中国経済新論:実事求是

カーボンニュートラルの実現を目指す中国
― カギとなるエネルギー構造と産業構造の脱炭素化 ―

関志雄
経済産業研究所

Ⅰ.はじめに

2020年9月22日、習近平国家主席は、国際連合(国連)総会で「中国は2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を実現することを目指す」と宣言した(注1)。世界最大のCO2排出国である中国が、脱炭素化への固い決意を示すことで、地球温暖化対策における国際協調が一歩前進した。

カーボンニュートラルの実現に向けて、中国は、新しい技術を生かしながら、石炭をはじめとする化石燃料が中心となっているエネルギー構造と重工業に偏った産業構造からの脱却を急がなければならない。これにより、様々な分野において、イノベーションと投資が促されることが期待されている。

Ⅱ.地球温暖化対策としての脱炭素化とそれに向けた国際協調

産業革命以降のCO2排出量の急増を主因に、地球温暖化が進んでいる。その影響は、気候と生態系に止まらず、色々な面において人間の社会経済生活にも及ぼうとしている。国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)の第5次評価報告書は、このまま気温が上昇を続けた場合、人類の生存と発展を脅かすリスクとして、次の八つを示している(注2)。

  1. 海面上昇、沿岸での高潮被害などによるリスク
  2. 大都市部での洪水による被害のリスク
  3. 極端な気象現象によるインフラ等の機能停止のリスク
  4. 熱波による、特に都市部の脆弱な層における死亡や罹病のリスク
  5. 気温上昇、干ばつ等により食料安全保障が脅かされるリスク
  6. 水資源不足と農業生産減少による農村部の生計及び所得損失のリスク
  7. 沿岸部の人々の生計を支える海洋・沿岸生態系と生物多様性、生態系の財・機能・サービスが失われるリスク
  8. 人々の生計を支える陸域及び内水の生態系と生物多様性、生態系の財・機能・サービスが失われるリスク

地球温暖化に歯止めをかけ、これらの問題にうまく対処していくことが世界の持続的発展を実現するための前提条件であるという認識を、各国政府は共有している。

2015年にパリで開かれた国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定が合意された。その中で、①世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、②このために、今世紀後半に、温室効果ガスの人為的な発生源からの排出が、森林など自然の吸収源による吸収とネガティブエミッション技術を活用した回収によってちょうど相殺され、純排出量がゼロになることを意味するカーボンニュートラルの実現を目指すことなどが定められている。それに合わせて、日米欧をはじめ、多くの国々は、2050年を中心に、カーボンニュートラルを実現する方針を提示している。中国も、「CO2排出量ピークアウト」と「カーボンニュートラル」という二つの目標にコミットすることを通じて、最大の排出国としての責務を果たそうとしているのである(図表1)。

図表1 日本・EU・英国・米国・中国のカーボンニュートラル表明状況
図表1 中国における「第七回全国人口センサス」の調査結果―前回との比較―
(出所)経済産業省・資源エネルギー庁『令和2年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2021)』2021年6月より筆者作成

Ⅲ.段階的に強化されてきた中国の温暖化対策へのコミットメント

中国は、経済大国化の過程において、CO2排出量を増やす一方で、国際社会に向けて、地球温暖化対策へのコミットメントを深めてきた。

1997年11月に京都で行われた国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書では、中国は非付属書Ⅰ国(途上国)として温室効果ガスの削減義務が課されなかったが、中国政府は、コペンハーゲンで開催されるCOP15を目前に控えた2009年11月に、CO2排出量のGDP原単位(CO2排出量/GDP)を2020年までに、2005年比で40-45%削減する数値目標を初めて発表した。続いて、2015年に、パリ協定の国別削減目標(Nationally Determined Contribution, NDC)として、①2030年前後にCO2排出量をピークアウトさせ、また、その時期を早めるよう最善の取り組みを行う、②2030年にCO2排出量のGDP原単位を2005年比で60-65%削減、③非化石エネルギーが一次エネルギー消費量に占める割合を約20%に高める、④森林蓄積量を2005年比で約45億m³増やすことを発表した。

2020年になると、習近平国家主席は、9月22日に、国連総会一般討論でのビデオ演説において、すでにパリ協定の国別削減目標に含まれている「2030年までにCO2排出量をピークアウトさせる」ことに加え、新たに「2060年までにカーボンニュートラルを実現することを目指す」という方針を示した。また、12月12日に、国連などが主催した気候野心サミットにおけるビデオ演説において、CO2排出量ピークアウト以外の2030年の目標も、①CO2排出量のGDP原単位を2005年比で65%以上削減、②非化石エネルギーが一次エネルギー消費量に占める割合を約25%に高める、③森林蓄積量を2005年比で60億m³増やす、④風力発電・太陽光発電の発電設備容量を12億kW以上に増強すると更新した。

中国が温暖化対策へのコミットメントを深めていくことは、外圧となって国内の構造改革を促す一方で、地球温暖化対策における国際協調を後押しする力にもなるだろう。

Ⅳ.中国におけるCO2の排出状況

中国では、改革開放以来、経済の急成長を背景に、エネルギー消費量とCO2排出量が急増してきた(図表2、図表3)。1980年から2020年にかけて、一次エネルギーの消費量は、8.3倍になり、世界に占めるシェアは6.3%から26.1%に上昇した。それに伴って、同時期のCO2排出量は6.7倍になり、世界に占めるシェアは7.9%から30.7%に上昇した。中国は、世界最大のエネルギーの消費国かつCO2排出国となっており、それぞれ第二位の米国(2020年に一次エネルギーの消費量が世界の15.8%、CO2排出量が同13.8%)との差が開いている。

図表2 主要国の一次エネルギー消費量の推移
図表2 主要国の一次エネルギー消費量の推移
(出所)BP, Statistical Review of World Energy 2021, July 2021より筆者作成
図表3 主要国におけるCO2排出量の推移
図表3 主要国におけるCO2排出量の推移
(出所)BP, Statistical Review of World Energy 2021, July 2021より筆者作成

CO2排出量は、東京大学の茅陽一名誉教授が発案した次の恒等式(以下では「茅恒等式」)のように、

CO2排出量=GDP×( エネルギー消費量 GDP )×( CO2排出量 エネルギー消費量 )

  1. GDP
  2. エネルギー消費量のGDP原単位(エネルギー消費量/GDP)
  3. CO2排出量のエネルギー原単位(CO2排出量/エネルギー消費量)

の積で表すことができる。中国において、CO2排出量が大きいことは、①GDP規模の拡大に加え、②エネルギー消費量のGDP原単位と③CO2排出量のエネルギー原単位が高いことを反映している(注3)。

中国におけるエネルギー消費量のGDP原単位とCO2排出量のエネルギー原単位は、いずれも世界平均を大きく上回っている。2020年、中国のGDPは世界の17.4%を占めている。それをベースに計算すると、中国におけるエネルギー消費量のGDP原単位は世界平均の1.50倍(26.1%/17.4%)、CO2排出量のエネルギー原単位も同1.18倍(30.7%/26.1%)と高くなっている。なお、両方を合わせたCO2排出量のGDP原単位(CO2排出量/GDP)は、世界の1.76倍(30.7%/17.4%)に当たる。

中国におけるCO2排出量のエネルギー原単位、ひいてはCO2排出量のGDP原単位が高い最も大きな原因は、単位熱量当たりCO2排出量の多い石炭がエネルギー消費の主力になっていることにある(注4)。2020年に、中国の一次エネルギー消費量に占める石炭の割合は56.6%と、米国(10.5%)やEU(10.6%)だけでなく、世界全体(27.2%)をも、大きく上回っている(図表4)(注5)。

図表4 主要国の一次エネルギー消費状況(2020年)
図表4 主要国の一次エネルギー消費状況(2020年)
(注)再生可能エネルギーには水力を含まない。
(出所)BP, Statistical Review of World Energy 2021, July 2021より筆者作成

中国における最大のCO2排出源は、エネルギー消費量の多い発電、製造、交通・輸送業である。2018年に、それぞれのCO2排出量は、全体の46.9%、35.6%、7.7%を占めている。製造業の中で、重工業が中心になっており、特に鉄鋼のシェアはその約半分を占めている(注6)。

Ⅴ.カーボンニュートラルを如何に実現するか

カーボンニュートラルは主にCO2排出量の削減により達成されるが、分野によって排出量を完全にゼロとすることが現実的には難しいため、残った分を大気から吸収または回収することを通じて相殺する必要がある(図表5)。

図表5 カーボンニュートラルに向けた方策
図表5 カーボンニュートラルに向けた方策
(出所)各種資料より筆者作成

CO2排出量を減らすために、上述の茅恒等式に従えば、経済成長に伴うGDPの拡大を犠牲にする選択肢を排除すると、エネルギー消費量のGDP原単位とCO2排出量のエネルギー原単位を抑えなければならない。

エネルギー消費量のGDP原単位を削減するために、まず、各分野における省エネルギーに向けて、新しい技術を活用するとともに、それを体化した設備への投資を増やさなければならない。また、送電の効率を高めるために、超高圧送電網とスマートグリッド(電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できる送電網)の整備を急がなければならない。その上、石炭火力、鉄鋼、セメント、石油化学、化学などエネルギー消費量の多い産業の拡大を抑える一方で、デジタル産業、ハイテク産業、現代サービス産業を発展させることを通じて、産業構造の調整を図らなければならない。

次に、CO2排出量のエネルギー原単位を削減するために、まず、エネルギー消費の中心を、石炭をはじめとする化石燃料から、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなどを含めたクリーンエネルギーにシフトしなければならない。これに加え、給湯、暖房、自動車に多く利用される直接燃焼から電力への転換を通じて、最終エネルギー消費の脱炭素化を図らなければならない。中でも、従来のガソリン車・ディーゼル車からEV(電気自動車)へのシフトが急務となっている。

一方、CO2の吸収と回収に関して、一つの方法は、植林など、土地利用・土地利用変化及び林業(LULUCF)における活動を通じて、自然の吸収源を増やすことである。もう一つは、CO2を回収して貯留するCCS (Carbon Dioxide Capture and Storage)、またはそれにCO2の有効利用を加えたCCUS (Carbon Dioxide Capture and Utilization or Storage)というネガティブエミッション技術を利用することである(注7)。中でも、大気中にすでに存在するCO2を直接回収して貯留するDACCS (Direct Air Capture with Carbon Storageやバイオマス発電所にCCS技術を適用したBECCS (Bioenergy with Carbon Dioxide Capture and Storage)などの技術に対する期待が大きい。

これらの原則に沿って、2021年3月15日に行われた中央財経委員会第9回会議では、CO2排出量ピークアウトとカーボンニュートラルに向けて、①エネルギー体制、②主要産業、③グリーン低炭素技術、④グリーン低炭素にかかわる政策と市場体制、⑤ライフスタイル、⑥吸収源、⑦国際協力といった7つの分野において取り組むべき課題が示されている(図表6)。

図表6 CO2排出量ピークアウトとカーボンニュートラルに向けた中国の取り組み
図表6 CO2排出量ピークアウトとカーボンニュートラルに向けた中国の取り組み
(出所)中央財経委員会第9回会議のコミュニケ、2021年3月15日より筆者作成

Ⅵ.カーボンニュートラルに向けた機会と挑戦

脱炭素化に積極的に取り組み、2060年までにカーボンニュートラルを目指すことは、中国に多くの機会と挑戦をもたらそうとしている。

機会として、まず、脱炭素化は、エネルギー分野だけでなく、産業全般にわたって、イノベーションの起爆剤となり、また投資需要を引き起こす。中国人民銀行の易綱総裁は、中国においてCO2排出量を削減するために必要な投資が、2020年代に年間2.2兆元、2030年から2060年まで年間3.9兆元に上ると予測している(注8)。

また、カーボンニュートラルへの取り組みの多くは、深刻になっている中国における大気汚染の改善にもつながる。硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)などの大気汚染物質は、CO2と同様に、化石燃料燃焼に由来しているため、CO2の削減を目指す化石燃料消費の抑制は、気候変動対策だけでなく、大気汚染対策にもなる。

さらに、輸入依存度の高い石油と天然ガスが国内で生産されるクリーンエネルギーに代替されることにより、エネルギー安全保障が強化される。

一方、挑戦として、まず、発展途上国としての中国は、先進国と比べて経済成長率が高く、CO2排出量を削減するために、エネルギー消費量のGDP原単位とCO2排出量のエネルギー原単位の大幅な改善が求められる(上述の茅恒等式を参照)。

また、中国の産業構造はエネルギーを大量に消費し、CO2排出量の多い重工業のウェイトが高く、エネルギー構造もCO2排出量の多い石炭に偏っているため、カーボンニュートラルを実現するためには、エネルギー構造と産業構造を同時に大きく変えなければならない。この過程において、衰退を余儀なくされる産業では、企業の倒産と従業員の解雇が避けられない。

さらに、CO2排出量ピークアウトからカーボンニュートラルを実現するまでの予定期間は、中国の場合、先進国より短い。例えば、EUは71年(1979年-2050年)、米国は43年(2007年-2050年)、日本は42年(2008年-2050年)であるのに対して、中国は30年(2030年-2060年)しかない(注9)。

最後に、カーボンニュートラルの実現に向けて、膨大な資金が必要である。それを賄うために、CO2排出権取引制度とグリーンファイナンスの果たすべき役割が大きい。市場メカニズムを生かすことで、投資効率の向上も期待できる。

脚注
  1. ^ カーボンニュートラルという概念は、本来、CO2に限らず、メタン、一酸化二窒素、フロンガスを含む「温室効果ガス」の排出を対象としているが、統計上の制約に鑑み、本文では、その大部分を占めるCO2のみを対象とし、特に断らない限り、両者の区別をしない。
  2. ^ IPCC, "AR5 Climate Change 2014: Impacts, Adaptation, and Vulnerability," 2014.
  3. ^ そのほか、中国は世界の工場として、輸出した製品・サービスの生産に体化されたCO2の排出量(国内の排出量として計上される)は、輸入した製品・サービスの生産に体化された排出量(海外の排出量として計上される)を上回っている。この収支尻を調整した中国における2018年の「消費ベース」のCO2排出量は、調整前の「生産ベース」の排出量より14%少ないと推計される(Hannah Ritchie, "How Do CO2 Emissions Compare When We Adjust for Trade?" Our World in Data, October 07, 2019, https://ourworldindata.org/consumption-based-co2)。
  4. ^ 2018年、石炭の消費量が最も多い産業は電気、ガス、熱供給であり、全体の48.4%を占めている。その次は、石油、石炭及びその他の燃料加工業(12.2%)、鉄金属製錬業(7.4%)、石炭採掘業(6.1%)、化学産業(5.9%)、非鉄金属製錬業(5.5%)の順となっている(中国国家統計局『中国統計年鑑』2020年版による)。
  5. ^ 発電量に占める石炭による分の割合は、世界全体では35.1%であるのに対して、中国では63.2%と高くなっている(BP, Statistical Review of World Energy 2021, July 2021による)。
  6. ^ Carbon Emission Accounts and Datasets for Emerging Economies, CEADS data.
  7. ^ 国際エネルギー機関によると、2060年までの累積CO2削減量の14%をCCSが担うことが期待されている(IEA, Energy Technology Perspectives 2017, June 2017)。
  8. ^ 易綱、中国人民銀行と国際通貨基金が共同主催する「グリーンファイナンスと気候政策」ハイレベル・シンポジウムにおける演説、中国人民銀行ウェブサイト、2021年4月15日。
  9. ^ 各国・地域のCO2排出量のピークアウトの時期は、BP, Statistical Review of World Energy 2021, July 2021による。
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2021年8月13日掲載