中国経済新論:実事求是

間接金融から直接金融への転換を目指す中国
-成功のカギとなる上場企業の質向上-

関志雄
経済産業研究所

Ⅰ.はじめに

中国では、直接金融は、間接金融と比べて発展が遅れている。これを反映して、金融システムは、資金調達と資金運用の多様なニーズに応えられておらず、特に技術革新型企業へのリスクマネーの供給が不足している。間接金融への過度な依存は、産業転換と高度化を遅らせているだけでなく、企業の銀行に対する債務の累積を通じてシステミックリスクを高めている。

これらの問題を解決するために、政府は、間接金融から直接金融への転換を、金融改革の優先課題として位置づけており、第14次五ヵ年計画(2021-2025年)の一環として、①株式発行登録制の全面実施と直接金融による資金調達ルート拡大、②多層的資本市場システムの改善と直接金融の包摂性の強化、③上場企業の質向上の促進と直接金融の基礎制度の強化、④債券市場における革新的な発展の促進と直接金融ツールの充実化、⑤プライベート・エクイティ・ファンドの発展の加速化、⑥長期資金の市場参入の推進と直接金融の資金源の充実化に取り組んでいる(注1)。その中で、上場企業の質向上が、直接金融の健全な発展のカギとなる。

Ⅱ.間接金融が中心となっている中国の金融構造

直接金融とは、企業などが、金融市場(株式市場、社債市場など)を通じて、必要な資金を調達することである。一方、間接金融は、預金を集める銀行などの金融機関からの借入を通じて資金を調達することである。中国の金融構造は、間接金融が中心になっており、このことは、資金の運用側である家計部門の金融資産と調達側である非金融企業部門の金融負債の構成から確認することができる。

まず、家計部門の金融資産の構成を見ると、中国の場合、現金・預金のシェアは58.8%(2018年末)に達しており、日本や、米国、ユーロエリアといった先進国・地域(いずれも2021年3月末)より高い一方で、債務証券(債券)と株式等のシェアは低くなっている(図表1)(注2)。

図表1 中国における家計部門の金融資産構成
―日米欧との比較―
図表1 中国における家計部門の金融資産構成―日米欧との比較―
(出所)易網「中国金融資産構造と政策へのインプリケーションを再考する」『中国人民銀行政策研究』中国人民銀行、2020年第1期および日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」2021年8月20日(原資料は日本銀行『資金循環統計』〔2021年6月25日公表分〕、FRB, Financial Accounts of the United States, First Quarter 2021〔2021年6月10日公表分〕、ECB, Euro Area Accounts〔2021年7月28日公表分〕)より筆者作成

次に、非金融企業部門の金融負債の構成を見ると、中国の場合、借入のシェアは54.2%(2018年末)と、日本や、米国、ユーロエリア(いずれも2021年3月末)より高い一方で、株式等のシェアは低くなっている(図表2)。

図表2 中国における非金融企業部門の金融負債構成
―日米欧との比較―
図表2 中国における非金融企業部門の金融負債構成―日米欧との比較―
(出所)易網「中国金融資産構造と政策へのインプリケーションを再考する」『中国人民銀行政策研究』中国人民銀行、2020年第1期および日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」2021年8月20日(原資料は日本銀行『資金循環統計』〔2021年6月25日公表分〕、FRB, Financial Accounts of the United States, First Quarter 2021〔2021年6月10日公表分〕、ECB, Euro Area Accounts〔2021年7月28日公表分〕)より筆者作成

Ⅲ.直接金融を推進する狙い

直接金融の発展は、産業の高度化、資金の貯蓄から投資へのシフト、金融システムの安定にも寄与すると期待される。

1.産業の高度化

諸外国の経験が示しているように、銀行借入を中心とする間接金融は、成熟した従来の製造業や不動産業に適しているのに対して、株式を中心とする直接金融は、新興産業にとって重要な資金調達のルートとなる。

銀行にとって、成熟した従来の製造業や不動産業など、有形資産が大きなウェイトを占める分野の企業は、土地などの担保を用意できる上、収益も比較的安定しているため、リスクの低い融資先である。これに対して、ハイテク産業や近代的なサービス産業における技術革新型企業は、その中核資産となる人材や知的財産の価値の評価が難しく、担保として利用することが困難である上、高額な研究開発投資を短期間で利益化することが難しく、避けるべきリスクの高い融資先となる。

一方、直接金融は、リスクに見合った価格設定が可能であり、技術革新型企業に対してリスクマネーを効率的に調達するルートを提供できることから、研究開発の強化、ひいては産業の高度化を促すことができる。

2.資金の貯蓄から投資へのシフト

資金運用面からみると、預金はローリスク・ローリターンの運用手段となる一方で、株式・社債などはハイリスク・ハイリターンの運用手段となる。急速な経済発展を遂げた中国では、家計部門は、資産規模が大きくなるにつれて、資金を運用する際のリスク許容度が高まっており、資金の貯蓄(預金)から投資(株式をはじめとするリスク資産)にシフトする余地が広がっている。

もっとも、中国では、人口の高齢化の進行を背景に、運用可能な資金はリスク許容度の低い高齢者にますます集中してきている。彼らが持っている資金を間接金融から直接金融へと誘導するために、投資信託など、分散投資を通じてリスクを抑える金融商品の開発が求められる。

3.金融システムの安定

中国では、長い間、間接金融を中心とする金融構造の下で、企業の資金調達が銀行借入に過度に依存しており、金融リスクは銀行に集中してしまった。中国人民銀行党委書記で中国銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席が強調しているように、直接金融の発展は、多様化する調達側と運用側のニーズに応える形で資金配分の改善につながるだけでなく、企業の銀行借入への依存度の低下と財務状況の改善を通じて金融システムの安定に寄与することも期待される(注3)。

Ⅳ.直接金融比率を高めるための方策

第14次五ヵ年計画において、直接金融比率の向上は、金融改革の優先課題として位置づけられている。その実現に向けて、次の課題に取り組まなければならないと、中国証券監督管理委員会の易会満主席は指摘している(注4)。

①株式発行登録制の全面実施と直接金融による資金調達ルートの拡大
まず、海外の成功事例を参考にし、中国の特色と発展段階を反映し、科創板、創業板の試行経験を踏まえ、情報開示を中心とする登録制を国内のすべての株式市場で実施することを目指す。また、発行、上場、取引、継続的な監督管理などの基本制度改革を同時に推進し、各担当部門がそれぞれの責務を果たし、市場の価格決定メカニズムをより効果的にし、市場に選択権を委ね、より多くの優良企業が資本市場での資金調達を通じて成長していくことを支援する。

②多層的資本市場システムの改善と直接金融の包摂性の強化
直接金融比率の向上を実現するために、企業の種類や成長段階による資金調達ニーズの多様化に対応でき、包摂性が高い多層的資本市場システムを確立する必要がある(図表3)。それに向けて、まず、メインボードと(その一部として位置づけられる)中小企業板の改革を推進する。また、基礎制度の革新を通じて、科創板を発展させると同時に、創業板の特色を生かし、技術革新型企業の成長を支援する。さらに、新三板の改革を深化させ、中小企業のニーズに応じる能力を強化し、地域性エクイティ市場など、規範化された取引所外市場を発展させる。そして、金融デリバティブ市場を発展させ、リスク管理メカニズムを改善する。

図表3 中国における多層的資本市場システム
図表3 中国における多層的資本市場システム
(出所)各種資料より筆者作成

③上場企業の質向上の促進と直接金融の基礎制度の強化
まず、募集株の発行(増資)、M&A、株式報酬などのメカニズムを改善し、上場企業の転換や高度化を支援する。また、上場廃止制度をさらに改善し、多様な退出ルートを開拓し、上場廃止の恒常的仕組みを確立し、自然淘汰を強化する。さらに、上場企業のコーポレート・ガバナンス改革を推進し、情報開示の透明性を高め、イノベーションの先導者と産業のリーダーの模範としての役割を発揮させ、より多くの企業が直接金融を利用して質の高い発展を遂げるよう導く。

④債券市場における革新的な発展の促進と直接金融ツールの充実化
まず、債券発行の登録制を改善し、取引所と銀行間債券市場のインフラの相互接続を強化し、銀行の債券取引への参加を支援する。また、資産証券化商品の開発に力を入れ、インフラ分野では公募型不動産投資信託の試行範囲を拡大し、早急に手本となる成功例を作る。さらに、知的財産権証券化の対象範囲を拡大し、科学技術成果の実用化を促進する。

⑤プライベート・エクイティ・ファンドの発展の加速化
まず、積極的に資金源を開拓し、募集、投資、運用、退出を含む各プロセスの壁をなくし、プライベート・エクイティ・ファンドによる小型で、創業間もない、ハイテク企業への投資を奨励する。また、プライベート・エクイティ・ファンドに関する管理暫定条例を発表し、専門的な運用とコンプライアンス意識の継続的な向上を図るよう指導する。さらに、リスク対応に関する官庁間の連携、中央と地方の連携を加速させ、私募に関わる不正行為をなくし、業界の規範化、健全な発展を促進する。

⑥長期資金の市場参入の推進と直接金融の資金源の充実化
まず、長期資金を確保するために、専門的な資産運用機関の能力を高め、株式を中心に運用する投資信託商品の開発に力を入れ、中長期資金の資本市場への参入を推進する。また、政策と指導を強化し、長期志向の機関投資家を増やし、バリュー投資という重要理念に回帰する。さらに、優秀な外資系証券会社・資産運用会社が中国に進出することを奨励し、業界の健全な競争を促進する。

Ⅴ.上場企業の質向上に向けて

この中で、上場企業の質向上が直接金融の発展を促すカギとなると思われる。

中国の株式市場では、上場企業の多くは国有企業で、しかもそれら企業の半分以上の発行済み株式が政府または国有企業同士によって保有されているため、コーポレート・ガバナンスが弱く、収益性も悪い。これを改めるために2005年に「非流通株改革」が行われたにもかかわらず、状況は大きく変わっていない。その一方で、成長の目覚ましい多くの民営企業は中国市場から逃れ、ニューヨークをはじめとする海外市場に上場している。「悪貨が良貨を駆逐する」ともいうべきこの現象を反映して、中国経済が高成長を遂げてきたにもかかわらず、国内の株価が長期にわたって低迷しており、株式は投資対象としての魅力が乏しい(注5)。

上場企業の質向上に向けて、業績が冴えない国有企業を淘汰し、活力のある民営企業の新規上場を積極的に進めなければならない。その第一歩として、アリババ、テンセントなど、海外で上場しているハイテク企業の中国市場への回帰を促すべきである。

脚注
  1. ^ 間接金融から直接金融への転換について、日本では「貯蓄から投資へ」のように、焦点は家計部門の資金運用であるのに対して、中国政府は、企業部門の資金調達という側面をより重視している。
  2. ^ 中国における家計部門の資産構成を見ると、住宅など、実物資産のウェイトは高く、金融資産のウェイトは低い。中国人民銀行統計司城鎮居民家庭資産負債調査課題組「2019年中国城鎮居民家庭資産負債状況調査」(『中国金融』2020年第9期)によると、都市部の家計部門が保有する平均資産額は317.9万元に上り、そのうち、実物資産は全体の79.6%(うち、住宅は全体の59.1%)に上っている一方で、金融資産は64.9万元(同20.4%)にとどまっている。
  3. ^ 郭樹清「新しい発展パターンの構築を加速させ、金融リスクの再拡大の防止に努めよう」『陸家嘴フォーラム2021』における基調講演、2021年6月10日。
  4. ^ 易会満「直接金融比率を高めよう」『「国民経済・社会発展第14次五ヵ年計画と2035年までの長期目標に関する中国共産党中央の提案」補助読本』人民出版社、2020年。
  5. ^ 2022年6月現在の上海総合指数の水準は、10年前と比べてほとんど変わっていない。
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2022年7月1日掲載