1. はじめに
外国直接投資によって、国内の雇用が減るという「製造業(産業)の空洞化」がマスコミによって議論されることが多い。そして、空洞化を前提にして、国内立地補助金のような政策が政府によって練られることもある。しかし、学術的には、空洞化を支持する実証的証拠は十分ではなく、どちらかといえば乏しい。今回は、国内外の最新の研究成果を基にして、製造業の空洞化に関する学術研究を紹介する。
2. 国内外の実証研究の概要
国内外の実証研究を展望すると、外国直接投資によって国内雇用が減少する証拠は比較的乏しい。たとえば、外国直接投資の他に外国生産委託を含む広い意味での海外生産(offshoring)についての数多くの研究を検討したうえで、Wagner (2011) は、海外生産が雇用に及ぼす影響はほとんどないか、あっても小さな正の効果ではないかという仮説を提示している。
日本のみならず、ドイツやフランスをはじめとする国々で、外国直接投資によって国内の雇用が減少するか否かは関心をもって検討されてきた。それらの研究の多くは、外国直接投資は必ずしも国内雇用を減少させないという結果を示している(表1)。

3. 日本における実証研究
外国直接投資によって国内雇用が減少するのか否か、日本でも、経済産業研究所を中心に数多くの研究者が研究を行ってきた。
戸堂康之・東京大学教授、乾友彦・日本大学教授らによる研究、Hijzen (2007) et al. は、『企業活動基本調査』(経済産業省)からの大規模な企業レベルデータを用いた代表的な研究である。それによれば、1995年から2000年の期間に外国直接投資を開始した日本企業は、開始後、雇用を3~5%程度上昇させている。つまり、外国直接投資はむしろ雇用を増加させる効果を持つ。この結果は、外国直接投資が雇用を減らすとはいえないと結論付けている諸外国における多くの研究とも整合的である。
著者も、より最近のデータを用いて、戸堂教授らと同様の分析を行った(Tanaka, 2012)。具体的には、2003年から2005年の期間に外国直接投資を開始した製造業の288社の日本企業について、『企業活動基本調査』を用いて分析を行った。その結果、外国直接投資開始企業は、開始後3年の間に、開始前に比べて、平均的に、雇用を12.6%増加させていることが分かった。
この他にも、Yamashita and Fukao (2010) など数多くの実証研究が、外国直接投資によって、国内雇用が減少しないということを確認している。一方で、Edamura et al. (2011) は、アジアへの外国直接投資の開始は、国内雇用を減らす効果を持つ場合があることを確認している。しかし、この結果は、数多い実証研究のなかで例外的であり、さらなる研究が必要である。
4. なぜ国内の雇用は減らないのか
外国直接投資が国内雇用を減少させないことには、少なくとも以下の3つの理由が考えられる。第1に、外国市場を開拓するための外国直接投資(market-seeking FDI)は、国内生産を減らさない。輸出を止めて現地生産に切り替える際の外国直接投資は、輸出のための国内生産・雇用を減少させる効果がある。しかし、外国市場での売上拡大を図るための現地生産は、国内生産と代替的ではない。
第2に、外国での最終財の現地生産の拡大に伴い、自国からの中間財の輸出が増える場合がある。単一の生産工程のみなら、国内生産と外国現地生産は代替的である。しかし、複数の生産工程を考えれば、国内生産と外国現地生産は補完的である場合が多い。例えば、中国で自動車の現地生産を行うために、日本からのエンジンをはじめとする部品の輸出が増える場合がある。
中間財の輸出には、サービスの輸出も含まれる。たとえば、日本の技術を供与して、中国の子会社で自動車の現地生産を行うことで、子会社から日本の親会社に技術供与の対価が支払われることもある。その場合、日本の研究開発部門の雇用に、正の効果がある。また、外国現地生産の拡大に伴って、為替リスクの管理や世界規模での資材調達網の管理など、国内の本社機能部門が果たす仕事が増える。その場合、外国現地生産の拡大は、本社機能部門の雇用に正の効果を持つ。外国子会社からの本社への利益送金には、国内の本社機能部門のサービスへの対価支払いが含まれていると考えることができる。
第3に、製造業企業が、卸売・小売・サービスのための子会社を外国に開設する場合、国内雇用を減らすとは考えにくい。例えば、日本の自動車会社が、中国で車を販売するために、自動車販売会社を設立する場合、日本の国内雇用は減らない。
要約すると、外国直接投資が国内雇用を減少させない場合も十分ある。とりわけ、近年は、低賃金を利用する動機とともに、中国をはじめとする新興国での売上を拡大する動機が、重要性を増している。単純に、外国直接投資が国内雇用を減らすと結論付けることは難しい。
5. 終わりに
企業の外国直接投資の進展によって、国内雇用が減るという空洞化論の実証的証拠は乏しいことを今回は紹介した。
企業の国際化が国内雇用に及ぼす効果を計測することは、データや手法の面で困難な作業である。しかし、精確な事実認識を基にした政策立案を可能にするために、更なる実証研究が求められている。