中国経済新論:実事求是

バイデン政権の誕生は米中関係の改善のきっかけになるか
― 協力的競争関係に向けて ―

関志雄
経済産業研究所

米中関係は、2017年のトランプ政権の誕生以降、貿易やハイテクの分野における摩擦や、人権と安全保障を巡る対立に象徴されるように、悪化の一途を辿ってきた。2020年11月に行われた米国の大統領選挙で民主党のバイデン氏の当選がほぼ確実になり、政権交代により、米中関係はどのような方向に向かうかが、注目されている。

バイデン氏は、2020年3月号の「フォーリン・アフェアーズ」誌に寄稿した「アメリカのリーダーシップと世界――トランプ後のアメリカ外交」という論文において、米国が中国に対して強硬になる必要があり、中国をけん制するために同盟国との提携を強めることを訴える一方で、一部の分野においては中国と協調する用意があると表明している。具体的には、中国が米国や米企業からテクノロジーや知的財産を盗み、国有企業の不公平な優位性を支え、未来の技術と産業を支配するために補助金を出し続けるという不正な経済行為と人権問題に対処するために、米国は同盟国やパートナーとの共同戦線をまとめなければならない。一方、気候変動、核不拡散、グローバルな公衆衛生など、中国との利益が重なり合う領域では北京との協調を模索しなければならないという(注1)。

ここでは、バイデン氏のこれまでの発言や2020年の大統領選挙に向けてまとめられた民主党の政策綱領などをベースに、新政権の対中政策について探ってみる。

変わらない「戦略的競争相手」としての中国の位置づけ

米国は、バイデン政権になっても、トランプ政権と同様に、中国を「戦略的競争相手」とみなし続けるだろう。

トランプ政権は、中国に対する従来の「関与政策」が失敗した反省に立って、中国を米国の「戦略的競争相手」としてとらえるようになった。この点について、ホワイトハウスは、2020年5月20日に発表した「中国に対する米国の戦略的アプローチ」において、次のように述べている(注2)。

「米国と中華人民共和国が1979年に国交を樹立して以来、米国の対中国政策は、関与の深化が中国の経済面と政治面における根本的な開放を促進し、より開かれた社会を伴う建設的で責任あるグローバルなステークホルダー(利害関係者)としての中国の出現につながるという期待を大前提としていた。40年以上経って、このアプローチは中国の経済・政治改革の範囲を制限する中国共産党の意志を過小評価していたことが明らかになった。過去20年間にわたり、(中国における)改革は減速、停滞、後退してきた。中国の急速な経済発展と世界への関与の増大は、米国が期待したような市民中心の自由で開かれた秩序への収斂にはつながらなかった。中国共産党はその代わりに、自由で開かれたルールに基づく秩序を悪用し、国際システムを自らのために再構築しようとしている。中国は、中国共産党の利益とイデオロギーに合致するように国際秩序を変革しようとしていることを公然と認めている。各国から従順を得るために中国共産党が経済的、政治的、軍事的な力を行使することは、米国の重要な利益を損ない、世界中の国や個人の主権と尊厳を損なう。

中国の挑戦に対応するために、政権は、中国共産党の意図と行動を冷静に見極めるとともに、米国の戦略的優位性と欠点を再評価し、二国間の摩擦の増大を覚悟した上で、中国に対して競争的アプローチを採用した。」

トランプ政権の中国に対するこのような厳しいスタンスは、共和党と民主党で共通しており、バイデン政権にも受け継がれると思われる。

国際協調路線への復帰

外交面では、トランプ政権の孤立路線と単独主義とは異なり、バイデン氏は、米国が再び国際機関に復帰し、同盟国と連携し、中国に圧力をかけるべきだと主張している。

トランプ政権の下で、米国は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、ユネスコ(UNESCO)、国連人権理事会、パリ協定、イラン核合意から離脱した。また、パンデミックが猛威を振るう中で、トランプ政権は2021年7月に世界保健機関(WHO)から脱退すると発表した。さらに、中国だけでなく、同盟国を含むほかの国々との間でも貿易摩擦が激化している。これを背景に、米国は中国をけん制するための統一戦線の構築が挫折している。

これに対して、バイデン政権になると、米国はWHOやパリ協定に復帰し、国際機関でリーダーシップをとり、国際問題の解決に取り組むだろう。民主党の新しい政策綱領の「米国利益の強化」という章には、アジア太平洋地域について、アメリカ主導の世界秩序に対する中国の挑戦と、中国の力に対抗するためにアジア太平洋地域の同盟国を活用する必要性が強調されている(注3)。バイデン氏が率いる米国は、日本、韓国、オーストラリアなど従来の同盟国との関係を強化し、インドや東南アジアなどの国々との戦略的パートナーシップを深めていくだろう。

収まらない人権と安全保障を巡る対立

人権と安全保障を巡って、バイデン政権になってからも、米中間の対立は収まらないだろう。

トランプ政権は、2019年までは、新疆、チベット、香港、台湾、南シナ海での中国の行動を批判することに消極的だったが、その後、米国における新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、その姿勢が一転した。トランプ大統領は、人権侵害を理由に、中国当局者の制裁に法的根拠を与える「ウイグル人権政策法」(2020年6月)、「香港自治法」(2020年7月)といった一連の法律に署名した。また、ポンペイオ国務長官は、2020年10月に、ロバート・デストロ国務次官補(民主主義・人権・労働問題担当)を、政権発足以来、空席となっていたチベット問題を担当する特別調整官に任命した。

バイデン氏も、これらの問題には同様の姿勢で臨んでいる。彼は選挙キャンペーン中に、もし当選すれば、2019年11月に成立した米国の「香港人権・民主主義法」を確実に実施し、亡命中のチベット人指導者ダライ・ラマと会うと約束した。また、中国による新疆地域の主にイスラム教徒のウイグル人少数民族に対する大規模な拘禁と再教育プログラムを「ジェノサイド(大量虐殺)」と呼び、国際社会が一致団結してそれに反対するよう呼びかけた(注4)。

台湾問題に関しては、2020年版の民主党の政策綱領には、「『台湾関係法』にコミットし、引き続き台湾の人々の願いと利益にかなう方法で台湾海峡問題の平和的解決を支持する」と盛り込まれており、2016年版の同綱領にあった「『一つの中国』政策にコミットする」という文言が消えた。

南シナ海における中国の行動については、民主党の政策綱領は、2016年版では同海域における航行の自由を訴えることにとどまったが、2020年版では「中国軍の威圧」へ対抗する決意を示すようになった。

経済摩擦の主戦場は関税からハイテク分野へ

経済面では、バイデン政権の下で、これまで実施されてきた中国に対する追加関税が撤廃される可能性があるが、ハイテク分野におけるデカップリング政策は継続されるだろう。

バイデン氏は、中国製品に課した追加関税が米国の消費者の利益を損ない、中国が実施した報復関税が米国の農民や製造業者に打撃を与えていると主張しており、トランプ政権が仕掛けた対中関税戦争に反対する姿勢を示している。バイデン政権は、中国製品への追加関税の撤廃と引き換えに、中国に対して、知的財産権、産業補助金、市場参入などにおいて譲歩を求めるだろう。

一方、米国の政治家は、過去数年にわたり、超党派で中国における技術進歩を阻むことに取り組んできた。民主・共和両党の指導部は、中国政府が不当に支援しているファーウェイをはじめとするハイテク企業が世界の安全保障に脅威を与えているとの見方で一致している。これらの中国企業に対する輸出規制などの制裁措置は維持されるだろう(注5)。

関係改善を促す協力的競争関係への模索

バイデン氏と民主党は、中国を「戦略的競争相手」ととらえ続けながらも、両国が「新冷戦」の罠に陥ることを防がなければならず、気候変動や核不拡散化などの国際的な重要課題において対話と協力が必要であると訴えている。

型破りなトランプ大統領と比べて、伝統的なタイプの政治家であるバイデン氏の対中政策は、外交の基本的ルールに沿って行われ、より予測しやすいと思われる。その結果、両国間に相手側の意図を読み間違えることにより衝突が起こってしまうリスクは低下するだろう。

予想されるバイデン政権下の米中間の緊張緩和は、中国ビジネスに関わっている多国籍企業にとって朗報となろう。在上海米国商工会議所が2020年11月11日から15日に行った「選挙後のサーベイ」では、アンケート調査に応じた米国企業のうち、米大統領選挙の結果を受けた中国ビジネスへの見方の変化について、「極めて楽観的」と「より楽観的」と答えた企業の数は「より悲観的」と「極めて悲観的」と答えた企業の数を大きく上回っている(図表1)。

図表1 米大統領選挙の結果を受けた米国企業の中国ビジネスへの見方の変化
図表1 米大統領選挙の結果を受けた米国企業の中国ビジネスへの見方の変化
(出所)AmCham Shanghai, "Post-Election Survey," November 19, 2020より筆者作成

米中関係の展望

今後の米中関係は、「関与」の時代のような全面協力にもどることはないだろう。その代わりに、次の三つのシナリオが考えられる。

  1. 協力的競争関係注6
    米中両国は自国の国家利益において妥協せずに競争し合いながら、気候変動、不法薬物、感染症、テロへの対応など、共通利益のある分野において協力関係を保つ。米国は、中国を抑え込むのではなく、国際機関等を通じ、中国に国際法と国際基準の順守を促す。米中間の対立は、可能な限り、協議を通じて解決する。「安全保障」を理由に、ハイテク分野における貿易や、直接投資、技術移転などに制限が加えられるが、世界のサプライチェーンが寸断されるまで至らず、世界経済のブロック化が避けられる。
  2. 新冷戦
    世界経済は米国と中国を中心とする二つのブロックに分裂する。米中両国の間で、貿易、投資、技術、人、情報の流れを対象とする規制が一層強化され、経済関係のデカップリングがさらに進むと、多国籍企業は生産体制のグローバル展開を通じた資源の最適配分ができなくなり、サプライチェーンの再構築を迫られることになる。その結果、世界貿易や直接投資、ひいては世界経済も停滞の道を辿っていくだろう。
  3. トゥキディデスの罠
    トゥキディデスの罠とは、新興の大国と既存の大国が覇権を巡って争った結果、戦争が起こることである。1500年以降、新興の大国が既存の大国に挑んだケースは合計16回あり、そのうち、12回は戦争が起きている(注7)。このシナリオでは、米中間の覇権争いは、「熱い戦争」まで発展してしまう。

この中で、「協力的競争関係」は、バイデン氏の対中政策にほぼ一致している。トランプ政権になってから、米中関係は急速に悪化し、新冷戦の様相を呈しており、両国がトゥキディデスの罠に向かうのではないかという懸念も出ていた。バイデン政権の誕生は、この流れに歯止めをかけ、米中関係の修復のきっかけになることが期待される(注8)。

脚注
  1. ^ Joseph R. Biden, Jr., "Why America Must Lead Again: Rescuing U.S. Foreign Policy after Trump," Foreign Affairs, March 2020.
  2. ^ White House, "United States Strategic Approach to The People's Republic of China," May 20, 2020.
  3. ^ "2020 Democratic Party Platform," August 18, 2020.
  4. ^ "What Biden Has Said on Major U.S. Flashpoints with China," Bloomberg, October 28, 2020.
  5. ^ Stu Woo and Asa Fitch, "Biden's China Tech Plan: Stronger Defense, Quieter Offense," Wall Street Journal, November 11, 2020.
  6. ^ Joseph S. Nye, "The Cooperative Rivalry of US-China Relations," Project Syndicate, November 6, 2018.
  7. ^ Graham T. Allison, Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap? Houghton Mifflin Harcourt, 2017.
  8. ^ ニクソン、フォード米政権で国家安全保障や外交政策を取り仕切ったヘンリー・キッシンジャー氏は、トランプ政権下でぎくしゃくした米中の意思疎通を修復することがバイデン次期政権にとって急務になると指摘、さもなければ軍事衝突への事態悪化もあり得ると警告している(Peter Martin, "Kissinger Warns Biden of U.S.-China Catastrophe on Scale of WWI." Bloomberg, November 16, 2020)。
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2020年12月11日掲載