社会保障・経済の再生に向けて

特別企画:秋田大学・島澤諭准教授との対談「世代間格差の是正とその解決策を考える」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

今回の「社会保障・経済の再生に向けて」では、小黒コンサルティングフェロー著『2020年、日本が破綻する日』(日経プレミアシリーズ)発行を記念し、秋田大学・島澤諭准教授との世代間格差をテーマに行った対談をお送りします。

世代間格差と財政・経済の現状について

小黒一正コンサルティングフェロー小黒:
島澤先生は内閣府の研究所でも精力的に世代会計の推計をされています。世代間格差の現状についてどのようにお考えですか。

島澤諭准教授島澤:
現状としては、金額で評価すると約8000万円~1億円程度の世代間格差が発生しています。諸外国に比べても非常に大きな数字で、危機的状況です。将来世代の生活は生まれる前から破綻しているといっても過言ではないでしょう。実際、2009年に内閣府の研究所で行った推計では、これから生まれてくる世代の生涯所得に占める純負担の割合は既に50%を超えています。

小黒:
RIETI連載コラムをベースとした『2020年、日本が破綻する日』(日経プレミアシリーズ、日経出版)では2020年頃には政府の借金が民間貯蓄を食い潰す可能性があると指摘させていただきました。財政の現状ついてはどうお考えですか。

島澤:
私も危機感を抱いています。このままでいけば日本財政は確実に破綻します。小黒先生は2020年頃にと推計されていますが、高齢化による貯蓄率の低下に加え、ワーキングプアや非正規労働等の問題により若年層の所得が下がっていることを踏まえるならば、日本全体の貯蓄率の低下は小黒先生の推計よりも早く進むと思いますので、2020年よりもさらに早い段階で破綻する可能性が非常に高いと考えています。

小黒:
財政赤字の結果、受益と負担の不均衡という根本的問題が発生しています。解決策としては歳出削減や増税のほかに、いわゆる「埋蔵金」の活用なども言われています。しかし埋蔵金の活用は政府の純債務を増加させるという意味では公債発行と同じであり、将来世代への負担の先送りと変わりません。基本的には歳出削減や増税で対応するしかないと思うのですが、どうお考えですか。また、増税のタイミングを遅らせれば、それだけ将来世代に負担を先送りする可能性もあると思います。この点についてもお考えをお聞かせください。

島澤:
私も同じ認識を持っています。埋蔵金の活用や政府資産の売却で財政赤字や世代間格差を解消するには国債を償還する必要があります。ですので、財政赤字や世代間格差といった債務の問題を解決するには歳出削減や増税しか方法はないと思います。

増税は早くに実施するのが望ましいです。内閣府の試算でも、増税の遅れは若い世代の負担増加につながるとの試算が紹介されています。そこで重要となるのは何を増税するかです。所得税増税であれば若者の負担が増えるだけです。増税の対象は消費税、もしくは資産にかける税金にすべきです。同様に、歳出削減でも何をカットするかが大きな問題となります。社会保障も聖域としないで切り込む必要があります。

小黒:
毎年1兆円規模で膨張していく社会保障予算の問題もあります。社会保障予算、特に年金・医療・介護の抑制が現実的に難しい中、成長に資する他の予算にしわ寄せが向かっているように思います。一方、将来のイノベーションや、若い世代の人的資本を高める政策の推進は日本の将来を考える上でとても重要となります。社会保障予算を賄うために将来の成長を犠牲にするというのは、財政赤字の負担先送りと同様、若い世代や将来世代にツケを先送りしているのと同じことだと思いますが、どうお考えですか。

島澤:
社会保障予算の増大は非常に大きな問題です。小黒先生は「暗黙の債務」と呼ばれ、私は「目に見えない債務」と呼んでいますが、やはり年金の問題が大きいと思います。年金をねん出するために他の予算を削るというのは本末転倒です。給付を削減するとか支給開始年齢を高めたりするといった抜本的改革が必要です。

先日、日本の教育予算が経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最下位との報道がなされていました。現在の日本の状況は、高齢化が進むほど公教育予算が低減するとの政治経済学の研究結果に合致する自然な姿なのだと思います。教育予算を削れば、ご指摘の通り、人的資本が劣化するので、結局は若者が割を食うことになります。

教育予算を増やすには高齢者を納得させる材料が必要です。教育にお金を投じるとすぐれた人的資本が生まれ成長率が高まる。成長率が高まれば所得も増えるので年金額も増える。高齢者には、教育や産業の活性化にお金を使うというのは自分たちのためにもなるという点を認識してもらう必要があります。

小黒:
公的債務や世代間不均衡の拡大は民間資本をクラウドアウトし、将来の成長を抑制させるという議論があります。先生はどうお考えですか。

島澤:
現在の日本は金利が低いのであまりそうした認識は広がっていないのかもしれませんが、今後、民間資金が枯渇した場合、債務が大きいと金利が上がりクラウドアウトするというのは当然だと思います。公的債務の削減は現時点では不要なように思えますが、長期的には必ず必要になるので、公的債務は削減しておくべきです。

小黒:
国際的租税競争との関係で、法人税改革(課税ベースを拡大しつつ法人税を引き下げる)などの議論もあります。成長を促すにはどのような政策があるとお考えですか。

島澤:
法人税を引き下げて消費税を引き上げるというのは経済学的には転嫁と帰着の問題です。というのは、導管に過ぎない法人が法人税を負担と考えているのであれば引き下げる必要はありますが、法人税も最終的に一部が家計に帰着するという視点が重要であり、財政赤字が高まれば将来世代にツケが回ることになるからです。法人税だけを取り出すのではなくて、広い意味での税制改革が必要なのではないでしょうか。

経済成長を促すための最も手っ取り早い方法は規制緩和です。海外の事例を見ても、政府が成長分野を特定し、そこに予算を投じても、良い結果は生まれていません。労働コスト全般の引き下げも1つの手だと思います。過大な給付をスリムにしたり、長生きリスクだけを賄う年金にしたりすれば労働コストは下がります。解雇規制を緩和することによっても労働コスト全般は引き下げることができます。こういった政策を合わせて実施すればよいのではないでしょうか。

小黒:
規制緩和が進んでこなかった医療や農業の生産性を引き上げる必要をOECDは指摘しています。そうした取り組みも集中的に行う必要があるとお考えですか。

島澤:
そう思います。日本の資源はヒトであれ、お金であれ、枯渇する一方です。それを有効に活用しようというのであれば、規制緩和を進め市場の力を利用するのが一番効果的だと思います。

解決策について

小黒一正コンサルティングフェロー小黒:
RIETI連載コラムや『2020年、日本が破綻する日』では、世代間格差の是正のため、世代間公平基本法の制定や世代間公平委員会の設置、政府の予算編成における「世代会計」の活用、社会保障予算のハード化や事前積立、管理競争といった仕組みを導入したらどうかと提唱させていただきました。先生はどうお考えですか。また、社会保障(特に医療・介護)のIT化や社会保障番号の導入も重要だと思います。この点についても合わせてお考えをお聞かせいただけますか。

島澤諭准教授島澤:
世代間格差の問題解決には何らかの強制的メカニズムが必要です。その意味で、世代間の公平性を担保するための強力な権限を持った機関は必要です。そういうものがないと、政治過程で生まれるメカニズム、すなわち若年層に負担を押し付けるメカニズムに歯止めがかからなくなります。

世代間格差の大部分は社会保障により生み出されています。それをいかに小さくしていくかというのは重要な視点です。小黒先生の提案にも全面的に賛成です。

現在高齢者は一括りで弱者と認識されています。しかし若者の場合もそうですが、お金を持っている高齢者もいればお金を持っていない高齢者もいます。重要なのはいかに社会保障を必要としている高齢者や人々を見つけるかです。そのためにも、誰にどの程度の所得があるのかを捕捉することは重要な取り組みです。社会保障番号・納税者番号の導入は財政再建・世代間格差・社会保障の問題を解決する上で不可欠です。ただ、所得といった場合、フローの所得で認識すると引退した高齢者は全員が弱者になります。ですので、フローだけではなくストックも含めていかに把握するかが今後重要になります。

小黒:
医療・介護については、たとえばクラウド・コンピューティングシステムを使って1か所に情報を集約し、国民全体で共有できるようにすれば、自分が持つ病気に対してどのような治療がなされているのかを――個人名を開示しない形で――包括的に把握できるようになります。そうした情報開示システムについてはどうお考えですか。

島澤:
日本は本当に必要な情報にアクセスしにくい国です。それは行政側が開示していないからだと思いますが、現在はIT技術も進展しています。必要な情報を安全に提示できる環境は整っているはずです。

小黒:
予算編成における「世代会計」活用や事前積立の導入などにより世代間格差は改善できると思います。ご指摘にあったように、IT技術や番号制を活用して年金・医療・介護のシステム全体の効率化を図ることも可能だと思います。しかし実際には世代間格差は改善していません。その原因を説明する方法として、政治経済学の文脈では中位投票者定理といった理論モデルがあります。この理論によると、人口の高齢化は高齢者に有利な政策への偏りを生みます。先生は世代間格差の是正が進まない原因はどこにあるとお考えですか。

島澤:
政治を動かす民意が高齢化しているという指摘はもっともだと思います。日本は高齢者の政治的力が強いシルバーデモクラシーの国になっています。

日本の年金水準は諸外国に比べると低くはありません。子供手当が問題になりましたが、子供手当の財源などは年金を削ればいくらでも工面できるはずです。しかしそのようなことは誰も言いだしません。実際に政治家・政党に投票してくれるのは高齢者だからです。高齢者の意向に反した政策は展開できないのです。こうした現状を変える1つの方法は有権者の範囲を広げることです。米国の政治学者デーメニ(Demeny)が唱えるように、未成年者の投票権を親に与えるという投票制度を考えることもできるでしょう。

高齢者に比べ若者の投票率が低いという現状もあります。若者の投票率を上げる方法は2つあります。1つは、学生団体ivoteが取り組んでいるように、若者の意識向上を図ることです。もう1つは投票に行くコストを下げることです。現在では日曜日でも働く若者は多くいます。投票「日」ではなく投票「期間」にしておけばいつでも投票に行けるはずです。究極の姿はインターネット投票です。

有権者の範囲の拡大に関連して、1票の格差の議論がありますが、逆に格差をつけてしまうという考え方もあります。1票に年齢別のウェイトをつけて、すべての年代の総体としての意志が等しく反映されるようにすればよいと思います。

従来の民主主義は、ピラミッド型人口構造で下にいる若者が上にいる高齢者を支えるという政治モデルでうまく機能していました。現在のように高齢者の数が若者の数を上回るという図は想定されていませんでした。ですので、これからはこれからの日本にあった民主主義、投票制度を考える必要があります。

小黒:
社会保障の安定財源を確保するための消費税を含む抜本改革には超党派での議論が必要との見方があります。現在の政治情勢でそうした議論が起きる可能性はあるのでしょうか。

島澤:
先の参院選では与党・民主党と野党・自民党の双方が消費税引き上げを訴えていました。消費税引き上げが必要との認識が双方にあるのであれば二大政党が歩み寄って議論することはできます。そうすれば自然と消費税は引き上げることができるのではないでしょうか。

問題は消費税の引き上げで得た分を何に使うかです。現在は社会保障を賄うため、言い換えると、過大な社会保障の給付水準を維持するために消費税を引き上げるという議論になっています。しかし増税分を社会保障に投じていては、財政赤字も世代間格差も小さくはなりません。これは大きな問題です。

小黒:
デフレを脱却すれば財政問題は解決できるとの議論はどうお考えですか。

島澤:
デフレからの脱却だけでは財政問題、世代間格差問題は解決できません。もちろん、デフレ下での財政再建はインフレ下での財政再建に比べ過度な税負担を生むので、どの程度のインフレ率を目指すのかは別の問題として、自然な名目成長率を達成できるようにすることは必要だと思います。ただ、デフレから脱却してインフレにすればすべての問題が解決できるというのはナンセンスです。実際、インフレで解決できる世代間格差問題はほとんどありません。やはり財政構造と人口構造の問題に取り組まなければ解決は難しいです。

小黒:
最後に、世代間格差の是正やその解決策に役立つと思われる仕組みについて、お考えをお聞かせください。

島澤:
世代間格差の問題は人口が減少する中で人口増加を前提とした制度を維持しようとするところから生じる問題です。例えば、社会保障制度が代表的ですが、実際には若年者数が減る中で、若年者数の増加を前提とした制度が維持されているところに問題があります。シルバーデモクラシーが力を増し、社会保障を政治的に聖域化するのであれば人口構造を変えるしか手はないと思います。逆ピラミッド型の人口構造をピラミッド型の構造に転換する方法の1つに、移民の受け入れで若年者人口を増やすという方法があります。もう1つの方法は、財政法を厳格に運用することです。現時点では、国債の発行を原則禁止している財政法4条は形骸化した状態になっています。建設国債をいきなりゼロにするのは現実的ではないので、まずは赤字国債をゼロにするところから目指すべきです。

国債の発行とはつまりは課税の先延ばしです。選挙権を持たない若者やこれから生まれてくる将来世代はわれわれの政治の議論に参加できません。その世代に借金を勝手に押し付けるのが「正義」と言えるのでしょうか。正義に反した行動を分別のある大人が取って良いのか――世代間格差の問題は哲学の問題も含め幅広い問題が凝縮されている問題だと思います。

小黒:
経済学のバロー理論では、先送りした課税と同等分の資産を将来世代に残すことが国債発行を将来世代の負担としないための前提になっています。しかし現在の高齢者はバロー理論を成り立たせるための資産を持っていません。ここで先生が指摘された世代間の公平性が問題になるのだと思います。

島澤:
世代間格差の問題は、民主主義の欠陥や哲学、経済学的な問題が絡む大きな問題です。まだ生まれていない世代に借金を負わせて彼らの基本的人権を尊重していると言えるのか、世代間の公平性の確保は憲法に絡んだ問題でもあります。

2010年9月30日
島澤 諭

秋田大学教育文化学部准教授。
東京大学 経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)入庁。調査局内国調査第1課(月例経済報告、経済白書等)、内閣府政策統括官、大臣官房国際課課長補佐等を経て、平成13年に内閣府退官。平成16年より現職。

2010年9月30日掲載

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