1. はじめに
国際貿易が賃金不平等にどのように影響を及ぼすのかという問題は、国際経済学における重要な研究課題の1つである。そのため、多くの研究者がこの問題に挑んできた。この問題は、国際貿易が所得不平等にどのように影響を及ぼすのかというもう1つの重要な問題と密接に関連している。というのも、賃金の不平等が所得の不平等に帰結しうるからである。本稿は、既存研究を展望し、日本の視点からこれらの問題を再検討する。
日本の労働市場の顕著な特徴として、労働市場が二重になっているという点を挙げうる。つまり、正規労働者(permanent workers)の労働市場と別個に、非正規労働者(temporary workers)の労働市場が存在する。日本では、非正規労働者数が2000年代に急速に増加した。その結果、所得の不平等や雇用の不安定性が増した可能性がある。正規労働者に比べて、非正規労働者の賃金は低く、雇用はより不安定であるからだ。本稿は、グローバル化がこうした状況に影響を及ぼしているのか否かについても検討する。
2. 伝統的な貿易理論
国際貿易理論は、デビッド・リカードの『経済学および課税の原理』(Ricardo, 1817)によって始まるとされることが多い。この本の中で、リカードは、比較優位に基づいて、イギリスとポルトガルが互いにワインと衣服を交換する例を考察している。リカードの比較優位理論においては、貿易当事国であるイギリスとポルトガルの両国ともに国際貿易によって利益を得る。リカードの理論は、イギリスの穀物法を廃止するために、国レベルでの貿易利益に着目するものであった。そのため、国内での所得の不平等について検討するものではなかった。
しかし、貿易の自由化は、多くの場合、勝者(利益を得る者)だけではなく、敗者(損失をこうむる者)を生み出す。リカードは、自由な貿易による国レベルでの利益を実現するために、食料輸入を制限する穀物法を廃止することを主張した(リカードの死後、1846年に穀物法は廃止された)。しかし、ポール・クルーグマン(ニューヨーク市立大学)は、著名な教科書である『国際経済学:理論と政策』(Krugman and Obstfeld, 2006)の中で、食料の輸入開始は、資本家には良い影響を与える一方で、地主には悪い影響を与えるものだっただろうと指摘している。リカードの貿易理論は生産要素を1種類しか考慮しないため、国際貿易が所得分配に与える影響を分析することができない。国際貿易の分配効果を議論するには、より複雑な貿易理論が必要である(表1)。
比較優位の源泉 | 生産要素 | 国際貿易の分配効果 | |
---|---|---|---|
リカード・モデル | 技術(生産性)格差 | 1種類 | なし |
ヘクシャー=オーリン・モデル | 生産要素賦存格差 | 2種類 | あり |
出所:筆者作成 |
20世紀はじめに、スウェーデンの2人の経済学者、エリ・ヘクシャーとベルティル・オーリンが、その後ヘクシャー=オーリン・モデルと呼ばれる貿易理論を提示した。ヘクシャーは、1919年に「外国貿易が所得分配に及ぼす影響について」(Heckscher, 1919)という論文を発表している。そして、オーリンは、1933年に、『地域間貿易と国際貿易』(Hecksher and Ohlin,1933)という著書を公刊した。かれらの理論は、後に、アメリカの経済学者ポール・サミュエルソンやロナルド・ジョーンズらによって、数学的に精緻化されている。
ヘクシャー=オーリン・モデルも、比較優位の概念によって、貿易パターンを説明する。しかし、リカード・モデルが技術格差に焦点を当てるのに対して、ヘクシャー=オーリン・モデルは、国々の間の生産要素賦存の格差に焦点を当てている。リカード・モデルは、1種類の生産要素(労働)のみを考慮していたが、ヘクシャー=オーリン・モデルは、2種類の生産要素を考慮する。2種類の生産要素としては、たとえば、労働と資本、高技能労働者と低技能労働者などが想定される。
ヘクシャー=オーリン・モデルは、労働が豊富な国は労働集約財を輸出し、資本が豊富な国は資本集約財を輸出すると予測する。また、知識労働者が豊富な先進国は、知識集約的な財を輸出し、単純労働者が豊富な途上国は、単純労働集約的な財を輸出すると予測する。
ヘクシャー=オーリン・モデルの定理の1つであるストルパー=サミュエルソン定理は、ウォルフガング・ストルパーとポール・サミュエルソンの論文「保護と実質賃金」(Stolper and Samuelson, 1941)の中で数学的に示されている。ストルパー=サミュエルソン定理では、国際貿易によりアメリカのような先進国では賃金格差が拡大し、メキシコのような途上国では賃金格差が縮小すると予測されている。これは、知識集約的な財を輸出している先進国では知識労働者の相対賃金が上昇し、単純労働集約的な財を輸出している途上国では単純労働者の相対賃金が上昇するからである。
しかし、多くの実証研究により、ストルパー=サミュエルソン定理の理論予測が現実の世界と不整合であることが分かってきた。アメリカのような先進国では、財の価格変化がストルパー=サミュエルソン定理の予測に反することが知られている。多くの経済学者が、国際貿易ではなく技能偏向的な技術変化が賃金格差上昇の原因として妥当であると考えている。しかも、メキシコやインド、中国のような途上国では、ストルパー=サミュエルソン定理の予測に反して、賃金格差が上昇している。同定理と現実との間の不整合は、国際貿易が賃金格差拡大の主要な原因であるという説は妥当ではないことを強く示唆する(表2)。
先進国 (例:アメリカ) |
途上国 (例:メキシコ) |
|
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ストルパー=サミュエルソン定理 | 知識労働者の相対賃金 上昇 |
知識労働者の相対賃金 下落 |
現実のデータ | 知識労働者の相対賃金 上昇 |
知識労働者の相対賃金 上昇 |
Feenstra and Hanson (1997) | 知識労働者の相対賃金 上昇 |
知識労働者の相対賃金 上昇 |
出所:筆者作成 |
3. 海外生産と不平等
現実と理論との間の不整合を解決するために、新しい貿易理論がこれまで開発されてきた。なかでも、ロバート・フィーンストラ(カリフォルニア大デービス校)とゴードン・ハンソン(カリフォルニア大デービス校サンディアゴ校)の理論は著名である。彼らの1997年の論文「外国直接投資と相対賃金:メキシコのマキアドーラから分かったこと」(Feenstra and Hanson, 1997)は、アメリカのような先進国だけではなく、メキシコのような途上国においても、賃金格差が拡大する仕組みを理論的に明らかにした。彼らは、海外生産(外国生産委託)に着目した。アメリカの企業は、アメリカにおいては単純労働集約的な仕事をメキシコに生産移転する。一方、生産移転された仕事は、メキシコにとっては、在来の仕事に比べれば、知識集約的である。結果として、この種の海外生産は、アメリカとメキシコ双方で相対的に知識集約的な労働者への需要を増大させる。そのため、賃金格差が両国で拡大する。
その後も、海外生産が賃金不平等に与える影響について、多くの研究がなされてきた。ジーン・グロスマンとエスタバン・ロシ-ハンスバーグ(共にプリンストン大)が提示した海外生産(offshoring)の一般的な理論は特に学界の注目を集めた。彼らの論文「タスクの貿易:オフショアリングの簡潔なモデル」(Grossman and Rossi-Hansberg, 2008)は2008年にアメリカ経済学会の機関誌に公刊され、広く引用されている。また、「海外生産の普及:ワインと衣服の交換ではもはやない」(Grossman and Rossi-Hansberg, 2006)はより一般向けに理解しやすく書かれている。リカードはイギリスが衣服をポルトガルにポルトガルがワインをイギリスに輸出し合うような財の貿易を考察していた。しかし、グロスマンらの論文の表題が示しているように、現代の貿易は、財の貿易からタスクの貿易へと変質している。設計・企画工程はアメリカで行い、製造工程はメキシコで行うといった生産工程レベルでの国際分業が進展したためである。
グロスマンらは、海外生産は、単純労働者(低技能労働者)の賃金に3つの影響を及ぼすと主張している(表3)。生産性効果、相対価格効果、労働供給効果の3つの効果である。このうち、相対価格効果と労働供給効果は、単純労働者の賃金を押し下げる方向で働く。一方で、生産性効果は、海外生産により企業の生産性が高まることを通じて、単純労働者の賃金を押し上げる方向で働く。生産性効果が相対価格効果と労働供給効果の2つの効果を上回れば、海外生産によって、単純労働者の賃金が上昇する可能性がある。つまり、生産性効果のため、海外生産は、知識労働者だけではなく単純労働者にも利益を生む可能性がある。
単純労働者 (低技能労働者) |
知識労働者 (高技能労働者) |
|
---|---|---|
生産性効果 | + | No |
相対価格効果 | − | + |
労働供給効果 | − | + |
出所:Grossman and Rossi-Hansberg (2008) に基づき筆者作成 |
デビッド・フメルズ(パーデュ大学)らは、海外生産が賃金に及ぼす影響を実証的に検証した。彼らの論文「海外生産の賃金効果」(Hummels, Munch, and Xiang, 2014)はデンマークの全労働者・全企業のデータを用いたものである。彼らは、全労働者・全企業のデータを製品レベルの貿易データと接合し、海外生産が賃金に及ぼす影響を検証した。彼らは、デンマークにおいては、海外生産により、高技能労働者の賃金が上昇した一方で、低技能労働者の賃金は下落したと結論づけた。しかし、輸出により、高技能労働者の賃金のみならず、低技能労働者の賃金が上昇したため、全体として国際貿易が低技能労働者にとって必ずしも悪いものであったわけではない。国際貿易が賃金に与える影響は、そもそも小さい。低技能労働者の場合、海外生産の賃金弾力性は約-0.022、輸出の賃金弾力性は約+0.05であった。
ダニエル・バウムガルテン(ミュンヘン大学)らは、ドイツのデータを用いて海外生産の影響を分析している。彼らの論文(Baumgarten, Geishecker, and Görg, 2013)によれば、海外生産により、低技能労働者ばかりではなく高技能労働者の賃金も押し下げられている。その押し下げ効果は、仕事が海外生産されやすいものであるかどうか(offshorability)に依存している。海外生産による賃金削減は、双方向的ではなく、決まり切った内容の仕事をしている労働者の場合、より深刻である傾向が見られた。双方向的ではなく、決まり切った内容の仕事は、海外移転されやすい傾向にあるため、賃金削減が深刻になったと考えられる。
アブラハム・エベンシュタイン(ヘブライ大学)らは、貿易と海外生産がアメリカの労働者に及ぼした影響を2014年の論文(Ebenstein, Harrison, McMillan, and Phillips, 2014)で分析している。彼らの分析によれば、1983年〜2002年の間に、国際貿易の影響で転職した労働者は、12〜17%の実質賃金の削減に直面している。労働市場の摩擦は無視できないのだと、エベンシュタインらは主張している。この結論は、デヴィッド・オーター(MIT)らの実証研究(Autor, Dorn, Hanson, and Song, 2014)のものと似通っている。オーターらは、企業別の労働者の所得に関するパネルデータを用いて、1992〜2007年の間にアメリカにおいて、輸入競争が所得・雇用に及ぼした影響を検証している。彼らの分析は、輸入増加に対する労働者レベルでの調整費用が大きいものであったことを明らかにしている。
海外生産が賃金に及ぼす影響を検証した実証研究の結果はさまざまである。一方では、貿易と海外生産の負の効果は、無視できるものだという結果が示されている。他方では、貿易と海外生産の負の効果は、無視できないほど大きいものだという結果が示されている。グロスマンとロシ-ハンスバーグの理論モデルは、海外生産により、企業の生産性が改善することを通じて、単純労働者(低技能労働者)の賃金さえ上昇する可能性があることを示している。海外生産が賃金格差を広げるか否かは、現段階ではまだ未解決な問題といえる。より多くの実証研究により、海外生産が賃金にどのような影響を実際及ぼしているのか明らかにする必要がある。
4. 日本における賃金と所得の不平等
労働経済学者の研究により、日本の労働市場の状況がアメリカとは異なることが分かってきている。神林龍(一橋大学)らの論文「日本における賃金分布:1989–2003」(Kambayashi, Kawaguchi, and Yokoyama, 2008)は、「格差拡大の理由についての議論は白熱しているが、日本で格差が拡大しているという議論の前提自体は、決定的に確定しているわけではない」と述べている。橘木俊詔(京都大学)と大竹文雄(大阪大学)の間での議論は有名である。橘木が1980年代と1990年代に所得格差が拡大したと主張する一方で、大竹は、高齢者の間で所得格差が大きいため、高齢化が機械的に所得格差を拡大しているのだと主張した。
日本において格差が拡大したか否かを検証するため、神林らは、日本において賃金分布がどう変化してきたかを検証した。彼らは、『賃金構造基本統計調査』(1989〜2003)から得た賃金データを用いた。その分析によれば、教育水準や経験年数、就業年数、企業・事業所規模でグループ分けした場合、グループ間の賃金格差は減少している。グループ間の賃金格差が減少している理由として、教育や就業年数へのリターンが減っていることが挙げられる。神林らは、大卒労働者や就業年数の長い労働者の供給が増加した結果、教育や就業年数へのリターンが減ったと考えている。神林らの結果は、アメリカの状況と対照的である。アメリカでは、教育へのリターンが大きくなったため、賃金格差が拡大したからである。
川口大司らの研究 (Kawaguchi and Mori, 2016) は、『賃金構造基本統計調査』と『労働力調査』から得た個票データを用いて、日本において賃金格差が拡大しなかった理由を明らかにしようとしたものである。それによれば、日本では、大卒賃金プレミアム(大卒と高卒の賃金差)は、1986〜2008年の期間で減少している。同じ期間にアメリカでは、大卒賃金プレミアムは増加していた。川口らは、アメリカと比較して、日本では、大卒の数がより急速に増加したことを明らかにしている。デヴィッド・カード(カリフォルニア大バークレー校)らの研究(Card and Lemieux,2001)では、アメリカにおける大卒賃金プレミアムの上昇理由として、大卒の相対供給の低下が挙げられている。川口らは、同じ仕組みが日本では逆方向に働き、大卒の供給増加が大卒賃金プレミアムの低下につながったと論じている。
5. 日本におけるグローバル化と不平等
適当なデータがないために、日本では国際貿易と賃金の関係を分析した研究は少ない。わずかに幾つかの研究が、日本の事例を研究している。日本の輸出と外国直接投資の分析で著名なキース・ヘッドとジョン・リース(共にブリティッシュ・コロンビア大)は、2002年の研究(Head and Ries,2002)において、低賃金国における海外生産のための海外の雇用増加が、日本における雇用の技能集約度を高めたことを明らかにしている。高技能労働者への相対需要が高まれば、潜在的には高技能労働者の相対賃金が上昇し、賃金格差が拡大する可能性がある。
近年、労働者レベルのデータを用いてグローバル化と賃金・所得不平等の関連を分析する研究が日本でも見られるようになった。遠藤正寛(慶應義塾大学)は、企業・労働者接合データを構築し、海外生産と輸出が賃金に与える影響を労働者レベルで分析した最初の研究(Endoh, 2016)を行っている。操作変数法を用いて、遠藤の研究は、海外生産と輸出が日本の労働者の賃金に統計的に有為な影響を与えていることを明らかにしている。分析結果によれば、海外生産は日本の労働者の賃金に正の影響を与えている。
6. 貿易、成長、経済不平等プロジェクト
ハワイ大のテレサ・グレイニーとバイバース・カラジャオヴァリが組織した「貿易、成長、経済不平等プロジェクト」に、清田耕造、木村福成(共に慶應義塾大学)と筆者は参加した。この国際プロジェクトは、主として国際交流基金によって支援されて、日米中韓の研究者により行われた。このプロジェクトの目的は、国際貿易・投資と経済成長、経済不平等の関連を分析することである。ハワイ大学と慶應義塾大学で2016年にそれぞれ会議が開かれ、研究成果はJournal of Asian Economicsにおさめられた(Greaney and Karacaovali, 2017)。研究から得られた政策含意はグレイニーとカラジャオヴァリの短い論文にまとめられている(Karacaovali and Greaney, 2017)。その中では、研究プロジェクトの成果を踏まえると、「国際貿易と外国直接投資、経済成長、不平等の関係は非常に複雑であり、単一の理論では説明できない」ということが指摘されている。
このプロジェクトの中で、筆者は、非正規労働者が正規労働者よりも低い賃金しか得られず、雇用の安定性も得られていないという日本の労働市場の特徴に焦点を当てた。『労働力調査』によれば、非正規労働者(パートタイム労働者や派遣労働者など)は、2011年時点で労働力全体の3分の1以上を占める。非正規労働者のシェアが増加することによって、所得不平等が拡大する恐れがある。実際、日本政府は、非正規労働者のシェアの増加が所得不平等拡大の主因であると考えている。『年次経済財政報告』(2009)において、内閣府は、『就業構造基本調査』から得たデータを分析し、賃金・所得格差が拡大しており、1997年〜2007年の期間において、非正規労働者のシェアの増加が賃金所得格差拡大に大きく寄与していると論じている。
筆者の論文「日本における外国直接投資と非正規労働者」(Tanaka, 2017)は、製造業における非正規労働者の拡大と日本企業のアジア諸国への対外直接投資との関係を分析したものである。筆者は『企業活動基本調査』の2001〜2013年の企業レベルデータを用いて分析を行った。日本では、2000年代に非正規労働者のシェアが高まった。この背景には、規制緩和により、2004年に製造業への派遣労働者の派遣が解禁されたことがある。
分析期間中、日本企業は、アジア諸国への対外直接投資を増加させていた。対外直接投資を通じた海外生産によって、日本企業は低賃金国で労働者を雇用することが可能になる。しかし、海外生産が非正規労働者を雇用することの代わりになりうるか否かについては、これまであまり研究されてこなかった。イタリアの企業レベルデータを用いて、国際通貨基金のアンドレア・プレステベテロらが行った分析によれば、非正規労働者の割合が高い企業は、海外生産を行う確率が低くなる傾向が見られるという(Presbitero et al, 2015)。しかし、この傾向は、内生性を制御したより厳密な分析においては、消え去る。
筆者の研究は、対外直接投資が活発な日本の機械製造業に絞って分析を行った。特に、対外直接投資が非正規労働者の賃金シェアや雇用シェアに及ぼす影響を調べた。分析の結果からは、対外直接投資開始直後には、非正規労働者の賃金シェアや雇用シェアが増加する傾向が見られた。しかし、その傾向は、次第に消失する。そのため、対外直接投資と非正規雇用との間には、投資直後は補完的な関係が見出されるが、永続的な関係はないと結論づけることができる。海外生産は、非正規労働者のシェアを拡大することを通じて所得格差を拡大する可能性もある。しかし、筆者の研究は、そうした懸念を否定するものである。
7. 結論
エルハナン・ヘルプマン(ハーバード大)は、イギリス学士院で2016年に行ったケインズ記念経済学講演の中で、既存研究を展望し、国際貿易は賃金不平等に重要な役割を果たしてきたものの、その累積的な効果はあまり大きくないと結論づけている(Helpman, 2017)。国際貿易と賃金不平等に関するこれまでの多くの研究が、アメリカの事例を扱ってきた。日本の状況はアメリカとは大きく異なる。第1に、労働経済学の研究成果は、アメリカと異なり、日本では賃金不平等が高まってきていないことを示唆している。これは、アメリカと異なり、日本では大卒労働者の供給が多く、大卒と高卒の賃金格差が拡大しなかったことによる。第2に、日本政府は非正規労働者のシェア拡大が所得格差の拡大に寄与したと考えている。これら2つの事実から、筆者は、日本の場合、貿易や対外直接投資、海外生産といったグローバル化と非正規労働者のシェアの拡大との関係を分析する必要があると考えてきた。筆者自身のこれまでの研究に基づけば、グローバル化は、非正規労働者のシェアの拡大と必ずしも関係していない。しかしながら、さらなる研究が必要であることはいうまでもない。
<注>
本稿は、以下の筆者の英文記事を筆者自身が和訳し、一般財団法人国際経済交流財団の許可を得て転載するものである。
Ayumu Tanaka “International Trade & Income Inequality in Japan,” Economy, Culture & History JAPAN SPOTLIGHT Bimonthly, 2017年11/12月号, Japan Economic Foundation.