1. はじめに
東日本大震災を契機にして、産業の空洞化に対する懸念が強まっている。そもそも、企業はなぜ外国に子会社を設立するのか。あるいは、なぜ外国直接投資(foreign direct investment, FDI)を行うのであろうか。今回は、企業が外国直接投資を行う理由を簡潔に整理することで、企業の海外移転の問題を考える枠組みを提供したい。
2. 水平的外国直接投資と垂直的外国直接投資
企業が海外に生産拠点を移転する理由としては大きく2つがこれまで指摘されてきた。1つは、前回紹介した、生産拠点を市場に近づけることで輸送費用を節減するという理由である。アメリカの消費者に車を販売するためには、日本で車を作ってアメリカに輸出するよりも、FDIにより設立した現地子会社で作って販売する方が、輸送費用を節減できる。このように輸送費用を節減することを目的としたFDIは、「水平的外国直接投資」(horizontal FDI)と呼ばれる(図1)。
企業が海外に生産拠点を移転するもう1つの大きな理由は、生産費用の節減である。日本とタイでは賃金が異なる。そのため、賃金の安いタイで生産して日本に輸入した方が生産費用を節減できる。このように生産費用を節減することを目的としたFDIは、「垂直的外国直接投資」(vertical FDI)と呼ばれる(図2)。
3. 輸出基地型外国直接投資
現実のFDIは、垂直的FDIと水平的FDIの2つのいずれかに分類できないこともある。輸送費用の節減と生産費用の節減の両方の意図をもって、中国に生産拠点を移転し、日本と中国の市場に製品を供給する日本企業もある。
近年、企業はさらに複雑な国際戦略を用いている。代表的な2つを紹介する。まず、日本企業がアメリカ市場に自動車を供給するのにあたって、賃金の安いメキシコの子会社で生産した自動車をアメリカに輸出するという方法がある。これは、「輸出基地型外国直接投資」(export platform FDI)と呼ばれる戦略である(図3)。
4. 複合型外国直接投資
また、日本企業が、賃金の安いメキシコの子会社で自動車の部品を作ってしまい、アメリカの子会社で最終組立をするという戦略もありうる。これは、「複合型外国直接投資」(complex integration strategy)と呼ばれる。この戦略では、中間財生産工程を低賃金国に移転することで生産費用の節減を図るとともに、最終財生産工程は市場となる国で行うことで輸送費用も節減できる。生産費用と輸送費用の両方の節減が可能となる。
5. 自由貿易協定と投資戦略
企業にとっては、物理的輸送費用だけではなく、関税も重要である。たとえば、メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国のため、アメリカへの輸出の際の関税が低い。そのため、輸出基地型FDIや複合型FDIの投資先として日本企業にとって都合がよい。
韓国は欧州連合やアメリカをはじめとする国々と自由貿易協定(FTA)を結んでいる。そのため、輸出基地型FDIや複合型FDIの投資先として韓国の魅力は高まっている。米韓FTAが発効すれば、韓国で製造した製品をアメリカに輸出する方が、日本から輸出するよりも有利な場合も生じるかもしれない。その場合、日本企業は、日本から韓国に生産拠点を移すことが合理的になる。
貿易自由化交渉への日本政府の努力は、引き続き重要であるといえる。
6. 終わりに
今回は、投資目的に応じて4つの種類の外国直接投資を簡単に紹介した。表1はそれをまとめたものである。
目的 | 代表的研究 | |
---|---|---|
水平的FDI | 輸送費用の節減 | Markusen (1984) |
垂直的FDI | 生産費用の節減 | Helpman (1984) |
輸出基地型FDI | 生産費用の節減 | Ekholm et al. (2007) |
複合型FDI | 生産費用と輸送費用の節減 | Yeaple (2003) |
新々貿易理論(firm heterogeneity model)の視点から、どのような企業がこれらのFDI戦略を採用するのかについても、幾つかの研究がある。また改めて紹介したい。