1. はじめに
前回、サービス部門の国際化について概説した。近年、経済協力開発機構(OECD)や世界貿易機関(WTO)を中心に国際的に幅広く関心を集めている「付加価値貿易」(付加価値輸出)に関する研究によれば、サービス部門が国際貿易において果たしている役割は、これまで考えられていた以上に大きい。
この他にも付加価値貿易に関する研究によって明らかになったことは多い。そこで、今回は、付加価値貿易に関する近年の研究成果を整理し、政策的な含意を明らかにしたい。
2. 世界的な生産分業体制と付加価値貿易
付加価値輸出という新しい視点が必要になった背景には、現実世界での生産工程レベルでの国際分業の進展がある。ここで、付加価値輸出(額)とは、最終財の付加価値額の起源に基づいて測った輸出額のことである。
従来、国際貿易を「取引額」(gross)で測ることに大きな問題はなかった。19世紀にリカードによって国際貿易論が形成された頃から20世紀の終わり頃まで、イギリスがポルトガルに布を輸出し、ポルトガルがイギリスにワインを輸出するような、最終財の貿易が中心であったからである。最終財の貿易のみしかないのであれば、取引額で測った輸出額(gross exports)と付加価値額で測った輸出額(value-added exports:最終財の付加価値額の源泉に基づく輸出額)とは同じになるはずである。
ところが、20世紀の終わり頃から、世界的な生産分業体制(global supply chain)が確立されていき、1つの財が最終財として消費者に販売されるまでに、複数の国が生産工程に関与するようになってきた。Grossman and Rossi-Hansberg (2008) において分析されているように、海外生産(offshoring)の費用が低下したことがこの背景にある。
その結果、取引額で測った輸出額と付加価値額で測った輸出額との乖離が拡大し、取引額で測った輸出額だけ見ても付加価値の源泉が分からなくなっている。一般的には、2国間で垂直的な国際生産分業がなされると、輸出取引額は付加価値輸出額よりも過大になる。たとえば、日本製の中間財を用いた中国製の最終財を日本が輸入するような場合、中国の日本への輸出取引額は付加価値輸出額を超える。さらに、3国以上の国で国際生産分業がなされると、貿易統計では把握できない、第3国からの付加価値輸出が生じる。
たとえば、日本で製造された部品を用いて中国で組み立てられたiPodが、アメリカで販売されているといわれている。この場合、中国からアメリカへの輸出取引額だけを見ていては、iPodの付加価値の一部が日本で創出されている事実は無視されてしまう。
しかも、日本で創出された付加価値額は、日本から中国への輸出取引額と、中国からアメリカへの輸出取引額の両方に計上されてしまう。これは、輸出取引額の二重計上の問題として知られている。
3. 国際産業連関表と付加価値貿易
前述のiPodのような個々の製品について付加価値の源泉を各国に割り振る研究手法を、経済全体に広げたものが、国際産業連関表(global input-output table)である。膨大な数の製品すべてを調べ上げて、その付加価値の源泉を各国に割り振るのは、現実的に困難である。また、iPodに用いられている日本の部品も実はオーストラリア由来の原料を用いているかもしれないが、そうした価値の連鎖を突き詰めるのはきりがなく、容易ではない。国際産業連関表は、国・産業レベルの集計データと行列計算によって価値の連鎖を考慮しつつ、付加価値の源泉を各国・各産業に割り振る作業を可能にするものである。
国際産業連関表は、ある国のある産業の生産物が、別の国のある産業の生産にどの程度用いられているか示した表である。例として、世界産業連関表データベース(The World Input-Output Database: WIOD)から得た日中の国際産業連関表を表1に示している。
中国 | 中国 | ||
---|---|---|---|
機械 | 最終消費(家計) | ||
日本 | 金属加工 | 2,982 | 112 |
日本 | 機械 | 5,755 | 109 |
日本 | 電子工学機器 | 3,084 | 1,967 |
日本 | 輸送機器 | 519 | 3,583 |
出所:The World Input-Output Database (WIOD) より著者作成。単位は100万米ドル。 |
この表を見れば、たとえば、中国の機械産業における生産に、日本の金属加工産業からの中間財が2,982米ドル分用いられていることが分かる。これは、中国の機械産業の生産額の0.3%に当たる。この0.3%というような数値は、投入係数と呼ばれている。この投入係数が、国際産業連関表では、(国の数×産業の数)×(国の数×産業の数)だけ得られるはずである。WIODでは、40カ国・35産業(国によって異なる)を扱っているので、最大196万個程度の投入係数が得られることになる。この投入係数の行列を、国際投入産出行列(the global bilateral input-output matrix)と呼ぶ。
この国際投入産出行列を元にして、各国の各産業の生産の付加価値額の源泉を国・産業レベルで割り振る作業は行列計算によりコンピュータ上で行える。それによって、付加価値輸出額が算出される。
4. 国際産業連関表の構築
以上で述べたように、付加価値輸出額の算出には、国際産業連関表が不可欠である。しかし、この国際産業連関表は、元々存在するものではない。基本的には、(1)各国の産業連関表と(2)2国間貿易統計の2つの既存統計データから一定の仮定を置いて、国際産業連関表は構築されている。当然、用いる統計や構築の仕方により、微妙な違いが生じる。
現在、利用可能な国際産業連関表・付加価値貿易のデータベースとしては、5つがある(表2)。このうち、The World Input-Output Database (WIOD) とOECD-WTO Trade in Value Added (TiVA) Databaseは、インターネット上で無料に入手可能なので、利用しやすい。また、これら2つのデータベースは、主要国を収録している。
統計作成者 | 統計名称 |
---|---|
OECD | OECD-WTO Trade in Value Added (TiVA) Database OECD Input-Output Tables http://stats.oecd.org/ |
IDE-JETRO | IDE-JETRO国際産業連関表 http://www.ide.go.jp/Japanese/Data/Io/ |
GTAP | Global Trade Analysis Project (GTAP) Database https://www.gtap.agecon.purdue.edu |
WIOD | The World Input-Output Database (WIOD) http://www.wiod.org/new_site/home.htm |
経済産業省 | 国際産業連関表 http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kokusio/ |
出所:Johnson (2014) を参考に著者作成。 |
以下では、国際産業連関表の典型的な作成手順を紹介する。まず第1に、各国の産業連関表には、通常、産業レベルの生産額、需要額、最終財輸入額(産業数×1)に加えて、国内の投入産出行列、中間財輸入投入産出行列(産業数×産業数)が含まれている。ここから、たとえば、中国の自動車産業が電子部品産業からいくら中間財輸入しているかは分かる。しかし、中国の自動車産業が「日本の」電子部品産業からいくら中間財輸入しているかは分からない。国内の産業連関表では、最終財・中間財の輸入元まで把握していないからである。
第2に、2国間貿易統計からは、各国の各産業が他国にいくら輸出しているか輸出額(産業数×1)が分かる。ここから、たとえば、日本の電子部品産業が中国にいくら輸出したかは分かる。しかし、日本の電子部品産業が中国の「自動車産業に」いくら「中間財」として輸出したかは分からない。貿易統計は、輸出されたあとに、相手国のどの産業でいかに財が用いられているかまでは把握していないからである。
第3に、国内の産業連関表と2国間貿易統計の2つの統計データから、国際産業連関表を作成するには、さらに「比率仮定」(proportionality assumption)と呼ばれる単純化のための技術的な仮定が必要である。単純に上記の2つの統計データを接合しても、「どの国」の「どの産業」から、「ある国」の「ある産業」が中間財をいくら輸入したかは分からないためである。
比率仮定は、通常以下の2つの仮定から成る (Johnson and Noguera, 2012, p. 230)。
(1)各産業内である国からの輸入における最終財と中間財の比率は、輸入全体の最終財と中間財の比率に等しい。
(2)ある国からの中間財輸入は、すべての中間財輸入に比例して、各産業に配分される。
第1の仮定は、国内の産業連関表の情報(輸入最終財需要行列、輸入中間財投入産出行列)を、第2の仮定は、2国間貿易統計の情報を準用するためであるといえる。
この比率仮定によって、国内の産業連関表と2国間貿易統計の2つの統計データから、国際産業連関表を作成することが可能となる。たとえば、中国の自動車産業に日本の電子部品産業からの中間財をいくら生産に用いているのか算出できるようになる。この比率仮定は、一見乱暴に思えるが、たとえば日本の電子部品産業が中国の自動車産業で中間財としていくら使われているか追跡調査する手間は甚大であるので、簡単化のためにやむを得ない仮定といえる。
5. 付加価値貿易について分かったこと
国際産業連関表を用いて、各国の研究者が、付加価値貿易に関して、この5年ほどの間に急速に研究を行ってきた。それらの研究によって明らかになったことを、Johnson (2014) は以下の5点にまとめている。
1. 世界の付加価値輸出額は、今日、取引額で測った輸出額の70~75%である。1970年代、1980年代の85%から大きく低下している。
これは、国際的な生産分業体制が深化し、取引額で測った輸出額の二重計上が深刻化していることを示唆している。
2. 付加価値貿易額で見ると、製造業の貿易は相対的に小さく、サービス業の貿易は相対的に大きくなる。
これは、第1に、製造業がサービス業からの中間投入を利用している事、第2に、製造業において垂直特化が進んでいる事による。
図1は、製造業とサービス業が、輸出取引額と付加価値輸出額に占めるシェア(%)を図示したものである。図1から明らかなように、世界全体で、取引額で測った輸出額では、製造業は67%、サービス業は20%を占めているが、付加価値輸出額では、製造業、サービス業ともに40%程度である。付加価値で測ると、サービス部門のシェアが製造業とほぼ同じであることが分かる。製造業の輸出にも、サービス部門が貢献していることが分かる。
3. 輸出取引額に対する付加価値輸出額の比率は、国によって50%から90%とばらつきがある。
この原因としては、付加価値率は、製造業のシュアと強く負の相関関係にあることが挙げられる。輸出に占める製造業のシェアが高い国は、付加価値率が低くなり、資源輸出国のように輸出に占める製造業のシェアが低い国は、付加価値率が高くなる傾向がある。
4. 2国間の付加価値輸出額と輸出取引額の間の乖離は、貿易相手国によって大きく、異質である。
たとえば、日本からアメリカへの輸出の付加価値率は1をこえる。これは、中国からアメリカへの輸出に日本で創出された付加価値が含まれているためである。
5. 輸出の付加価値率の低下は、製造業の貿易シェア拡大の大きい途上国で著しい。地域貿易協定を結んでいる国や近い国の間でも低下が著しい。
地域貿易協定の加盟国内では、生産分業が進展しているので、輸出の付加価値率が低下すると考えられる。
6. 国別の付加価値率
上述のように、これまでの、Johnson and Noguera (2012) をはじめとする付加価値貿易に関する研究は、国によって、輸出の付加価値率が大きく異なることを明らかにしている。ここで、輸出の付加価値率とは、取引額で測った輸出額に占める付加価値額で測った輸出額のシェアのことである。
図2は、OECD-WTO による研究プロジェクトにより構築された、Trade in Value Added (TiVA) Databaseから得た輸出の付加価値率に関するデータを図示したものである。
これを見れば分かるように、日米の輸出の付加価値率は高く、中国、韓国、台湾の輸出の付加価値率は低い。これは、中国、韓国、台湾の輸出が、他国からの中間財を加工して輸出する加工貿易型であることを示唆している。フランスやドイツ、イギリスは、輸出の付加価値率において、日米と中国・台湾・韓国の中間に位置する。これら欧州の国々は、欧州連合の加盟国であり、当然加盟国内の生産分業が盛んであり、輸出の付加価値率は低くなる傾向にあると考えられる。
7. 付加価値貿易の政策含意
付加価値貿易についての研究は、政策にも大きな影響をもたらしうる。Johnson (2014) における議論を踏まえて、付加価値貿易に関する研究が持つ主な政策含意を5点指摘したい。
第1に、2国間の貿易収支の赤字・黒字に過大な反応をすべきではない。たとえば、アメリカは、中国に対して大幅な貿易収支赤字であるが、中国が他国の中間財を加工してアメリカに輸出している事実を踏まえれば、取引額で測った貿易収支赤字は、正確な指標でないことが分かる。実際、付加価値輸出額をもとにすれば、アメリカの対中赤字は23%縮小する (Johnson, 2014)。
一方で、国全体の貿易収支は、すべての国への輸出額から、すべての国からの輸入額を引いて算出されるものであるので、取引額で測っても、付加価値額で測っても結果は同じになる。
第2に、そもそも、2国間の輸出取引額が大きいからといって、2国間の付加価値輸出額が大きいとは限らない。中国のように加工貿易型の国は、輸出取引額が膨らみがちだからである。輸出取引額で、2国間の経済的なつながりを判断するのは必ずしも賢明ではない。
第3に、GDPの低下幅以上に、輸出が急減する「輸出急減現象」(Great trade collapse)が世界不況期に観察されたが、取引額で測った輸出額と、付加価値額で計られているGDPを対応付けて比較するのは、必ずしも適当ではない。輸出取引額は、二重計上の問題を抱えており、付加価値輸出額に比べて、増減幅が大きくなりがちである。
第4に、景気変動の国際伝播は、付加価値輸出額で判断しないといけない。日本の中間財を用いた製品が中国からアメリカに輸出されていることを踏まえると、アメリカの景気後退の影響は中国を介して間接的にも日本に伝わる。この間接的な影響は、取引額で測った従来の貿易統計では把握できないが、付加価値輸出額のデータを見れば、明瞭に把握できる。
第5に、直接の貿易当事国以外の為替レートや貿易政策の変化の影響が、貿易当事国の貿易に影響を及ぼしうる。たとえば、日本の為替レートが一般的に円安になれば、中国の企業は安く日本の中間財を仕入れることができるようになる。そうすると、中国からの最終財輸入をアメリカは増やす可能性がある。また、同様に、たとえば、日本の中間財に対する中国の関税率が低下すれば、中国の企業は安く日本の中間財を仕入れることができるようになる。そのため、やはり、中国からの最終財輸入をアメリカは増やす可能性がある。
8. 終わりに
今回は、付加価値貿易に関する学問的な基礎と政策的な含意を概説した。付加価値貿易の研究によって、サービス部門が国際貿易に果たす役割が大きいことが明らかにされるなど、すでに多くの新しい発見がなされた。同時に、それを踏まえて、新しい政策含意も得られている。今後益々研究が進展することが期待される。