フランスの大統領選挙で中道系独立候補のエマニュエル・マクロン氏が勝利した。これで、フランスが反EUに動く懸念は後退し、イギリスがBrexitに進む中でもEUの一体性は確保されることになる。
しかも、事前の世論調査が示していた60%程度の得票率を超える66.1%を獲得しての勝利であり、6月に行われる日本の衆議院に当たる国民議会の選挙に向けて弾みがつくことになる。当然、選挙公約としてきた経済対策でフランスの経済も上向くことが期待される。
しかし、国民議会の選挙日まで間があるので即断はできない。大統領選挙直前(5月3日)の世論調査では、マクロン新大統領の党「共和国前進」は国民議会の半数近い議席を一気に獲得するとの結果だが、マクロン新大統領は議会で多数を握る社会党や共和党に属さない独立派であるだけに、議会での多数派形成とマクロン派の内閣組織は容易ではない。今回の選挙での史上最高の白票・無効票率や極右ルペン氏当選阻止のために消去法でマクロン氏に投票した人々の多さを見ればなおさらである。
加えて、今後マクロン新大統領はさらに大きな課題に直面することになる。そもそも、今回の大統領選挙で大きな争点になったのは、左右の思想対決色が強かった従来のフランス大統領選挙から見れば、雇用、移民、景気やEUの政策など人々の生活により直接的に影響する課題である。
しかも、移民問題やEU・ユーロ圏の政策はフランス国内だけでは解決できない。EU・ユーロ離脱に舵を切るのであれば別だが、EU支持のマクロン新大統領としてはEUに影響力を行使し、EUと一体になって解決していくしかない。
目立つフランス経済の低迷
フランスの今回の大統領選挙の争点が従来の左右思想対決と比べて多様化し、身近なものとなっている背景には、長引く景気低迷で経済運営や雇用改善に国民の関心が強まっていることが挙げられる。
実際、フランス経済の回復はユーロ圏他国に比べて出遅れており、所得や雇用改善が大きな優先課題となったことは理解できる。フランスの過去5年間の実質経済成長率はEU加盟国の中でも下位にあり、それより低い成長率は主として公的債務危機に見舞われたイタリア、スペイン、ギリシャといった国々である(図表1)。
この弱い経済成長の背景には、財政健全化を意識した税・社会保障負担増大もある。ちなみに、フランスの世帯当たり所得税負担率は、世帯構成によって異なるものの、OECDトップクラスの高率である(図表2)。しかも、社会保障負担も重く、付加価値税率はOECD平均並みの20%ある。
この結果、過去5年の1人当たり可処分所得増加率は年率0.7%で、同じ期間の消費者物価上昇率(総合)を勘案すれば実質的な可処分所得増はゼロとなる。これでは、国民の経済への不満が減少することにはなりにくい。
低成長が続くことで、失業率も、緩やかに改善しているものの10.1%(2017/3)と高止まりしている。過去5年間(2012/1〜16/12)の失業率も、ユーロ圏全体が1.2%の改善である一方、フランスは0.6%の悪化と芳しくない。
雇用の質もあまり改善していない。たとえば、景気の緩やかな回復とフランス政府の積極的な雇用下支え策が奏功して若年層雇用は回復に転じている。しかし、その中味は有期正雇用にもならない研修・見習い制度の下での雇用が中心となっている(図表3)。
さらに、フランス企業の国際競争力も低下しているように見える。ユーロ安などでユーロ圏主要国の経常収支が改善する中にあって、フランスの経常収支は悪化傾向が続いている(図表4)。対ドイツ輸出を見ても16年8月以降低迷していて輸出全体の伸びを下回っている上に、製造業企業が製造コストの安い南東欧に工場移転する動きも持続している。
経済改善への期待と難しさ
フランスの経済と産業が停滞する中にあって、いかにフランスの経済を浮揚させ、企業競争力を回復させるかがマクロン新大統領に課された大きな課題である。景気が良くなれば雇用問題も改善する。
これらの経済課題に呼応する形でマクロン新大統領は企業活力回復を公約としており、企業減税や硬直的な労働規制の柔軟化などを行い、投資とイノベーションを推進するとしている。EU擁護も、ヒト・モノ・カネ・サービスの自由移動が続くことで経済成長にはプラスである。
これらの公約の多くは、EUから距離を置き、経済愛国主義を掲げてトランプ流の保護主義的政策を並べた極右候補ルペン氏が示していなかったものでもある。この観点では、フランスの人々は親EUばかりか経済・雇用に好影響を与える政策を選択したことにもなる。
もっとも、これでフランスの経済課題が早期に解決するとは言いにくい。EUの財政健全化優先政策の下で積極的財政政策は打ちづらくなっており、ユーロ圏内の国別経済格差は拡大している。フランスの1人当たり国民総所得を取っても、リーマンショック後伸び悩んでドイツとの格差が拡大している(図表5)。
EUは毎年の各国財政赤字を対GDP比マイナス3%以内とする基準を設けており、フランスは17年中の目標達成を目指している。マクロン新大統領は、大胆な企業減税や社会保障充実策を行う一方で財政規律強化や公的業務の一部独立化などを図り、同目標は順守するとしている。しかし、フランスは2008年以降基準未達のままで推移しており、積極的な税制改革や社会保障政策の大きな足枷となる。
今回の仏大統領選挙は21世紀型経済社会構築につながる可能性
今回のフランス大統領選挙が示したのは、フランス国民の経済課題への期待だけではない。フランスが加盟しているEUとユーロ圏の在り方にも課題を投げかけている。
1つは、現行のEUの財政健全化優先方針の下では、経済が低迷するフランスや南欧諸国の経済を立て直すのが容易ではないことである。また、単一通貨ユーロによって、ユーロ圏企業は為替変動に悩まされない大きなメリットがある一方、通貨安に頼らない産業競争力が問われ、技術やイノベーション力に劣る国の産業は短中期的な競争力強化が難しいことにもなる。
これは移民問題も同じである。フランスが引き続き移民に寛容な政策を選択したことは、EUにとっても、反グローバリズムが高まりかねない国際社会にとっても大きなメッセージである。
しかし、フランスとEUを取り巻く国際環境に変化はなく、欧州への域内外からの大量の移民・難民流入は止まらない。これでは、いくらマクロン新大統領が移民に寛容といっても、フランス一国での対応には限界があり、移民問題に関して難しいかじ取りが続くことになる。
マクロン新大統領が直面する大きな経済課題の多くはフランスだけで完全には解決しにくく、フランスの将来はEUの経済政策や移民政策にもかかっている。逆に、フランスはEUの政策を左右し、リードすることができる域内大国でもある。したがって、フランスの人々がフランス大統領として親EUのマクロン氏を選択したということは、マクロン新大統領がフランスだけではなくEUの政策を左右することへの期待も込められているともいえよう。
もはや、主要先進国の経済社会の抱える課題は多様化して広がりも見せており、左右思想どころかグローバル・反グローバルの構図でも単純には括ることができなくなっている。今後フランスがEUに影響力を行使し、EUの頑なな財政健全化優先の経済方針や加盟国間に不協和音をもたらしている一律の移民政策などを変革させることができれば、フランスの経済活性化が実現し、国民の分断が収まる可能性が高まる。それは、EU他国にとってもメリットは大きい。
今回のフランス大統領選挙は、国が抱える多様な経済社会課題を国際社会と協調することで解決する動きにつながる可能性もある。そうなれば、日本を含めた主要国にとっても国際協調が国内の経済社会問題を改善解決するという21世紀型ともいえる考え方や方策を改めて示すものであり、国内のみならず対EUでも今後のフランスの動きが注目される。