フェローコンテンツ: 検証:日本の通商政策

第一回「二つの鉄鋼交渉物語」(1)(2)

今野秀洋
客員研究員(2004年3月31日まで在職)

1.はじめに

それはいつものように、高炉メーカーと労組(USW)の二人三脚による、アンチダンピング・相殺関税の大量提訴に始まった。ドル高を背景に増勢を続けてきた鋼材輸入量は、これにより一転して減少し始めたが、一度動き始めた保護主義マシーンは一向に止まる様子がなかった。議会では鉄鋼輸入数量規制法案が勢いを増し、国際貿易委員会(ITC)からは通商法201条にもとづくセーフガードの発動が勧告された。米行政府は決断を迫られた。自由貿易主義を標榜する大統領であったが、年末の選挙を控え、ペンシルバニア州やオハイオ州などの鉄鋼生産州の動向は無視できない。重要な貿易権限授与法案を審議中の議会を怒らせるのも得策ではない。ここに至って大統領は、内外の予想を超える厳しい輸入抑制措置を決定した。

この決定は、1984年9月18日にレーガン大統領によってなされたものである。この頃、議会では特恵関税の延長やイスラエルとの初の自由貿易協定交渉の授権を含むオムニバス法案が審議されていた。レーガン大統領がモンデール民主党候補を破って再選される7週間前のことだった。

この物語を、2002年3月5日のブッシュ大統領決定への過程を描くものと受け止めた読者がいたとしても、無理もない。年末の選挙を中間選挙とし、貿易法案をWTO新ラウンドのためのTPA法案と解すればよい。

しかし、歴史に繰り返しはない。この一見双子のような二つの鉄鋼輸入規制措置は、著しく異なった経済環境のもとで採用され、対照的な国際交渉過程をたどった。そして前者は、その政治的魔術の成功により、米政府の通商政策に一つの時代を開くことになった。また後者は、その時代が過去のものとなったことの象徴としての経緯をたどりつつある。本稿ではその二つの鉄鋼交渉の特質を対比することにより、1980年代半ばから今日にかけての国際通商環境と日本の通商政策の変化を読み取ってみたい。(注1

2.1984年鉄鋼プログラム

1984年9月レーガン大統領が決定した鉄鋼プログラムは、政治ゲームの極致ともいうべき巧みなものだった。

第一に、国際貿易委員会(ITC)のセーフガード発動勧告を一蹴し、自由貿易の大義名分をわがものにした。その発表振りは巧みに計算されたもので、「鉄鋼業への輸入救済を拒否」と題された大統領の決定文書が、18日の夕方にプレス・リリースされた。締め切りに追われるその晩のテレビ・ニュースや翌朝のワシントン・ポスト紙は、これをそのまま見出しに掲げて報道した。大統領の決定が実は輸入規制を意味することが詳しく報じられたのは翌日以後のことで、そのときには新聞紙面の第一面ではなく経済面などの扱いになっていた。

第二に、鉄鋼業界・労組の念願であった包括的な品目別・国別の数量割り当てを史上初めて採用することにより、鉄鋼生産州で共和党への支持を固めた。業界首脳や議会鉄鋼コーカスには発表の前週にストックマン行政予算局長官から説明があり、大統領の決定が輸入規制という実を伴うものであることが理解されていた。

第三に、この「名も実もとる」決定を正当付ける鍵として、外国の不公正行為に対して米国市場を守るための自主規制交渉という論理を正面にすえた。サージ・コントロールと名づけられたこの措置は、米国市場における輸入シェアを18.5%に抑えるという明示的な目標を掲げ、しかも波打ち際で外国政府のライセンスをチェックするという、実質的に輸入制限となんら異ならないものだったが、あくまでも通商法201条にもとづく輸入救済措置ではなく、「平らな土俵(a level playing field)」を維持するための「フェアな」措置と説明された。そして大統領は、自主規制に従わない国には、アンチダンピング・相殺関税法のみならず301条の職権発動を示唆した。

レーガン大統領の鉄鋼プログラムは、短期間のうちに所期の成果を挙げた。年末までに日本、韓国、ブラジルを含む7カ国との実質合意成立が発表され、翌年6月には、ECをふくむ13カ国との取極めがスタートした。

日本をはじめ輸出国側は、建前として不公正貿易批判には反発したが、交渉は一方的にUSTRのペースで進められた。輸出国どうしの調整はまったくなく、むしろ相互に出し抜かれるのを懸念してUSTRとの二国間交渉に殺到した。日本の関心は、「伝統的シェア」の確保に加えて、品目間の枠の融通性獲得にあり、そのために政府・業界代表団がワシントンで幾晩も徹夜交渉を続けた。

2002年12月16日

脚注

本稿については、佐藤眞樹氏に貴重な資料と多くのアドバイスを頂戴した。また、荒木一郎氏、鈴木英夫氏、西山英彦氏はじめ多くの方に有益なご指摘を頂いた。

2002年12月16日掲載

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