph N. [2002] "Balancing Interests in Free Trade and Health: How the WHO's Framework Convention on Tobacco Control Can Withstand WTO Scrutiny," Duke Journal of Comparative & International Law 12, Issue 1.
  • Liberti, Lahra [2009] "Intellectual Property Rights in International Investment Agreements: An Overview," Transnational Dispute Management 6, Issue 2.
  • Mendenhall, James E. [2009] "Fair Treatment of Intellectual Property Rights under Bilateral Investment Treaties," Transnational Dispute Management 6, Issue 2.
  • Voon, Tania, & Andrew Mitchell [2011] "Implications of WTO Law for Plain Packaging of Tobacco Products," available at Social Science Research Network (SSRN), http://ssrn.com/abstract=1874593.

2011年7月12日掲載