中国経済新論:実事求是

米中貿易摩擦の拡大化と長期化
― 顕著になったデカップリング傾向 ―

関志雄
経済産業研究所

米国は、1972年のニクソン大統領の訪中からオバマ政権時代までは、中国に対して関与政策(エンゲージメント)を取っていたが、トランプ政権になってから、中国を戦略的競争相手としてとらえるようになり、対中政策を大きく転換した。中国の台頭を抑えようと、中国製品を対象とする輸入関税の引き上げ、ハイテク製品の対中輸出制限と中国企業を対象とする対米直接投資への制限の強化など、米中の経済関係の切り離しを意味するデカップリング政策を進めている。

2018年8月、米国において中国のハイテク産業の発展を抑えることを目的とすると思われる一連の法律が成立し、また2019年5月に米国政府がファーウェイの全面排除の政策を発表した。このような動きに象徴されるように、米中摩擦は、貿易戦争にとどまらずに、ハイテク戦争の様相を強めており、両国間の対立の常態化が予想される。

激化する貿易戦争

貿易戦争と呼ばれるようになった今回の米中貿易摩擦のきっかけは、2018年3月22日に米国が「1974年通商法301条」(Section 301 of the Trade Act of 1974)に基づいて対中制裁措置の発動を決定したことである。これを受けて、米通商代表部(USTR)は4月3日に、ハイテク分野など500億ドルに相当する約1,300品目の中国からの輸入品に25%の追加関税を課す制裁案を公表した。これに対して、中国は、翌日に米国から輸入する大豆や自動車など106品目に25%の追加関税を課す対抗措置を取る用意があると応酬した。この「中国の不当な報復」を踏まえて、トランプ大統領は追加関税の対象範囲の拡大を検討するよう、USTRに指示した。このように、米中貿易摩擦は一気に貿易戦争までエスカレートした(図表1)。

図表1 米中の制裁関税・報復関税の実施状況
図表1 米中の制裁関税・報復関税の実施状況
(出所)米商務省統計、中国海関統計、各種資料より筆者作成

2018年9月までに、米国と中国は、協議を重ねていたにもかかわらず、それぞれ3回にわたって相手からの輸入に対して、追加関税を実施した。具体的に、米国は中国からの輸入のうち、2018年7月6日に340億ドル相当(第一弾)と、同8月23日に160億ドル相当(第二弾)に対してそれぞれ25%、また同9月24日に2,000億ドル相当(第三弾)に10%の追加関税を発動した。第三弾の2,000億ドル相当に関して、2019年1月1日に追加税率は25%に引き上げられる予定であった。米国のこのような攻勢に対して、中国は米国からの輸入を対象に、2018年7月6日(340億ドル相当、税率25%)、8月23日(160億ドル相当、税率25%)、9月24日(600億ドル相当、税率5%または10%)に計3回の報復関税を実施した。

貿易戦争の終結を目指すべく、トランプ米大統領と習近平中国国家主席は2018年12月1日に首脳会談を行い、米国が2019年1月1日に予定していた新たな追加関税の実施を90日間(2019年3月1日まで)猶予することについて合意に達した。これを受けて、米中貿易戦争は一旦休戦状態に入り、2019年1月30日-31日に両国間の閣僚級協議が約5ヵ月ぶりに再開された。また、2月24日にトランプ大統領は3月1日に予定された関税引き上げを延期すると発表した。

しかし、2019年5月5日にトランプ大統領は、突然、交渉の進展が遅すぎることを理由に、中国からの輸入品2,000億ドル相当について適用されている追加関税を、それまでの10%から25%に引き上げると表明し、米中閣僚級協議がワシントンで開催されていた5月10日に発動した。これに対して、中国は5月13日に、600億ドル相当の米国からの輸入品への追加税率を6月1日から最大25%に引き上げると発表した。米国も同日にこれまで追加関税の対象外だった残りの約3,000億ドル分(第四弾)の中国からの輸入品にも25%の関税を追加すると発表した(公聴会などを経て発動される予定)。

米国政府は、交渉が行き詰まった理由について、中国政府が、米中貿易交渉の合意文書案を大幅に修正し、また知的財産・企業秘密の保護、技術の強制移転、競争政策、金融サービス市場へのアクセス、為替操作の分野で、米国が強い不満を示していた問題を解決するために法律を改正するとの約束を撤回したためであると主張した(「米中貿易交渉、中国が合意文書案に大幅な修正=関係筋」ロイター、2019年5月8日)。一方、劉鶴副首相はワシントンで米国との協議を終えた記者会見において、①米国側による追加関税を全面的に撤廃すること、②対米追加輸入をより現実的規模に限定すること、③すべての国には尊厳があり、合意文書のバランスを改善すること、が合意の前提条件となっていると指摘した(「劉鶴:協力は正しい選択、重大な原則には決して譲歩せず、追加関税には断固反対する」新華社、2019年5月11日)。

6月末に大阪で開催されるG20サミットにおいて、米中首脳会談が予定され、これをきっかけに両国間の交渉が再び軌道に戻るかどうかが注目されているが、過大な期待は禁物である。米国政府が中国の経済発展を抑えるべく、同国のハイテク産業の切り離しを狙った一連の政策を実施したことが示唆しているように、米中の対立が長期化し、デカップリングが進む可能性はむしろ高まっている。

米国「2019会計年度国防権限法」の成立

米国では、ハイテク産業における中国の切り離しを実現するための法律を盛り込んだ「2019会計年度国防権限法」が2018年8月13日にトランプ大統領の署名により成立した。具体的には、①投資規制を強化するため外国企業の対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化する「2018年外国投資リスク審査近代化法」(FIRRMA)、②輸出管理を強化する輸出管理改革法(ECRA)、③中国企業5社の通信機器などの政府調達を禁止する条項、などが含まれる(赤平大寿「長期化する米中摩擦への対応策は」日本貿易振興機構、2019年5月15日)。これらの規定に基づき、中国企業を念頭に対米投資規制、輸出管理、中国製通信機器の政府調達の制限が強化された。

FIRRMAは、重要な技術や産業基盤を持つ米国企業への外国企業による投資を規制するものである。同法により、従来の米国企業を「支配する」外国企業による投資に加え、重要技術・重要インフラ・機密性の高いデータを持つ米国企業に対する非受動的投資も審査対象になる。

輸出管理を強化するECRAには、米国の重要技術の海外流出への対策が盛り込まれた。現行の輸出管理では捕捉できていない「新興・基盤技術」も今後は管理対象となる。また、当該技術の米国からの持ち出し、付加価値が一定以上含まれた製品の外国から第三国への輸出(再輸出)は、米商務省産業安全保障局の許可が必要になる。対象となる新興・基盤技術の範囲はまだ決まっていないが、その中で検討すべき新興技術として、①バイオテクノロジー、②人工知能(AI)・機械学習技術、③測位技術(Position, Navigation, and Timing)、④マイクロプロセッサー技術、⑤先端コンピューティング技術、⑥データ分析技術、⑦量子情報・量子センシング技術、⑧輸送技術、⑨付加製造技術(3Dプリンターなど)、⑩ロボット工学、⑪脳コンピュータインターフェース、⑫極超音速、⑬先端材料、⑭先進監視技術という14分野が挙げられている("Review of Controls for Certain Emerging Technologies," Federal Register, November 19, 2018)。これらは、中国が進めている「中国製造2025」計画が示している10の分野と大きく重なっている。

中国企業5社の通信機器などの政府調達を禁止する条項については、対象企業(関連会社を含む)と製品は、①ファーウェイと中興通訊(ZTE)製の通信機器、②海能達通信(ハイテラ)、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)製のセキュリティ用のビデオ監視・通信機器、である。禁止措置は、二段階に分けて実施される。第一段階に当たる2019年8月以降、これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスの政府による調達、取得、使用、契約および契約延⻑・更新を禁⽌する。第二段階に当たる2020年8月以降、これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスを利用している企業などと政府との契約および契約延⻑・更新を禁⽌する。

米国政府によるファーウェイの全面排除

米国は、ハイテク産業における中国の切り離しに向けて、世界通信網に大きなシェアを占め、5G通信技術において最先端に位置するファーウェイへの締め付けを強化している。

まず、2018年4月17日に米連邦通信委員会(FCC)はファーウェイとZTEを念頭に国内の通信会社に対し、安全保障上の懸念がある外国企業から通信機器を調達することを禁止する方針を決めた。また、8月に前述の「2019会計年度国防権限法」が施行された。さらに、12月1日にファーウェイの孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)が対イラン制裁を回避する金融取引に関与した疑いで米国の要請によりカナダで逮捕された。

2019年5月15日には、米商務省はイランへの経済制裁違反などを理由に、ファーウェイとその関連会社68社を輸出管理規則に基づく「エンティティー・リスト」に載せ、同社への米国製ハイテク部品などの輸出を原則として禁止する措置を発表した。米国企業の部品やソフトが原則25%超含まれれば、日本など、海外で生産した製品も輸出制限の対象となる。同じ日に、ファーウェイからの輸入禁止について、米企業が、安全保障上の懸念がある外国企業から通信機器を調達することを禁止する大統領令も出された。これらの禁止措置を受け、ファーウェイとの取引停止を発表する企業が相次いだ。

米国政府によるファーウェイの排除措置は、ファーウェイのみならず、米国企業を含む世界のサプライヤに打撃を与えることが避けられない。ファーウェイの2018年の売上高は1,050億ドルに達しているが、外部からの部品調達分は700億ドルに上っており、そのうち、クアルコムや、インテル、マイクロン・テクノロジーなど米企業からの分が合わせて約110億ドルを占める(「焦点:米国のファーウェイ排除、世界IT供給網に混乱必至」ロイター、2019年5月18日)。ファーウェイとの取引規制は米国の半導体産業に市場の縮小、企業の収益減などのリスクをもたらしかねない。こうした懸念から、ファーウェイの全面排除の発表を受けて、米株式市場において、ファーウェイのサプライヤを中心に、ハイテク株や半導体関連銘柄の下落が目立った。

ハイテク戦争の拡大と深化

米国は、自らファーウェイの全面排除に乗り出しただけでなく、同盟国に対しても排除の協力を要請している(Stu Woo and Kate O' Keeffe, "Washington Asks Allies to Drop Huawei," The Wall Street Journal, November 23, 2018)。今のところ、米国に同調しているのは日本やオーストラリア、ニュージーランドなど数ヵ国である。

日本の場合、政府は2019年5月27日に、重要な情報や技術の国外流出を防ぐための対応として、外資による日本企業への投資に関する規制の強化を発表した。具体的に、8月から安全保障上の理由から事前に届け出が必要な対象として、ITや通信関連の20業種を追加する。これに先立って、政府は2018年12月に、ファーウェイ製品の排除を念頭に情報通信機器の政府の調達方針を改定している(「日本が外資規制にITや通信関連の20業種追加」毎日新聞、2019年5月27日)。

米国の輸出禁止の対象となる中国企業は、ファーウェイだけではない。ZTEは2016年3月から2017年3月までの間にイランや北朝鮮への違法な輸出などを理由にエンティティー・リストに追加された(注1)。その後も、宇宙開発、半導体、スーパーコンピュータなどを手掛ける多くの中国の事業体(企業など)が新たにエンティティー・リストに掲載されるようになった。その中には、中国政府系のスパコン開発大手である曙光信息産業や、米半導体大手アドバンスト・マイクロ・デバイシズ(AMD)と合弁を組む天津海光先進技術投資が含まれている(いずれも2019年6月に同リストに追加された)。

また、米政界にはかつての共産主義を排斥する「赤の恐怖」に似た動きが広がり始めた(Anjani Trivedi「米に再び『赤の恐怖』襲来か ハイテク企業、中国人研究者起用に壁」ブルームバーグ、2019年5月26日)。具体的に、大学による中国側の研究提案に対する審査の強化、会議や交流のために訪米する中国人科学者へのビザ発給の遅れ、ロボットや高度な製造業などをテーマに学ぶ中国人大学院生へのビザの期限の5年から1年への短縮などがある。ヒューストンにあるMDアンダーソンがんセンターは中国系の上級研究者3人を4月に解雇した。米国立衛生研究所(NIH)が、3人が開示・守秘義務規定に違反した可能性があると判断したためだ。また、さまざまなテクノロジー企業の従業員が企業秘密を盗んだとして摘発されている。

攻勢を強める米国に対して、中国も反撃に出ている。まず、米国からの輸入に対して報復関税をかけることに加え、中国は2019年5月31日に、「一部の外国のエンティティは、非商業的な目的で、正常な市場の規則や契約の精神に反して、中国企業に対して、封じ込め、供給停止及びその他の差別的措置を講じて、中国企業の正当な権益を損ない、中国の国家安全や利益を脅かしているほか、世界の産業チェーン、サプライチェーンの安全をも脅かし、世界経済に打撃をもたらし、関連の企業や消費者の利益を損なっている。」ことを理由に、「信頼できないエンティティー・リスト制度」を構築する方針を発表した(「中国商務部スポークスマンが『信頼できないエンティティー・リスト制度』の構築について記者の質問に答える」新華社、2019年5月31日)。

また、2019年5月20日に習近平国家主席が対米貿易交渉の責任者を伴ってレアアースの関連施設を視察したことを受けて、中国は対米貿易戦争での対抗措置としてレアアースにおける優位を利用する準備を進めていると、人民日報をはじめ、中国メディアが一斉に報じた。

さらに、人民日報は2019年6月9日に、中国政府が国家の安全にかかわるリスクの予防と解消を目指して、対外技術輸出の規制強化を軸とする「国家技術安全管理リスト制度」を構築すると報じた(「我が国は国家技術安全管理リスト制度を構築」、2019年6月9日)。

世界経済はブロック化に向かうのか

激化する米中摩擦は、米中両国経済だけでなく、世界経済にも大きな陰を落としている。

中国では、米国との貿易が大きく制限される中で、外資企業による生産移転が加速している。また、米国による対内直接投資への規制強化を受けて、中国の企業や投資ファンドによる米国企業、特にハイテク企業の買収・出資が難しくなっている。現に、中国の対米直接投資は、2016年の460億ドルから2017年には290億ドルに、さらに2018年には48億ドルに大幅に減少している(Thilo Hanemann, Cassie Gao, and Adam Lysenko, "Net Negative: Chinese Investment in the US in 2018," Rhodium Group, January 13, 2019)。米国のデカップリング政策に対して、中国は、自主開発能力の強化を図りながら、一帯一路を中心に米国と距離を置く途上国との関係強化を図っている。それでも、海外からの技術獲得が困難となることに加え、資源の配分や、市場規模が制限されるようになることから、成長率が従来と比べて低下せざるを得ないだろう。

一方、米国もデカップリング政策を進めるに当たり、高い代償を覚悟しなければならない。米国にとって中国は最大の貿易相手国(輸入先としては第一位、輸出先としてはカナダとメキシコに次ぐ第三位)である上、多くの米国企業が中国に進出している。中国はグローバルサプライチェーンの要であり、米中間貿易と米国企業の中国における生産の中には、最終消費財に加え、多くの中間財・部品が含まれている。米中経済関係のデカップリングが進めば、多くの米国企業が中国からの撤退を余儀なくされ、また、投資先と輸入先を中国よりコストの高い国々に切り替えていかざるを得ない。その結果、米国は中国市場を失うだけでなく、輸入物価が上昇し、自国産業の競争力が低下するだろう。実際、このような懸念から、アップルに加え、HP、デル、マイクロソフト、インテル(四社連名)などの米国の大手テクノロジー企業は、2019年6月17日から始まった「第四弾」の追加関税の公聴会に合わせて、関税発動に反対する声明を発表した。

米中両国の間で、ヒト、モノ、カネ、技術の流れに対する規制が一層強化され、経済関係のデカップリングがさらに進めば、世界経済は米国と中国を中心とする二つのブロックに分裂する恐れがある。その結果、多くの産業においてサプライチェーンが分断され、多国籍企業は生産体制のグローバル展開を通じた資源の最適配分ができなくなる。また、世界貿易や直接投資、ひいては世界経済も停滞の道を辿っていくだろう。その影響は、脱グローバル化の象徴となった英国のEU離脱よりはるかに大きいと見られる。この最悪のシナリオを避けることは、6月末に大阪で開催されるG20サミットにおける最重要課題となる。

脚注
  1. ^ ZTEはその後罰金を支払い、米国政府と和解したが、イランへの再度の違法輸出があったとし2018年4月に米企業との取引を7年間禁じる制裁を宣告された。ただし、同年6月にZTEが罰金を支払うなどの条件で再度和解が成立した。
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2019年6月26日掲載