中島厚志の経済ルックフォワード

動意が見え始めたか、国民のデフレマインド

中島 厚志 理事長

際立って低いサービス物価上昇率

欧米では、近年の景気回復に支えられて安定した消費者物価上昇率が実現しているが、日本でもプラス圏の消費者物価上昇率が定着してきている。その度合を3月の消費者物価上昇率(総合指数)で見ると、米国(PCEデフレーター)は+2.0%と相対的に高いもののユーロ圏は+1.3%であり、日本の+1.1%はやや低いとはいえ相応の水準となっている(図表1)。

図表1:主要国:消費者物価上昇率の推移
図表1:主要国:消費者物価上昇率の推移
(注)消費者物価は総合指数で前年同月比
(出所)総務省統計局、米国労働省、ドイツ連邦統計局、英国統計局、Eurostat

特に、消費者物価指数を財(モノ)とサービスに分けてみると、日本のモノの消費者物価は米国やユーロ圏よりも高い上昇率を示している(図表2)。背景には、円安や国際的なエネルギー・資源価格の上昇などで輸入物価が上昇していることがある。また、天候不順などで農産物価格が上昇していることも影響している。

図表2:日米ユーロ圏:消費者物価の推移
図表2:日米ユーロ圏:消費者物価の推移
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(出所)総務省、米BEA、ECB

しかし、日本の消費者物価の問題はサービス物価の上昇率が際立って低いことにあり、それが日本の消費者物価全体があまり上昇しない主因となっている。

3月の数字を見ても、モノの物価は+2.0%の上昇で米国やユーロ圏より高い。一方、サービスの物価は+0.2%と欧米に比べて際立って弱い上にゼロ%近傍の状態が98年末以降、消費税引き上げ時を除いて、一貫して続いている。

サービス物価低迷の主因は、サービス物価に占めるウエイトが大きい家賃とりわけ帰属家賃(持ち家も賃貸住宅同様に家賃が発生したものと計算してサービス物価に計上)の下落と消費者の節約志向にある。このうち帰属家賃下落は市場家賃が上昇しており算出方法に違和感があるとも指摘されているが、消費者の節約志向については賃金があまり上がらない中で教養娯楽費などへの支出を抑えている姿勢が見て取れる。

注目すべきサービス物価上昇の兆し

もっとも、一貫して低迷してきたサービス物価が、今年になって僅かながらも上昇しはじめていることは注目される。帰属家賃下落の傾向は変わらないので、注目点は消費動向ということになる。しかも、需給や消費動向に絡んでは、GDPギャップ、消費者態度指数や消費者の1年後の物価予想といった、サービス物価の動きに先行する傾向がある経済指標がいずれも上昇基調となっている。

このうち、経済の需給を示すGDPギャップは17年第2四半期からプラス(需要超過)に転じており、直近では日本の需要超過度合は主要国の中でも大きくなっている(図表3)。当然ながら、このことは需給面からの物価上昇圧力が強まる方向にあることを示している。 また、内閣府が発表している消費者マインドを指数化した消費者態度指数も過去3年半ほど改善傾向が続いており、消費マインドの改善が示されている(図表4)。もちろん、供給増減にも関係するとはいえ、消費者マインドの改善は需要増につながるものでもあり、インフレ圧力につながるものともなる。

図表3:主要国:GDPギャップ
図表3:主要国:GDPギャップ
(出所)OECD
図表4:日本:消費者態度指数の推移
図表4:日本:消費者態度指数の推移
(注)2⼈以上の世帯、季節調整値
(出所)内閣府「消費動向調査」

さらに、日銀によるアンケート調査結果(「生活意識に関するアンケート調査」)でも消費者の1年後の物価予想は2017年春を底に高まる傾向にあり、堅調な景気回復や労働需給ひっ迫による労働コスト上昇などを背景に消費者がこの1年物価上昇の強まりを意識していることを窺わせる(図表5)。

図表5:日銀:1年後の物価の予想
図表5:日銀:1年後の物価の予想
(出所)日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」

デフレマインドから脱却しつつある可能性

サービス物価に先行性がある経済指標がいずれも増加基調にあることは、今後サービス物価が基調としては上昇する可能性を示唆しているといえる。

一方で、今年3月調査の日銀短観における「企業の物価見通し」で、企業(全規模全産業)が想定する1年後の消費者物価上昇率は平均0.8%の上昇で前回調査(昨年12月)から変化がなく、企業のインフレ期待は鈍いままとの指摘もある。

しかし、企業の1年後物価見通しは、その直前の四半期の消費者物価上昇率との相関が強く、そもそも直近の消費者物価上昇率に引きずられる遅行指数のようにも見える。この前提に立てば、消費者物価が上昇傾向にあることから企業の物価見通しはこれから上がるともいえる。

消費者物価は、天候要因や労働市場の状況など種々の要因で増減する。しかし、為替要因やエネルギー価格上昇に相対的に左右されにくいサービス物価が上昇する可能性が出てきていることは注目に値する。消費者(需要側)の今後の物価見通しはすでにじり高となっており、そこに企業(供給側)の物価見通しも上がることとなれば、それこそ久しく日本経済を覆ってきたデフレマインドに動意が見られることになる。

一応念押ししておくと、物価に先行する経済指標の上昇を織り込んでも、帰属家賃に大きな動意が見られなければ当面のサービス物価の上昇は限定的であり、消費者物価全体への影響は少なく、金融政策に大きな変化をもたらすほどの変化は生じそうにない。計量的な計算結果もこのような結論を示唆している。

それでも、消費者側と企業側双方のデフレマインドが変化することになれば、その意味は大きい。日本経済活性化の大きなステップとしてのデフレ脱却を宣言できる前提が整うことにもなる。まだ当面の物価動向を注視する必要はあるものの、良好な景気展開と人手不足の深刻化なども背景に日本経済には長い停滞期を脱する局面が近づいている。

2018年5月11日掲載

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