中国経済新論:実事求是

三期目に入った習近平政権の政策の方向性
-見直される鄧小平路線-

関志雄
経済産業研究所

Ⅰ.はじめに

中国では、2022年10月に開催された中国共産党第20回全国代表大会(以下、党大会)を経て、2012年に誕生した習近平政権は三期目に入った。これまでの10年間にわたって、同政権は「中国式現代化による中華民族の偉大な復興」を推進してきた。このプロセスにおいて、改革開放を中心とする鄧小平路線が見直され、それに取って代わる習近平路線が定着しつつある。

両路線の相違は、経済の面にとどまらず、政治や外交などの面にも及ぶ。経済の面では、鄧小平路線の下で、政府は市場化改革と対外開放を通じて高成長を目指し、「先富論」を根拠に格差の拡大を容認したが、習近平政権は、政府の役割と国内循環を重視し、共同富裕を目標としている。政治の面では、習近平政権の下で、指導者の任期制・定年制、集団指導体制が実質上廃止され、権力が総書記一人に集中するようになった。外交の面では、習近平政権になってから、中国は既存の国際秩序の支持者から挑戦者に変わり、これを背景に米中摩擦は激化している。

新しい指導部の下で、鄧小平路線から習近平路線への転換は、一層加速するだろう。このことは、中国における市場化改革と対外開放の後退を意味する。その結果、経済成長率は一層低下するだろう。

Ⅱ.完成した習近平一強体制

中国の政治体制は、中国共産党による一党支配となっている。そのため、中国共産党の指導部は、国政機関のトップ人事を独占し、中国における権力の中枢をなしている。中国共産党の党員の数は9,671.2万人(2021年末現在)に上り、その頂点に立っているのは、総書記が率いる中央委員会、中でも中央政治局と中央政治局常務委員会である。(図表1)。中央委員会の委員は、五年毎に開催される党大会によって選出され、その中から、中央政治局委員と同常務委会委員が選出される。前回の第19期に比べて、今回の第20期では、中央政治局常務委員の数は7人と変わっていないが、中央政治局の定員数は一人減って24人になった。

図表1 中国共産党のピラミッド構造と第20期中央委員会の構成
図表1 中国共産党のピラミッド構造と第20期中央委員会の構成
(出所)新華社より筆者作成

新体制において、習近平総書記が三選を果たしたが、退任する4人の常務委員の中には、改革派とされる李克強首相と汪洋全国政治協商会議主席が含まれている。その一方で、常務委員に新たに加わった李強氏、蔡奇氏、丁薛祥氏、李希氏の4人は、いずれも習近平総書記の側近とされる人物である(図表2)。次期首相の有力候補と目されていた胡春華氏は常務委員に昇進するどころか、中央政治局委員も落選した。新しい指導部には、総書記の明確な後継者候補が見当たらず、習近平政権は三期目にとどまらず、さらに長期化する可能性がある。

図表2 中国共産党中央政治局常務委員の新旧交代
図表2 中国共産党中央政治局常務委員の新旧交代
(注)( )内は2022年10月現在の年齢。< >内は前職。〔 〕内は、発表された中央政治局常務委員の序列に基づいた、2023年の全国人民代表大会および全国政治協商会議で決定する人事異動の予想。
(出所)新華社など、各種資料より筆者作成

国家主席や首相など、国政機関のトップの任命は、2023年3月に行われる全国人民代表大会と全国政治協商会議(以下、「両会」)まで待たななければならないが、これより先に中国共産党の指導部人事が発表されている。習近平総書記は中央軍事委員会主席を兼任し、蔡奇氏(前北京市党委員会書記)は中央書記処筆頭書記、李希氏(前広東省党委員会書記)は中央規律検査委員会書記に就任した。発表された政治局常務委員会の序列から判断すると、2023年3月の「両会」を経て、習近平総書記は国家主席に再選され、李強氏(前上海市党委員会書記)は首相に、趙楽際氏(前中央規律検査委員会書記)は全国人民代表大会常務委員長に、王滬寧氏(前中央書記処筆頭書記)は全国政治協商会議主席に、丁薛祥氏(中央弁公庁主任)は筆頭副首相に就任すると見られている。

次期首相就任がほぼ確実となった李強氏は、習近平総書記の浙江省トップ時代の部下で、習氏から厚い信頼を得ている。副首相の経験者から首相が選ばれることが通例であるが、李強氏は地方の経験しかなく、首相としての手腕が未知数である。
経済の分野では、劉鶴副首相や、郭樹清・中国人民銀行党委員会書記(銀行保険監督管理委員会の主席も兼任)、易綱同行総裁は、すでに中央委員会の名簿(候補委員を含む)から外されており、2023年3月の全国人民代表大会を経て、交代されると予想される。新しい指導部には、彼らほど経済政策に明るい人材は見当たらない。

Ⅲ.党大会における習近平報告が示した政策の方向性

このように、今回の党大会を経て、習近平総書記の一強体制が出来上がったが、彼はこの巨大な権力を以って、中国をどこに導こうとしているのだろうか。この質問に答えるためには、党大会における習近平総書記の報告(以下、習近平報告)が一つの参考になる。ここでは、その中からキーワードをピックアップし、2012年の第18回党大会における胡錦濤報告と比較してみよう(図表3)。

図表3 党大会報告のキーワード
-第20回党大会(2022年10月)vs.第18回党大会(2012年11月)
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図表3 党大会報告のキーワード<br />-第20回党大会(2022年10月)vs.第18回党大会(2012年11月)
図表3 党大会報告のキーワード
-第20回党大会(2022年10月)vs.第18回党大会(2012年11月)
(注)1.新華社が配信した全文をベースに作成している。
   2.第18回党大会報告は約29,000字、第20回党大会報告は約32,500字。
(出所)新華社より筆者作成
(注)1.新華社が配信した全文をベースに作成している。
   2.第18回党大会報告は約29,000字、第20回党大会報告は約32,500字。
(出所)新華社より筆者作成

10年前の胡錦濤報告においては、「経済発展」、「経済建設」、「改革開放」など、経済関連の表現が目立った。これに対して、今回の習近平報告では、政治色の強い「国家安全」、「中華民族の偉大な復興」、「イデオロギー」などが強調されている。

国家安全について、習近平総書記は、今回の党大会報告において、「国家安全保障は民族復興の基盤であり、社会の安定は国家富強の前提である」という認識を見せ、国家安全保障能力の増強に向けて、「国家の政権の安全、制度の安全、イデオロギーの安全を断固として守り、重点分野の安全保障能力の整備に力を入れ、食糧、エネルギー・資源、重要産業チェーン・サプライチェーンの安全保障を確保し、海外安全保障能力の整備を強化し、わが国の公民・法人の海外での合法的な権利・利益を守り、海洋権益を守り、国家の主権・安全・発展の利益を断固として守る。重大リスクの防止・解消能力を向上させ、安全保障上の系統的リスクの発生を厳密に防ぎ、敵対勢力による浸透・破壊・転覆・分裂活動を厳しく取り締まる」という決意を表明している。

中華民族の偉大な復興について、習近平報告では、「これからの中国共産党の中心的な任務は、全国各民族人民を団結させ率いて社会主義現代化強国の全面的完成という二つ目の百周年の奮闘目標を実現し、中国式現代化を以て中華民族の偉大な復興を全面的に推進することである」、「台湾問題を解決して祖国の完全統一を実現することは・・・中華民族の偉大な復興を実現する上での必然的要請である」と述べられている(注1)。

イデオロギーについて、習近平報告では、マルクス主義はわれわれの立党立国、興党興国の根本的な指導思想であり、イデオロギー分野におけるマルクス主義の指導的地位という根本的制度を堅持し、マルクス主義と中国の実情及び中華の優れた伝統文化を結び付けなければならないと強調されている。

経済関連では、「質の高い発展」、「国内大循環」、「共同富裕」とこれらを網羅した「中国式現代化」いったキーワードが注目されている。

習近平報告によると、「中国式現代化」は、中国共産党が指導する社会主義現代化であり、各国の現代化に共通する特徴を持つだけでなく、自らの国情に基づいた中国の特色も備えている。

「中国式現代化」の五つの特徴として、
①人口の規模が膨大な現代化
②すべての人民が共同富裕を成し遂げる現代化
③物質文明と精神文明の調和がとれた現代化
④人と自然が調和し共生する現代化
⑤平和的発展路線を歩む現代化
が挙げられており、バランスの取れた内容となっている。

その上で、「中国式現代化」の九つの本質的要求も挙げられている。
①中国共産党による指導を堅持する
②中国の特色ある社会主義を堅持する
③「質の高い発展」を実現する
④全過程にわたる人民民主主義を発展させる
⑤人民の精神世界を豊かなものにする
⑥人民全体の共同富裕を実現する
⑦人と自然の調和ある共生を促進する
⑧人類運命共同体の構築を後押しする
⑨人類文明の新たな形態を創造する

その中で、「質の高い発展」は、社会主義現代化国家の全面的建設の最重要任務であると位置づけられている。それを実現するために、「革新、協調、グリーン、開放、共有」という発展理念を貫徹し、社会主義市場経済改革の方向性を堅持し、ハイレベルの対外開放を堅持し、「国内大循環」を主体として国内・国際双循環が相互に促進し合う新たな発展の形の構築を加速させなければならない(注2)。具体的に、内需拡大戦略の実施と供給側構造改革の深化を有機的に結びつけ、「国内大循環」の内生的原動力と信頼性を強化し、国際循環の質とレベルを高め、現代的経済体制の整備を加速し、全要素生産性の向上に注力し、サプライチェーンの強靭性・安全性向上に力を入れ、都市・農村の融合と地域間の調和の取れた発展の推進に力を注ぎ、経済の効果的な質的向上と合理的な量的拡大をはからなければならないという。

また、習近平報告は、「人民全体の共同富裕」を実現するために、分配制度を充実させる必要があると指摘している。具体的に、

  1. 労働に応じた分配を主体に、多様な分配方式を並存させることを堅持し、(市場主導の)一次分配、(財政や社会保障など、政府主導の)二次分配、(民間による寄付、公益事業など、道徳に誘導される)三次分配を適切に組み合わせる制度を構築する。
  2. 国民所得分配における住民所得の割合を引き上げ、一次分配における労働報酬の割合を引き上げる。労働に応じて分配することを堅持し、勤勉に働いて豊かになることを奨励し、機会の公平を促進し、低所得者の所得を増やし、中間所得層を拡大する。
  3. 要素に応じた分配の政策・制度を整え、さまざまな方法で中間所得層・低所得層の要素所得を増やすことを模索し、多ルートにより都市・農村住民の財産所得を増大させる。
  4. 租税、社会保障、移転支出などの調節力を高める。個人所得税制度を整え、収入分配の秩序を規範化し、富を築く仕組みを規範化し、合法的所得を保護し、法外な所得を調節し、違法所得を取り締まる。意欲と能力のある企業、社会組織、個人が積極的に公益・慈善事業に携わるよう誘導しサポートする。

習近平報告において、「中国式現代化」による中華民族の偉大な復興を推進することは、中国共産党が自らに課せられる使命であるとされているが、西側では、これに対して警戒する声が上がっている。例えば、「中国式現代化」の九つの本質的要求の内、「中国共産党による指導を堅持する」、「中国の特色ある社会主義を堅持する」、「全過程にわたる人民民主主義を発展させる」ことは、中国が異質である根拠として受け止められがちである。また、「人類運命共同体の構築を後押しする」ことは、中国が世界秩序を変えようとしているのではないか、そして、「人類文明の新たな形態を創造する」ことは、中国がイデオロギーと発展モデルを輸出しようとしているのではないか、と疑われている。

経済面にとどまらず、体制面やイデオロギー面における対立が深まることを背景に、中国は、米国をはじめとする西側陣営との摩擦が激化している。実際、米国のバイデン政権は、2022年10月12日に発表した「国家安全保障戦略」において、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、同盟国との連携などによって中国との競争に打ち勝つとする方針を示している。

Ⅳ.鄧小平路線から習近平路線へ

今後の政策の方向性を探るために、習近平総書記が語ったビジョンだけでなく、これまで取り組んできた具体的施策も併せて確認する必要がある。振り返ってみると、習近平政権の10年間において、改革開放を中心とする鄧小平路線が見直され、「中国式現代化による中華民族の偉大な復興」を目指す習近平路線に取って代わられてきた。その対象は、経済の分野にとどまらず、政治、外交・軍事、香港・台湾問題にも及んでいる。

まず、経済の面では、市場化とグローバル化を中心とする改革開放が後退してきた。

  1. 経済成長について、中国は、鄧小平路線の下で、高成長を通じた経済規模の拡大を目指した。これに対して、習近平政権になってからは、「質の高い発展」を追求している。
  2. 市場と政府の役割について、鄧小平路線の下で、資源配分における市場の役割が重視され、経済改革の軸が市場化改革に置かれた。これに対して、習近平政権は、資源配分における政府の役割、中でも産業政策や、イノベーションにおける挙国体制などを重視している。
  3. 所得分配について、鄧小平路線の下で、政府は経済発展を優先すべく、「先富論」を根拠に、格差の拡大を容認した。これに対して、習近平政権は、格差を是正すべく、貧困撲滅に力を入れ、「共同富裕」を目指している。
  4. 所有制について、鄧小平路線の下で、政府は、市場化改革の一環として、国有企業の民営化などを通じて、国有企業の退場と民営企業の発展(国退民進)を推進した。これに対して、習近平政権は、大きくて国際競争力を持つ国有企業を育成する一方で、民営企業への規制を強化している。これを背景に、「国進民退」という現象は顕著になった。
  5. 対外開放について、中国は、長い間、鄧小平路線に沿って、西側諸国と良好な関係を維持し、WTOへの加盟などを通じて経済のグローバル化を進めた。これ対して、習近平政権は、米中デカップリングに備えて、国際循環への依存度を減らし、「国内大循環」を主体とする「双循環戦略」を進めている。

また、政治の面では、鄧小平路線の下で、文化大革命への反省から、中国共産党指導部の2期10年までの任期制と68歳の定年制が実施され、中央政治局常務委員を中心に集団指導体制が確立された。これに対して、今回、すでに69歳になった習近平総書記が三選されたように、任期制と定年制は事実上廃止され、終身制が可能になった。権力も総書記一人に集中するようになった。

さらに、外交・軍事の面では、胡錦涛政権(2002-2012年)まで、中国は、韜光養晦(とうこうようかい)、つまり、姿勢を低く保ち、強くなるまで待つという戦略を遂行すると同時に、既存の国際秩序を生かし、平和的国際環境作りに努めた。これに対して、習近平政権になってからは、自己主張を前面に出し、強い外交姿勢が目立つようになった。「一帯一路」の推進に象徴されるように、自ら主導する国際協力レジームの確立を目指している。また、国防・軍隊の現代化を通じて軍事力を強化しており、その目標として、「人民解放軍を世界一流の軍隊に築き上げる」ことが、改正された中国共産党規約に明記されるようになった。

そして、香港・台湾問題については、「一国二制度」が1997年以降、返還後の香港に適用された。政府は、「一国二制度」は台湾にも適用すると約束した。しかし、2020年の香港版国家安全法の実施を受けて、「二制度」よりも「一国」が強調されるようになった。また、「香港人による香港統治」という原則が維持されながらも、「愛国者による香港統治」という新しい条件が加えられた。台湾問題について、今回の党大会報告には「武力行使の放棄は決して約束しない」、改正された中国共産党規約には「台湾独立に断固として反対し、抑え込む」と明記されるなど、習近平政権はより強硬な態度を見せている。

このように、鄧小平路線から習近平路線への転換は進んでいる。第20回党大会を経て、新しい指導部の下で、そのペースは一層加速するだろう。

Ⅴ.経済回復の前提となる改革開放路線への回帰

中国経済は、改革開放路線に転換してから習近平政権が誕生するまでの34年間(1979-2012年)にわたって年平均9.9%の高成長を遂げた。しかし、習近平政権下のこれまでの9年間、平均成長率は6.6%に低下している(図表4)。その背景には、少子高齢化とコロナ禍の影響に加え、改革開放の後退に伴う内外環境の悪化もある。改革開放路線への回帰がなければ、中国経済が活力を取り戻すことは困難であろう。

図表4 中国における実質経済成長率の推移
図表4 中国における実質経済成長率の推移
(出所)中国国家統計局より筆者作成
脚注
  1. ^ 「二つ目の百周年」とは、中華人民共和国建国百周年(2049年)のことである。なお、「一つ目の百周年」は、中国共産党創立百周年(2021年)のことを指す。
  2. ^ 「革新、協調、グリーン、開放、共有」という発展理念は、「国民経済・社会発展第13次五ヵ年計画策定に関する中国共産党中央の提案」が審議された2015年10月の中国共産党第18期中央委員会第5回全体会議で初めて提出された。そのうち、革新は発展の原動力の問題、協調は発展の不均衡の問題、グリーンは人と自然の調和の問題、開放は発展の内外連動の問題、共有は社会公正の問題を解決するカギとなる。
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2022年12月27日掲載