社会保障・経済の再生に向けて

第9回「政策競争によって、社会保障再生の『見える化』を」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

喪失している「豊かさ」の将来像

前回のコラムまで、社会保障再生に向けた筆者の考えを述べてきた。どのような改革も、最終的には国民の信頼と支持が重要な鍵を握る。だが、公式文書や会見等で、改革後のイメージを伝えようと努力しても、一定の限界があるのが現実ではないだろうか。また、それは昔よりも難しくなってきている。

これにはいくつか理由があると思われる。戦後から高度成長期まで、日本が目指す「豊かさ」のイメージとしては、アメリカなどの欧米の暮らしがあった。このイメージはテレビや映画、雑誌などを通じて、広く国民に共有され、熱望されていた。だから、改革の推進は公式文書や会見等で十分だった可能性がある。実際、1960年に池田内閣が公表した「所得倍増計画」はGNPを10年以内に2倍にするという単純なものであったが、広く国民に浸透した。また、1972年に田中角栄氏が公表した「日本列島改造論」という書籍はベストセラーとなり、同年7月に田中内閣が誕生した。この計画は、日本列島を高速交通網(高速道路や新幹線)で結び、地方の工業化を促進しつつ、過疎・過密や、公害問題を同時に解決するというものであった。だが、これも改造後の姿として、欧米諸国の高速交通網のイメージが、テレビや映画、雑誌などを通じて、既に広く国民に共有されており、あとはその政策提言や実行を待つのみであったのではないか。

しかし、いまの日本が置かれている状況は全く異なる。日本は、これまで目標としてきたアメリカなどの生活水準に追い付き、一時はアメリカの経済力も凌いだ。また最近まではアメリカの金融がその目標だったが、これもアメリカ発の金融危機で怪しくなってきた。このため、広く国民が共有する「豊かさ」のイメージは既に喪失しつつある。むしろ、少子高齢化や人口減少の進展、また社会保障に対する不安によって、「悲壮感」が蔓延している。いま必要なのは、日本が目指す新たな「豊かさ」の再構築であろう。

求められる「再生戦略」の見える化

次に、「豊かさ」の再構築で求められるのは、以下の2つだろう。1つは、「社会保障再生」の具体的イメージである。だが、これは獲得する「富」を世代間でどう分配し、現在の社会保障がもたらしている世代間格差をどう改善するかという問題で、「攻」「守」のうち「守」に過ぎない。むしろ、「富」そのものを生み出す「攻」の将来像が最も重要である。すなわち、もう1つは「日本経済再生」の具体的イメージである。

最近は、環境と都市の再生融合、IT技術を駆使した世界最先端の医療・介護基盤の整備、農業の企業経営化、放送とITの融合促進、新たな公的市場の形成など、そのイメージの萌芽がみられ、政府の経済対策にもその一部が盛り込まれている。だが、広く国民が共有し、熱望する具体的イメージが、提供されているとは思えない。そのイメージは1つに収斂する必要はないが、国民が最初に求めるのは、いくつかの具体的イメージである。その上で、実現可能性を判断するのではないだろうか。

広く国民が共有できる「日本経済再生」の具体的イメージを生み出すには、創造力を高め、国全体で活発な議論を行う必要がある。そこで、提案したいのが、「再生戦略」の見える化である。公式文書や会見等で「日本経済再生」の具体的イメージを伝えようとしても、一部の国民を除き、文書や口頭で伝達できる範囲には限界があろう。また、審議会等の公的機関で、専門家の意見を伺い、議論を行うことも重要であるが、広く国民が創造力を駆使できる環境が整えば、もっと質の高い政策もあるかもしれない。

このため、民間団体や地方政府から、「日本経済再生」の姿として、「こんな日本に改造したらどうか」という戦略(プレゼン資料)とその改革後の具体的イメージを盛り込んだ1-2時間の「動画」を広く募集してみてはどうか。それを、一定審査の後、インターネット上にある政府の専用サイトに掲載し、広く国民的議論・検討を喚起するのである。できるだけ質の高い政策提言を集めるため、大臣表彰や懸賞などを用意してもよいかもしれない。また、地方分権の議論が進行しているが、本来であれば、ある地域は世界最先端の娯楽・観光産業に特化、別の地域はアジア最先端の医療・介護産業に特化するなど、地方独自の比較優位を極める骨太の政策提言があってもよいだろう。

いずれにせよ、上記の政策競争の枠組みを活用して、広く国民が共有し、熱望する「日本経済再生」の見える化を進めてはどうだろうか。

50周年に向けて「社会保障再生」の見える化を

ところで、日本の社会保障基盤は、1961年に整備された。その時、年金・医療の皆保険などの仕組みも整った。そして、2011年は皆保険50周年にあたる。

しかし、従来の社会保障の信頼は大幅に低下し、その将来に国民の多くは不安を抱いている。このため、現在、与党・政府は、「安心社会実現会議」による社会保障改革の検討も行っている。だが、社会保障の安定財源確保を含め、社会保障改革の推進にあたっては、国民の理解も必要となる。これら改革によって、どう社会保障が再生するのか、国民は知りたいと思っているはずである。

また、皆保険50周年の2011年は、社会保障の抜本改革を行うには最高の機会である。医療と介護の連携強化、無年金世帯の解消、年金と生活保護の整合性確保など、解決すべき課題は山積している。また、東アジア諸国とのEPA(ヒト・モノ・カネ)を活用しつつ、世界最先端の医療・介護基盤を構築していくような積極的提案も考えられよう。こうした状況にある今こそ、公式文書や会見等による改革推進のみでなく、上記のような政策競争の枠組みや動画を活用し、「社会保障再生」の見える化を押し進めてみてはどうだろうか。

2009年6月5日

2009年6月5日掲載

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