日本経済が低迷している。低調な世界経済で輸出が伸びないこともあるが、消費が停滞していることが大きい。そして、この消費停滞の大きな要因として賃金がなかなか上がらないことがある。今年2月、3月と実質賃金は前年同月比プラスに転じたものの、それでも1年間の平均では1990年平均の水準にすら戻っていない。
企業収益は過去最高水準にあっても賃金水準が低位では、消費はなかなか盛り上がらない。しかし、人手不足にあって個別労働者の賃金は正社員、非正規労働者とも上昇に転じている。
低賃金の背景にある非正規問題
正社員・非正規労働者ともに賃金が上がっているのに、なぜ賃金水準は低いままなのか。近年日本企業の労働分配率(従業員1人当たり給与の付加価値比)は低下しているが、とくに資本金10億円以上の大企業で低下が著しい(図表1)。しかも、大企業では従来から非製造業の労働分配率が低く、それがさらに低下している。
そこで、大企業非製造業の労働分配率の推移を主要な業種別に見たのが、図表2である。図表2を見ると、多くの業種で90年代後半以降労働分配率が同じような基調で低下していることが分かる。
90年代後半の時期は、就業者に占める非正規労働者が一貫して増加していった時期と符合している。ちなみに、非正規比率(非正規労働者が総雇用者に占める割合)は1995年の20.9%から2015年第4四半期には37.9%と倍増に近い水準にまで上昇しており、上昇傾向はなお止まっていない。
くわえて、最近の人手不足の広がりで労働者の賃金は上昇傾向にあるが、パートタイム労働者の現金給与総額は、そもそも水準がそれ以外の労働者の給与水準より低い上に、増加率も相対的に鈍い状況にある(図表3)。
これらの状況を見ると、日本で賃金水準を上げるには、個別企業でのさらなる賃上げもさることながら、相対的に賃金が低い非正規労働者の待遇改善も不可欠であることが分かる。同一労働同一賃金が言われるが、まさに正社員と同じような価値を持つ労働をこなした場合、勤務形態等の差は考慮しつつも実質的に同等の賃金水準を実現することは重要といえる。
現在は非正規問題と企業生産性同時改善の好機
もっとも、非正規労働者の待遇改善といっても一義ではない。男女別年齢別に非正規労働者数の推移を見たのが図表4である。この図表で分かることは、まず男性については65歳以上の非正規労働者が大きく増加していることである。一方、女性については、35歳以上のすべての年齢階層で非正規労働者が増加している。
65歳以上の非正規労働者の増加については、定年となった後、フルタイム以外の就業形態を選択するなど非正規で継続就業している人々が多くいることが大きな要因となっている。それは必ずしも正社員としてのフルタイムでの就業形態に該当しない人々であり、非正規雇用自体が悪いことにはならない。
しかし、ここでの課題は同一労働同一賃金が実現できていないことにあろう。能力的には現役世代とほとんど遜色ないのに、就業形態がフルタイムではなく、年齢が60歳以上だからという理由で給与水準が大きく低下することには改善の余地がある。
一方、女性の非正規労働者の場合、課題は別のところにもある。それは、35歳以上のすべての年齢階層での非正規労働者増加が示すように、十分な正社員の雇用機会が提供されていないことである。このことは、現在の日本の企業の雇用形態が新規採用中心であり、中途採用が定着していないことでもある。
さいわい、日本の雇用環境は引き締まっている。この3月の失業率は3.3%であり、自然失業率を7カ月連続で下回っているとも計算される(図表5)。このことは、ちょうど最低賃金を引き上げるなどして非正規労働者の待遇改善を図る好機にあることを意味している。もちろん、それは企業の人件費を増大させることになり、とりわけサービス業などで欧米企業に比べれば低い日本企業の生産性の向上を促す契機ともなる。
なお、日本の最低賃金は、アメリカと並んで、フランス・ドイツに比べれば低い水準にあり(図表6)、非正規労働者の待遇改善の一環として最低賃金の大幅な引き上げが俎上に乗っている。しかし、日本の最低賃金が1000円ともなれば、購買力平価ベースではイギリス以上の水準となる。すなわち、同時に企業の生産性向上が実現することが最低賃金大幅引き上げの前提であり、これには相応の時間がかかると見込まれよう。
いずれにしろ、企業収益と賃金水準との落差が大きい一方、労働需給がひっ迫している現状は、政労使が非正規労働者の待遇改善に注力して一段の賃金上昇を実現する好機であり、それは同時に企業が生産性向上と競争力強化を実現するチャンスでもある。