国際貿易と貿易政策研究メモ

第24回「貿易自由化の勝者と敗者」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 摂南大学経済学部講師

1. はじめに

前々回、前回と、貿易自由化によってもたらされる恩恵が非常に大きいことを紹介してきた。日本の開国を研究した、Bernhofen and Brown (2005) は、開国による貿易利益の大きさを最大で国内総生産(GDP)の8~9%ほどであったと見積もっている。

しかし、貿易自由化に伴い、勝者だけではなく、敗者が生じる。たとえば、日本の開国時には、綿製品の輸入開始により、国内の綿織物産業が打撃を受けたとされる(三和、2002)。こうした敗者が、貿易自由化へ反対する政治的勢力となり、政府に圧力をかければ、貿易自由化は進展しない。

今回は、貿易自由化に伴い、勝者と敗者が生じる事実に対して、どのような政策手段が考えられるのかを議論する。

2. 輸入関税の撤廃

まず、貿易自由化に伴い、国全体として経済厚生が高まっても、勝者と敗者が生じる場合として、代表的な2つの例を紹介する。

第1は、輸入関税を撤廃する場合である。国際価格に影響力をもたない小国の場合、たとえば、外国からの安い農産品への輸入関税を撤廃すると、総余剰は増加し、国全体としては貿易利益が生じる。

しかし、安い輸入農産品を消費できる消費者は、価格の低下と消費量の増加によって余剰が増加する一方で、国内の農産品生産者は、安い輸入農産品との競争で価格・生産量の低下を余儀なくされ、余剰(粗利潤)を減らす。

この例では、消費者が勝者となり、生産者は敗者となる。政府が輸入関税を撤廃しようとすれば、当然、生産者は貿易自由化に抵抗するだろう。

3. ストルパー&サミュエルソンの定理

第2に、第10回で紹介した「ストルパー&サミュエルソンの定理」の場合が挙げられる。ヘクシャー&オーリンの伝統的貿易理論において、貿易によって、通常経済厚生は上昇する。各国が比較優位を持つ財の生産に特化し、貿易を行うと、閉鎖経済に比べて、貿易による利益が生じるとされる。

しかし、「ストルパー&サミュエルソンの定理」に従えば、貿易自由化によって、相対的に稀少な生産要素の保有者の経済厚生は低下する。定理は、財の価格上昇は、その財に集約的に用いられている生産要素の価格を増加させ、そうではない生産要素の価格を低下させることを主張しているからである。

たとえば、アメリカにおいては、北米自由貿易協定(NAFTA)などにより貿易自由化が進展する中で、ホワイトカラー(non-production worker)に比べてブルーカラー(production worker)の賃金が低下しているのではないかと、議論されてきた。

4. 貿易自由化を巡る対立

以上で見てきたように、貿易自由化によって、得をする人と損をする人がいる状況はしばしばある。言い換えれば、貿易自由化によって、全ての人が現状よりも状態が良くなる、いわゆる「パレート改善」が難しいということである。つまり、貿易利益が生じるからと言って、パレート改善が可能だという訳ではない。貿易自由化で失うものが多い人は、当然自由化に反対する。

貿易自由化の勝者と敗者が、地理的・産業横断的に偏在することも多い。その結果、地理的・産業横断的に貿易自由化を巡る立場は異なりうる。

たとえば、日本では、貿易自由化に反対の農業と賛成の製造業で対立する。同時に、農業の比重の多い地方の方が、貿易自由化に消極的な傾向が強いかもしれない。

5. 敗者への補償のあり方(1):一括所得移転

貿易自由化を推進するには、敗者に対して補償を行い、パレート改善を実現することが重要になってくる。そうした政策手段について、国際貿易理論では、古くから考察がなされてきた。ここでは、2つの政策手段を、Feenstra (2003, chap. 6) に従って、紹介していく。

第1の政策手段は、「一括所得移転」(lump sum transfers or taxes)である。貿易自由化により、商品の価格が低下した場合または賃金が上昇した場合は、税を課す。その税収を財源として、貿易自由化により、商品の価格が上昇した場合または賃金が低下した場合に、補助金を出す。

つまり、一括所得移転は、勝者に偏る貿易利益を、敗者に再分配する政策である。このように、貿易自由化によって利益を得た個人に課税を行い、状態が悪化しかねない個人に補助金を出せば、パレート改善が実現可能であることが理論的には分かっている(Dixit and Norman, 1980)。

しかし、この政策は、現実には実現が困難である。貿易自由化により誰の状態がよくなり、誰の状態が悪化するのか明らかにするため、個々人の消費量と労働供給量(生産要素供給量)の情報が必要となるからである。また、こうした政策の実施が分かれば、個々人は自分の有利なように情報を政府に申告する恐れがある。

6. 敗者への補償のあり方(2):商品税と補助金の組み合わせ

政策の実施に必要な情報量がより少ない、より優れた政策手段として、第2の政策手段、「商品税と補助金の組み合わせ」(commodity tax and subsidies)がある。貿易自由化により財の価格水準が低下しても、従来と同様の価格水準となるように税を課す一方で、得られた税収で低下した賃金の補償に補助金を交付するというものである。賃金保障のための補助金を差し引いて余った税収を、政府が消費者に一律に還元すれば、パレート改善が実現する(Pareto gains from trade)。

この政策手段には、賃金水準を実際に観察できるのか否かという課題がある。しかし、「一括所得移転」の実施に必要な情報量よりかは、少ない情報量で実施可能である。

7. 終わりに

今回は、貿易利益が勝者に偏在する場合に、どのように敗者に補償を行うのかという政策課題を検討した。貿易自由化によるパレート改善を実現するための政策手段は、理論的には示せても、現実には課題が多い。

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のような貿易自由化を進めるうえで、いかに敗者となる恐れのある主体に補償を行うのか、慎重に検討する必要がある。基本的な原則としては、必要となる情報量が少ない政策手段を用いて、パレート改善を図るべきであろう。

2014年8月15日

補論

以下では、Feenstra(2003) に基づいて、本文中で紹介した2つの政策の詳細を紹介する。

(1) 一括所得移転

一括所得移転の額は、以下のように決める。

一括所得移転額=(貿易後の財価格-貿易前の財価格)×貿易前の財消費量
       -(貿易後の賃金-貿易前の賃金)×貿易前の労働供給量

この額が負の場合は、一括税となる。たとえば、貿易開始により財価格が上昇すれば、政府は「上昇した額×貿易前の財消費量」に当たる額を補助金として支出する。また、貿易開始により、賃金水準が上昇すれば、「賃金上昇額×貿易前の労働供給量」を労働者に課税する。

一括所得移転がなされれば、最低でも貿易前の消費水準が実現可能となる。

上の式から明らかなように、この政策の実施には、貿易前後の財価格・賃金水準のみならず、貿易前の財消費量および労働供給量の情報が必要となる。

(2) 商品税と補助金の組み合わせ

商品税と補助金を用いて、財価格・生産要素価格を、生産者については貿易後の水準に、消費者については貿易前の水準にする。つまり、以下のように、税・補助金を設定する。

消費者が負担する商品税=(貿易前の財価格-貿易後の財価格)
労働者補助金=(貿易前の賃金-貿易後の賃金)

この税・補助金の結果、消費者(労働者)は、貿易前と同じ消費・労働供給を行う。税収から補助金を差し引いた額は、非負であることが理論的に分かっている。余った税収を一律補助金(poll subsidy)として消費者に配分すれば、パレート改善を実現できる。

政策の実施に必要な情報は、貿易前後の財価格と賃金水準である。一括所得移転とは異なり、貿易前の財消費量及び労働供給量の情報が必要ではない。

文献
  • Bernhofen, Daniel M. and John C. Brown. (2005) "An Empirical Assessment of the Comparative Advantage Gains from Trade: Evidence from Japan." American Economic Review, 95(1): 208-225.
  • Dixit, Avinash and Victor Norman. (1980) Theory of International Trade: A Dual, General Equilibrium Approach. Cambridge University Press.
  • Feenstra, Robert C. (2003) Advanced International Trade: Theory and Evidence. Princeton University Press.
  • 三和良一(2002)『概説日本経済史:近現代』、第2版、東京大学出版会。

2014年8月15日掲載

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