Ⅰ.「先富論」から「共同富裕論」へ
計画経済の時代の平等主義に伴う弊害を打破すべく、鄧小平氏は「先富論」を旗印に、平等よりも効率を優先させる改革開放政策を推し進めた(BOX1)。40年余り経った今、総じて国民生活は改善されてきたが、所得格差は拡大してしまった。格差の是正を目指して、2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会を経て誕生した習近平政権は、「共同富裕」を経済発展の目標として前面に掲げるようになった。
同政権の下で、中国は貧困人口約1億人を全て貧困から脱却させ、国際連合の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の貧困削減目標を10年前倒しで実現した(注1)。しかし、都市部と農村部の間、地域の間、各所得層の間の三つの格差は依然として大きい。中でも、都市部と農村部の間の格差は、他の二つの格差の原因にもなっているだけに、農村所得の向上が、政府にとって最優先課題となっている。
2021年8月17日に習近平総書記が主宰した中国共産党中央財経委員会第10回会議では、「共同富裕は、社会主義の本質的要求であり、中国式現代化の重要な特徴である」と位置付けられ、「人民全体の共同富裕の促進を、人民のために幸福を図る力点とし、党の長期執政の基礎を不断に打ち固めなければならない」としている。共同富裕を実現するために、市場主導の「一次分配」、政府主導の「二次分配」、そして道徳に誘導される「三次分配」(民間による寄付、公益事業)の果たすべき役割が強調されている。中でも、財政と社会保障制度改革を通じた「二次分配」の強化に寄せる期待が大きい。
同会議において、共同富裕に向けて取り組まなければならない課題として、次の六つが挙げられている(注2)。
-
①発展の均衡性、協調性、包容性を高める。
- 社会主義市場経済体制の整備を加速する。
- 地域発展の均衡性を高める。
- 業種間の発展の協調性を強める。
- 中小企業の発展を支援する。
-
②中所得層の規模拡大に力を入れる。
- 低所得層がより多く中所得層に仲間入りするよう図らなければならず、大学卒業生、技術労働者、中小企業主・個人工商業者、都市に転入した出稼ぎ農民が支援の対象となる。
-
③基本的公共サービスの均等化を促進する。
- 包摂的な人的資本投入に力を入れ、高齢者介護・医療保障体系、底辺を支える救済体系、住宅供給・保障体系を整える。
-
④高所得に対する規範・調整を強化する。
- 合法的収入を法に従って守り、過度の高収入を合理的に調節し、個人所得税制を整備し、不動産税の立法と改革を推進する。
- 高所得層・企業による公益慈善事業を通じた社会還元を奨励する。不合理な収入を整理、規範化し、所得分配秩序を整え、違法収入を断固取り締まる。
- 財産権と知的財産権を保護し、合法的に豊かになることを保護し、各種資本の規範にのっとった健全な発展を促進する。
-
⑤人民の精神生活の共同富裕を促進する。
- 社会主義核心的価値観(注3)による指導を強化し、人民大衆の多様な精神文化のニーズを絶えず満たす。
- 共同富裕促進の世論誘導を強化し、共同富裕の促進に好ましい世論環境を提供する。
-
⑥農民・農村の共同富裕を促進する。
- これまでの貧困脱却の成果を固め、広げる。
- 農村振興を全面的に推進し、農村におけるインフラと公共サービス体系の建設を強化し、居住環境を改善する。
Ⅱ.課題となる都市部と農村部の間の格差の是正
中国は、政府が掲げる社会主義というイデオロギーとは裏腹に、世界で見ても、貧富格差が大きい国である。それを象徴するのは、農村部の所得が都市部を大きく下回っていることである。農村部の所得を増やすためには、農村振興と出稼ぎ農民の市民化がカギとなる。
1.依然として大きい都市部と農村部の間の格差
2020年の中国における1人当たり可処分所得は、全国では32,189元に達しているが、農村部では17,132元と、都市部の43,834元の39.1%にとどまっている(注4)。
都市部と農村部の所得格差は、地域の間と所得の各階級の間の格差の大きな原因にもなっている。実際、都市化が進んでいる地域(省・自治区・直轄市)ほど、一人当たり可処分所得が高いという傾向が顕著である(図表1)。また、一人当たり可処分所得の各階級の間の格差を見ると、それぞれ世帯数の20%を占める「上位」、「中上位」、「中位」、「中下位」、「下位」の五つの階級において、「上位」の「下位」に対する比率は、2020年に全国が10.2倍に上っており、都市部の6.2倍と農村部の8.2倍を上回っている(図表2)。
中国では、所得格差以上に、資産格差が大きい。中国人民銀行統計司城鎮居民家庭資産負債調査チームがまとめた調査報告によると、中国における都市部の世帯平均資産残高は317.9万元、住宅がその約6割を占めている。主に住宅価格の差を反映して、地域(省・自治区・直轄市)別の都市部の一世帯当たり資産残高は、最も高い北京が892.8万元に達しているのに対して、最も低い新疆は127.5万元にとどまっている(図表3)。農村部については家計資産に関する信頼できるデータがないが、農村部では住宅の転売が厳しく規制されており、住宅価格が都市部より遥かに低いことを考えれば、都市部と農村部の間の資産格差は、同所得格差以上に大きいと見られる。
2.急がれる農村振興と出稼ぎ農民の市民化
中国では、都市部と農村部の間の格差の是正に向けて、第14次五ヵ年計画(2021-2025年)において、農村振興と出稼ぎ農民の市民化を中心に対策を講じている。
まず、農村振興については、2020年代半ばに満期を迎える農村土地請負制度の第二次請負期間を30年再延長する上、農地の所有権、請負権、経営権の三権分離改革を通じて、経営権の第三者への移転を容易にするという既定方針が確認されている。それにより、都市部に出稼ぎに行った農民が農村に残した農地が活用され、土地の集約による大規模農業が可能になる。農民は賃貸料などの収入を得ることもできる。
一方、出稼ぎ農民の市民化、農村部から都市部への移住を加速し、常住人口ベースの都市化率を2025年に65%に引き上げることを目標としている。それに向けて、戸籍制度の改革を進め、一部の大型都市を除き、戸籍制度による移住の制限を緩和し、現住所に基づく戸籍登録制度を試行する。また、中央から地方への財政移転と都市部における新規建設用地の規模を農村からの移住人口の市民化の度合いにリンクさせる制度を整備し、転入者を対象とする基本的公共サービスを強化する。さらに、都市部に移住した元農民の農地の請負権、住宅用地の使用権、集団利益の分配権を保障し、これらの権利を、市場を通じて有償で譲渡する関連制度を整備する。
戸籍など労働力の移動の制約になる障壁が取り除かれることにより、地域間の労働力の移動、ひいては賃金水準の平準化が促される。これに加え、出稼ぎ農民の家族への送金も地域格差を縮小させる要因になる。
Ⅲ.共同富裕に向けた財政と社会保障制度の改革
共同富裕という目標に向けて、財政の所得再分配機能と社会保障制度を強化しなければならない。
1.財政改革
財政の所得再分配機能を発揮するために、収入と支出の両面における改革が求められる。
財政収入の面では、増値税(付加価値税)や(贅沢品、嗜好品などを対象とする)消費税といった消費段階で課せられる間接税が中心になっており、所得や資産を対象とする直接税のウェイトは低い(図表4)。それぞれに伴う税負担は、前者が逆進的で、後者が累進的であるため、直間比率の低い現在の税制は、所得再分配の機能を果たしていない。これを改めるために、所得と資産を対象とする課税を強化することを通じて税収に占める直接税の比率を上げることが求められる。
まず、直接税の割合を徐々に増やさなければならない。増値税や消費税など、商品やサービスに関する間接税の割合や種類を減らし、所得に応じて課税される法人税や個人所得税などの直接税の割合を徐々に増やしていく。個人所得税について、総合課税を強化する。現在、個人所得税においては、給与所得と、配当金などそれ以外の所得が分離課税になっている。給与所得は累進課税になっているが、配当金は一律20%になっている。その上、株式と5年以上保有した自己居住用の住宅の売却益は、課税の対象外となっている。高所得層に有利に働くこのような税制上の優遇は改められるべきである。また、個人所得税の「課税最低限」を引き上げることや、中間層を対象とする税率を引き下げることを通じて中低所得層の税負担を軽減させる一方で、富裕層に対する税率を引き上げなければならない。
次に、不動産税改革などを通じて、資産課税を強化すべきである(BOX2)。現在、中国の不動産税の課税対象は、事業用不動産に限られている。それを個人所有の非事業用住宅まで拡大するという改革の方向性が打ち出されているが、所有者による自己居住用の場合や一定以下の(一人当たり)居住面積の場合などを免除の対象にすべきだという要望も多い。富の過度な集中を抑えるために、不動産税改革のほかに、相続税や贈与税の導入を積極的に検討する必要がある。
さらに、税金徴収の規範化を進めなければならない。申告漏れなど、脱税行為を防ぐために、課税の対象となる全国民の所得、資産、取引状況を網羅すべく、社会保障、納税記録、財産登録を一元化した個人情報システムを構築する必要がある。金融資産の実名登録制を段階的に実施し、超富裕層の収入と資産の監督管理を強める。腐敗撲滅に力を入れ、違法収入を取り締まらなければならない。
一方、財政支出の面では、財源配分の方向性と構造の最適化、基本的な公共サービスの均等化の推進、財政移転の強化が求められる。
まず、財源配分の方向性と構造の最適化について、経済建設や生産関連の補助金を削減する一方で、保育、教育、保健、住宅、障害者支援などを中心に、国民生活の改善、国民福祉の充実により多くの資金を充てるべきである。
また、公共サービスの均等化の推進について、都市部と農村部の間、都市戸籍と農村戸籍の間、地域の間のレベルと質における格差を是正しなければならない。第14次五ヵ年計画は、2025年までに、「基本的な公共サービスの均等化のレベルを顕著に向上させる」、2035年までに「基本的な公共サービスの均等化を実現する」というスケジュールを明示している。
さらに、財政移転の強化について、政府は、地域格差の縮小に向けて、所得の高い地域から集めた税金の一部を所得の低い地域に財源として移転しなければならない。農村振興においても、財政移転の果たすべき役割が大きい。
2.社会保障制度改革
社会保障制度は、財政制度の一部ではあるが、社会保障の収入(保険料と財政補助)と支出の配分に関する予算である「社会保障基金予算」が、「公共財政予算」(日本の一般会計に相当)とは別勘定となっている。中国における社会保障制度の中心は、基本養老(年金)保険制度と基本医療保険制度である。いずれも、本人の戸籍(都市戸籍か農村戸籍)や、就業の有無によって、大きく2つに分類される。具体的に、都市部の従業員(公務員と自営業者を含む)が「都市従業員基本養老保険」(以下、従業員養老保険)と「都市従業員基本医療保険」(以下、従業員医療保険)に加入し、農村住民や都市の非就労者(合わせて「住民」)が「都市農村住民基本養老保険」(以下、住民養老保険)と「都市農村住民基本医療保険」(以下、住民医療保険)に加入する。
しかし、「従業員養老保険」と「住民養老保険」の間、また「従業員医療保険」と「住民医療保険」の間において、待遇面における大きな格差が見られている。2020年の一人当たり養老保険の給付費は、「従業員」の場合、40,198元に上るのに対して、「住民」の場合、2,088元にとどまっている。両者の間には約20倍の差が存在している。一人当たり医療保険の給付費も、「従業員」が3,734元と「住民」の803元を大きく上回っている(図表5)。社会保障における「従業員」と「住民」の間の格差に加え、地域間の格差も大きい。特に、住民養老保険の場合、一人当たり給付費の最も高い上海(16,061元)は最も低い貴州(1,339元)の12.0倍となっている。住民医療保険の給付費も、最高の上海(2,300元)が、最低のチベット(373元)の6.2倍に当たる(注5)。
共同富裕を実現するために、社会保障制度改革の一環として、養老保険と医療保険における「従業員」と「住民」の間、また、地域の間の給付費における格差を縮小する必要がある。そのための資金は、財政補助の増額によって賄われなければならない。
Ⅳ.克服しなければならない課題
中国は農村所得の向上と二次分配改革などを通じて、今世紀半ばを目途に共同富裕を実現することを目指している。この道のりにおいて、次の課題が待ち構えている。
まず、既得権益層の抵抗が予想される。どこの国においても、改革は困難を極める過程である。改革は効率を高め、経済全体のパイを大きくするものであっても、必ず行われるとは限らない。なぜなら、これらの便益は均等に分配されるとは限らず、得する人がいる一方、損する人もいるからである。そのため、「総論賛成・各論反対」の言葉の通り、関係者が建前として改革を支持しても、いざと具体論になると、それによって損を被る一部の人々が反対に回るのである。これまで中国における相続税や不動産税の導入が挫折したことが、その好例である。共同富裕を目標とする改革は、所得再分配を前面に打ち出しているだけに、利益の調整は一層難しくなる。
また、経済発展の過程において、「成長」(効率)と分配(平等)は、トレードオフ関係にある。共同富裕を実現するために、ある程度の成長を犠牲にしなければならない。中国経済は、これまで平等よりも効率を重視した結果、高成長を遂げた一方で格差が拡大してしまった。今後、効率よりも平等を重視することにより、格差が縮小する一方で成長は鈍化するだろう。特に警戒すべきは、行き過ぎた再分配政策の実施が、人々の労働と投資の意欲を抑え、経済の停滞と「共同貧困」を招きかねないことである。
これらの課題を克服し、共同富裕という目標を達成するために、市場の活力を最大限に生かしながら、公平かつ透明なルールの下で各階層の利害関係を調整し、政策運営に当たってうまく効率と平等の間のバランスを取ることが求められる。
BOX1 鄧小平氏が描いた共同富裕への道筋
「一部の人、一部の地域が先に豊かになれ」という鄧小平氏の「先富論」は有名だが、これは、「一部の人、一部の地域が先に豊かになることによって、最終的に共に豊かになる」ことを目指す「共同富裕論」の一部にすぎない。実際、鄧小平氏は、1992年初頭に湖北省・広東省・上海など、南部地域を視察した際に行われた「南巡講話」において、「先富」から「共同富裕」への道筋について、次のように述べた。
「社会主義の道を歩むのは、ともに豊かになることを逐次実現するためである。ともに豊かになる構想は次のようなものである。つまり、条件を備えている一部の地区が先に発展し、他の一部の地区の発展がやや遅く、先に発展した地区が後から発展する地区の発展を助けて、最後にはともに豊かになるということである。もし富めるものがますます富み、貧しいものがますます貧しくなれば、両極分化が生じるだろう。社会主義制度は両極分化を避けるべきであり、またそれが可能である。解決方法の1つは、先に豊かになった地区が利潤と税金を多く納めて貧困地区の発展を支持することである。もちろん、それを急ぎすぎたら失敗してしまう。いまは発展地区の活力を弱めてはならず、『大釜のメシ(悪平等)』を奨励してもならない。いつこの問題をとりたてて提起し、解決するか、どのような基礎の上で提起し解決するかは検討する必要がある。今世紀(20世紀)末にまずまずの水準に達したとき、この問題をとりたてて提起し、解決することが考えられる。その時になれば、発展地区は引き続き発展し、利潤と税金を多く納め、技術を移転するなどの方式で未発達地区を大いに支持すべきである。未発達地区はたいてい資源に恵まれており、発展の潜在力は極めて大きい。要するに、全国的範囲に考えて、われわれは必ず沿海と内陸部の貧富の格差という問題を一歩一歩スムーズに解決できる。」
(鄧小平「武昌、深圳、珠海、上海などでの談話の要点」『鄧小平文選第三巻』人民出版社、1993年。日本語訳については、中共中央文献編集委員会編纂/中共中央編訳局・外文出版社訳『鄧小平文選1982-1992』テン・ブックス、1995年を参照した。)
BOX2 本格化する不動産税改革
中国では、不動産投機やそれによる住宅価格の高騰を抑制するため、課税の対象を住宅まで拡大することを中心とする不動産税改革が検討されている。その試行は2011年から上海市と重慶市で実施されてきた。現地の戸籍を持つ家計の場合、上海では新規に購入した世帯当たり2軒目以降の住宅、また重慶では一戸建て個人住宅と新規購入の個人高級住宅が課税の対象となっている。また、上海と重慶のいずれにおいても、現地の戸籍を持たない家計の場合、課税の対象範囲はもっと広い。
その経験を踏まえて、2021年10月23日に開催された全国人民代表大会常務委員会において、新たに一部地域での不動産税の試行の導入が決定された。不動産税の課税対象は、従来の事業用不動産に加え、個人所有の非事業用住宅(いずれも農村部は含まず)とする。土地使用権を有する人(住宅の所有者)が納税対象者となる。試行の対象となる都市や、税率、免除を受けられる物件の範囲などがまだ検討中だが、試行を経て、新しい不動産税制は、最終的に全国実施になると予想される。
不動産税は直接税として、転嫁されにくく、高所得者が多めに納税し、低所得者は少なめに納税するため、所得分配の調整の手段として有効である。実施に当たり、一定以下の(一人当たり)居住面積の住宅を課税の対象から外すことや、投資目的の物件に対して自己居住用の物件より高い税率が適用されることになれば、その所得再分配機能が一層発揮できる。
これまで地方政府の財源は、国有地の期限付き使用権(宅地は70年、工業用地は50年、商業用地は40年)を譲渡する際に受け取る「土地譲渡金収入」に大きく依存してきた。しかし、土地譲渡金収入は、新規国有地の供給に制約されて限りがある上、不動産市況によって大きく左右される。これに対して、新しい不動産税制では、既存の不動産も課税の対象に含まれると予想されるため、地方政府は、より安定的かつ持続可能な財源が確保できる。
住宅を対象とする不動産税の全面的な導入は、住宅保有に伴うコストの上昇、ひいてはそれを割り引いた投資物件の収益率の低下を通じて、需要を抑える。その一方で、価格の上昇を見込んで空室のまま住宅を保有しているオーナーたちは、新たな税負担を避けるために、手持ちの物件を早めに市場に放出するだろう。その結果、住宅価格の対家計所得比で見てすでにバブルの域に達している主要都市における住宅価格は、より合理的水準に回帰するだろう。