1. はじめに
これまで3回にわたって、モノの貿易に焦点を当てて重力方程式を紹介してきたが、実は、重力方程式は国境を越えた人、資金、モノ、サービスの移動すべてを説明できる。今日の日本において、人、資金、サービスといったモノ以外の国際移動の重要性も高まる一方である。人、資金、サービスの国際移動には政策の余地が大きい。政策の効果を測るうえで、重力方程式による分析が必要となることが多い。今回は、外国投資やサービス貿易、移民に焦点を当てて、重力方程式に基づく最近の研究状況を紹介する。
2. サービス貿易統計
サービスの貿易は、近年重要性を増してきているが、その実態に関する研究は極めて少ない。その原因は、データの整備が遅れていることである。モノの貿易については、物理的に国境を跨ぐので、各国の税関が記録を取ることができる。しかし、サービスの貿易の記録を取ることは難しい。そのため、サービス貿易の統計の整備は、モノの貿易の統計に比べて遅れている(Francois and Hoekman, 2010)。
そうした中で、OECD(経済協力開発機構)が、『サービス貿易統計』(Statistics on International Trade in Services)を公表している。この統計は、OECDのサイトから無料で入手できる(補論参照)。また、EU(欧州連合)の統計局Eurostatもサービス貿易の統計を作成している。こうした統計を用いて、2000年代以降ようやく、サービスの貿易の実証分析が進展してきた。
3. サービス貿易
前回まではモノの貿易に絞って重力方程式を紹介してきたが、重力方程式は実はサービスの貿易にも当てはまる(Head et al., 2009)。木村福成・慶応義塾大学教授らの初期の研究(Kimura and Lee, 2006)は、1999年および2000年のOECD加盟国を中心とするデータを用いて分析を行い、伝統的な重力方程式によってサービス貿易を説明できることを明らかにしている。これは、貿易当事国の経済規模や当事国間の物理的距離がサービスの貿易を左右するということである。
さらに、Ceglowski (2006) もOECDのデータに重力方程式を適用し、地域貿易協定(regional trade arrangements, RTA)とサービス貿易との間に正の関係を見出している。このことは、貿易自由化に向けた交渉が、モノの貿易だけではなく、サービス貿易についても重要であることを示唆している。
4. 国際旅客
国際旅客は、サービス貿易の一部である。サービス貿易の中で、国際旅客に絞って、重力方程式を適用した研究は数多い。これは、出入国に関する記録が厳密にとられており、出入国統計が存在するためである。出入国統計さえあれば、国際旅客人数を重力方程式で分析することは容易である。
たとえば、Neiman and Swagel (2009) は、理論的に国際旅客の重力方程式を導出した上で、重力方程式を用いて、アメリカ同時多発テロ事件(2001)後のアメリカのビザ政策の強化が、アメリカへの旅客を減らしたか否かを分析している。その結果、アメリカへの国際旅客の減少は、ビザ政策の影響ではないと結論付けている。
5. 外国投資
貿易のみならず、外国直接投資についても、重力方程式は概ね有効である(Davis and Kristjánsdóttir, 2010)。また、外国直接投資に付随して起こる、本国の親会社と外国にある子会社との貿易(企業内貿易)もやはり重力方程式で説明できることが示されている(Yeaple, 2009; Keller and Yeaple, forthcoming)。
さらに、外国証券投資も重力方程式で説明できることが、これまでの実証研究によって明らかになってきている(Lane and Milesi-Ferretti, 2008; Portes and Rey, 2005)。ただし、なぜ外国証券投資を重力方程式で説明できるのかについては、理論的な説明がまだ十分ではない。今後の研究が必要である。
6. 移民
最後に、移民についても、重力方程式で説明できることが実証研究によって明らかにされてきている(Lewer and Van den Berg, 2008)。
7. 終わりに
日本にとって、サービス貿易、外国投資、移民の重要性は高まっている。今回は、こうした現象についても、重力方程式が有効であるということを示してきた。重力方程式は国境を越えた人、資金、モノ、サービスの移動すべてを説明できるのである。
サービス貿易、外国投資、移民には、政府による政策の余地が大きい。これらの現象を理解し、政策の効果を測るうえで、重力方程式を用いた実証分析が重要であるといえよう。
補論
OECDのサービス貿易統計は下記のURLから入手できる。
URL: http://stats.oecd.org/