中国経済新論:実事求是

急がれる中国における民営企業に関する法整備
-大きな一歩としての「民営経済促進法」の施行-

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

Ⅰ.はじめに

中国では、1970年代末に改革開放が始まってから、民営企業は急速に発展し、経済成長の原動力として大きな役割を果たした。しかしながら、「社会主義市場経済」という中国特有の体制の下、民営企業は立法、行政、司法の各面で国有企業との間にある制度的差別や構造的な障壁に直面し、その持続的な発展が阻害されている。

このような状況を背景に、2025年2月17日に北京で開催された「民営企業座談会」において、習近平総書記は民営企業の発展を支援する姿勢を強調した。それに続き、2025年4月30日には、従来の法制度上の不備の是正に向けた大きな一歩として、公平な競争環境の整備、投融資環境の改善、技術革新の支援、権利・利益保護の強化を柱とする「民営経済促進法」が成立した。

本稿では、立法、行政、司法の各面における民営企業への差別の実態を踏まえて、「民営経済促進法」の意義と今後の課題について論じる。

Ⅱ.立法・行政・司法面における民営企業への差別的取り扱い

中国の法制度では、立法、行政、司法の面において、民営企業は依然として差別を受けており、改善が求められる。

1.立法面

中国における民営企業への立法面での差別は、まず最高法規である憲法に構造的に組み込まれている。具体的には、憲法第6条で「社会主義経済制度の基礎は生産手段の社会主義公有制である」と定め、さらに第7条で「国有経済は社会主義市場経済の主導的力である」と規定することで、国家経済における基本的な階層構造を明確に示している。これに対して、民営経済は、「個人経済および私営経済」として、第11条で「社会主義市場経済の重要な構成部分」と位置づけられているものの、その地位は明らかに補完的なものにとどまっている。

このような階層構造は、所有権保護の規定においても顕著に表れている。すなわち、憲法第12条は「社会主義の公共財産」を「神聖不可侵」と規定する一方で、「公民の合法的私有財産」については、2004年の憲法改正で追加された第13条において単に「侵害されない」と規定するにとどまっている。このことは、法的保護の強度における実質的な差異を示している。

中国における憲法以外の法律は、表面的にはすべての企業に対して平等な扱いを定めているが、文言の解釈によって、国有企業と民営企業で異なる取り扱いがなされる可能性が残っている。例えば、曖昧な規定や裁量の余地が大きい法律の場合、運用次第で民営企業は差別を受けることがある。

2.行政面

行政面では、市場参入の自由を原則とし、制限分野を明示するネガティブリスト方式が採用されているものの、実際には民営企業に対して不利な運用が続いている。特に金融、通信、エネルギーなどの戦略的産業では、事実上の参入禁止となっている場合も少なくない。また、行政機関は環境規制や安全基準の執行、労働基準監督、税務調査などにおいて強い権限を持っており、国有企業よりも民営企業への取り締まりを厳格に実施する傾向が見られる。

「人民智庫」が2025年3月に行ったアンケート調査において、民営企業にとっての重要課題として、より公平な発展機会の創出と民営企業と企業家の合法的権利・利益の保護が浮かんできた(注1)。以下に主な論点を挙げる。

1)より公平な発展機会の創出

現状では、政策の実施段階で本来の趣旨から外れた運用が見られる。特に、市場参入や公平競争において顕在・潜在的な障壁が存在しており、インフラ分野の多くも未だに民営企業に十分開放されていない。アンケート調査によると、「市場参入や競争における障壁の撤廃」、「インフラ分野の公平な開放」への期待が高い。これらの施策は、市場の活力を高め、公平な競争環境の構築に資すると期待される。

2)民営企業と企業家の合法的権利・利益の保護

一部の企業は、売掛金の回収が困難・遅延という問題を抱えており、資金繰りに支障をきたしている。また、地方では依然として過剰な料金徴収、罰金、検査、資産差し押さえといった問題が見られ、正常な経営を妨げている。アンケート調査では、「未払債務の解決」「不当行為の是正」への期待が大きい。これらの政策実施により、企業の負担軽減、市場秩序の正常化、経済活力の向上が期待される。
民営企業が直面しているこれらの問題を踏まえて、習近平総書記は、「民営企業座談会」において、主に行政面における法の執行にかかわる以下のような施策を推進すべきだと主張している(注2)。

  1. 民営企業が生産要素を平等に利用し、市場競争に公平に参加するうえでの障害を取り除く。
  2. インフラ分野の競争領域をあらゆる事業主体に対して公平に開放する。
  3. 資金調達の困難や高コストといった問題の解消に注力する。
  4. 民営企業への債務不履行(未払い)の問題を解決する。
  5. 法執行の監督を強化し、過剰な料金徴収、罰金、検査、資産の差し押さえなどの不当行為を是正する。
  6. 民営企業と企業家の合法的権利・利益を法に基づいて保護する。
  7. 違法行為に対しては、企業の所有形態にかかわらず厳しく対処する。
  8. 各種支援政策を実施する際に、各種の企業を平等に扱う。
  9. 清廉で親密な政商関係の構築を進める。

3.司法面

司法の独立性の欠如は、政治による裁判への介入の余地を与えている。特に民営企業が政府や国有企業と利害が衝突する場合、司法判断が政治的に左右される傾向がある。

中国では、司法制度は共産党によって支配され、独立性が欠如している。すべてのレベルの裁判所は党の政治・法律委員会の監督下にあり、これらの委員会は、裁判官の任命、裁判所の運営、判決や量刑に影響を与え。裁判官は党のイデオロギーに従い、司法に対する党の至上性の原則を支持することが求められる(注3)。

中国の最高人民法院(最高裁判所)の周強院長は、2017年の「全国高級法院院長会議」で、「司法独立」、「三権分立」、「憲政民主」などの概念を「西側の誤った思想」として強く批判し、「司法独立」という考え方は党の指導を脅かすものであり、断固として抵抗すべきだと述べている(注4)。これは、司法制度が党の支配下にあるべきだという明確なメッセージであり、司法の独立性を否定する立場を示している。

Ⅲ.「民営経済促進法」の施行

政府は民営経済の発展環境を改善するための法整備を急務としており、それに向けた大きな一歩として、2025年4月30日に「民営経済促進法」が全国人民代表大会常務委員会で可決された(2025年5月20日に施行)。この法律は、①「基本理念と方針」、②「公平な競争環境の整備」、③「資金調達の支援」、④「イノベーションの促進」、⑤「経営の規範化」、⑥「行政サービスの改善」、⑦「権利・利益保護メカニズム」、⑧「法的責任の明確化」を柱としている。

  1. 基本理念と方針
    社会主義市場経済体制の下での民営経済の位置づけを明確にし、持続可能かつ高品質な発展を目指す。また、基本理念として中国共産党の指導を堅持しながら、民営経済が国民経済発展の重要な基盤であると位置づける。さらに、社会主義の現代化建設における民営経済の貢献を評価し、その発展を促進することを根本的な方針とする。
  2. 公平な競争環境の整備
    民営企業と他の経済主体との間に公平な競争環境を実現するために、公平競争審査制度を導入する。市場参入、政府調達などの分野における差別的取り扱いを明確に禁止し、すべての企業に対して公平な機会を提供することを求める。また、市場監督部門に独占行為や不正競争行為を防止・取り締まる権限を与え、健全な市場環境の維持を図る。
  3. 資金調達の支援
    金融機関に対しては、民営企業向けの金融サービスを積極的に提供する義務を課し、専門的な金融商品の開発を促進する。特筆すべきは、売掛金、知的財産権などを担保とした融資制度の整備を推進している点であり、民営企業の多様な資産を活用した資金調達の道を開く。さらに、債券発行による資本市場からの資金調達も支援し、民営企業の財務基盤強化を図る。
  4. イノベーションの促進
    民営企業の技術革新能力向上を支援するため、基礎研究および応用技術開発への投資を奨励する。政府は民営企業が主導する技術研究プロジェクトをサポートし、技術検証や標準化、品質認証などのサービスを提供することで、技術革新の障壁を低減する。知的財産権の保護を強化し、権利侵害に対する懲罰的賠償制度を実施することで、イノベーションの成果を守る姿勢を明確にする。また、産学研連携を促進し、技術移転や人材育成のシステムを構築することで、イノベーションエコシステムの発展を支援する。
  5. 経営の規範化
    民営企業における党組織建設の重要性を強調し、コーポレートガバナンスの改善を求める。企業は法令を遵守し、職場の安全を確保し、環境を保護し、製品の品質を管理するなど、社会的責任を果たさなければならない。また、調和のとれた労使関係を促進するため、労働組合の役割を尊重し、従業員の権利・利益保護と企業の発展を両立させる経営姿勢を奨励する。企業の内部統制システムの確立や財務・会計制度の透明性確保を求め、健全な経営基盤の構築を重視する。
  6. 行政サービスの改善
    政府機関は民営企業との円滑なコミュニケーションチャネルを構築し、企業からの正当な意見や提案を積極的に受け入れなければならない。行政手続きの簡素化や効率化を図り、民営企業の創業・発展を支援するサービス体制を整備する。特に、不合理な規制や行政措置に対しては、企業が意見を述べる権利を保障し、是正メカニズムを確立することで、行政の透明性と公正性を高める。
  7. 権利・利益保護メカニズムの強化
    民営企業と経営者の財産権、経営権を法的に保護し、いかなる組織や個人も不法に侵害してはならない。企業の営業秘密保護も重視し、情報漏洩防止の法的枠組みを提供する。悪意ある告発や信用毀損から企業を守るための規定も設け、ネット上での誹謗中傷などに対する救済措置を明確化する。行政機関による不当な査察、差し押さえ、資産凍結を禁止し、企業活動への不当な介入を防止する仕組みを構築する。また、政府機関が民営企業との契約を履行し、適時に支払いを行うことを義務付ける。
  8. 法的責任の明確化
    最後に、違反行為に対する法的責任を明確化する。公平競争審査義務違反、資金調達における差別、政府契約の不履行などに対しては、責任者の処分や損害賠償を含む厳格な責任追及を行う。民営企業に対する不当な行政処分や契約違反に対しては、賠償責任を課すことで、法の遵守を促進する。

総じて、この「民営経済促進法」は中国政府が民営経済を国家経済発展の重要な担い手として明確に位置づけ、より公平で活力ある市場環境を整備するための包括的な法的枠組みを提供するものである。民営企業の権利・利益保護と発展支援に焦点を当て、中国経済の質の高い発展と社会主義現代化国家建設への民営経済の貢献を最大化することを目指している。

Ⅳ.未完の民営企業関連の法整備

「民営経済促進法」が制定されたことにより、民営経済の法的地位が初めて明確に規定された。これは政府が民営企業を重視する姿勢を法律という形式で表したものであり、象徴的意義は大きい。しかし、依然として解決すべき課題が多く残されている。

  1. 憲法による国有企業と対等な地位の保障
    憲法レベルでは依然として国有経済の優位性が維持されている。真の平等を実現するには、憲法を改正し、民営経済の地位を引き上げ、国有経済と対等にする必要がある。
  2. 法の実効性確保
    「民営経済促進法」の内容は新たな制度の創設ではなく、既存の法律や政策の再確認にとどまっている。これまでにも民営経済の保護を謳った法律はあったが、地方政府による選択的な執行や非公式な規制により、実際の運用には多くの問題があった。それゆえに、本当に問われるべきは法の実効性である。対策として、詳細な実施細則や運用ガイドラインを早急に整備し、行政裁量を制限することが求められる。
  3. 司法の独立性・執行力強化
    法律が整備されても、司法に対する政治的影響が排除されなければ、民営企業の権利・利益が十分に保護されることはない。裁判所の独立性確保、判決の公正性・一貫性の担保、地方保護主義の排除に加え、確定した判決の迅速かつ確実な執行を可能にするための体制の整備など、司法制度全体の改革が必要である。
  4. 政策決定過程への参画
    民営企業の声を政策決定過程に反映させる仕組みはまだ十分ではない。民営企業の代表が実質的に意思決定に関与できる制度を構築し、政策決定過程の民主化と情報公開の徹底を図る必要がある。
  5. 資源配分の格差是正
    国有企業と民営企業の間に、資源配分の格差や市場参入の非対称性が依然として残っている。これを是正するためには、金融、エネルギー、情報通信といった戦略的分野への民営企業の参入促進など、より包括的な産業政策の見直しが求められる。
  6. 社会的・文化的意識の変革
    民営企業に対する「非主流」「不安定」といった偏見を払拭し、市場経済の中核を担う主体としての認識を社会全体に定着させる必要がある。政府は、教育やメディアなどを通じて、民営経済の貢献と価値を積極的に発信すべきである。

今回の「民営経済促進法」の理念を基礎として、これらの課題を克服するための具体的な道筋を整えることが、民営経済の持続可能な発展を実現する鍵となろう。

野村資本市場研究所『中国情勢レポート』No. 25-02、2025年5月23日からの転載

脚注
  1. ^ 人民智庫「民営経済発展を促進するための取り組みの重点と難点」『人民論壇』2025年4月3日。人民智庫は人民日報が運営するシンクタンクであり、政策提言や世論分析を担う。
  2. ^ 「習近平:民営経済が発展する余地は広がり、大いに期待できる。民営企業と民営企業家が活躍する絶好の時期である」『新華社』2025年2月17日。
  3. ^ Freedom House, “Freedom in the World 2025,” February 2025.
    https://freedomhouse.org/country/china/freedom-world/2025
  4. ^ 周強「西側の『司法独立』などの誤った思想潮流に果敢に立ち向かう」『澎湃新聞』2017年1月14日。
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2025年5月29日掲載