中国経済新論:実事求是

中国経済に影を落とす米中貿易摩擦
― 懸念される供給側への影響 ―

関志雄
経済産業研究所

貿易戦争にまで発展した米中貿易摩擦は、中国経済に大きな影を落としている。その行方は、今後の景気動向を決めるカギとなろう。

2018年3月に米国の通商法301条に基づく対中制裁措置の発動が発表されたことをきっかけに、米中貿易摩擦はエスカレートし、双方の関税引き上げの応酬に象徴されるように、貿易戦争の域に達している。それを受けて、中国の対米輸出、ひいては輸出全体は、追加関税実施前の駆け込み需要に支えられて、2018年10月まで好調を続けたが、11月以降になると、減速基調が鮮明になってきた(図1)。また、2018年後半以降、PMI(購買担当者景気指数)や、工業生産、小売売上、固定資産投資の伸び率(前年比)など、主要な経済指標の低下傾向が鮮明になってきた(図2)。これを反映して、2018年の年間の経済成長率は6.6%と、1990年(3.9%)以来の低水準となった(2018年第4四半期の経済成長率はリーマンショックを受けた2009年第1四半期と同じ6.4%)。

図1 中国の対米輸出と対世界輸出
-鮮明になった駆け込み需要の反動-
図1 中国の対米輸出と対世界輸出
(出所)中国海関統計より筆者作成
図2 中国経済の減速を示すマクロ経済指標
図2 中国経済の減速を示すマクロ経済指標
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(注)1.固定資産投資は各年の当月までの累計。また、固定資産投資と工業生産の各年の1月のデータが公表されておらず、1月と2月の数字はともに1-2月の累計。
(注)2.小売売上はCPIにより実質化。
(出所)CEICデータベース(原データは国家統計局)より筆者作成

今回の米中貿易戦争において、当初、中国政府は「以戦止戦」(戦いを以て戦いを止める)という強硬的スタンスを取っていたが、貿易戦争による中国経済へのダメージが明らかになるにつれて、米国に歩み寄る姿勢に変わってきた。国務院が2018年9月24日に発表した『「中米経済貿易摩擦に関する事実と中国の立場」白書』には、米中貿易関係の健全な発展の推進、知的財産権の保護の強化、外資企業の中国での合法的権益の尊重、改革開放の深化など、米国の要求の大部分が国の方針として盛り込まれている。

和解に向けた大きな一歩として、習近平中国国家主席とトランプ米大統領は2018年12月1日に開催された首脳会談で、米国が中国からの輸入品に対する新たな追加関税の実施を90日間(2019年3月1日まで)猶予し、ただちに協議を始めることで合意した。その一環として、2019年1月30日~31日にワシントンで行われた閣僚級協議において、関税の引き下げと市場開放に加え、知的財産権の保護強化、米国企業への技術移転の強要、国有企業への補助金、米国企業へのサイバー窃盗、為替政策などが議題となった。

2019年の中国経済の行方は、期限内に貿易戦争の終結に関する合意が実現できるかどうかにかかっている。期限内に合意できるかどうかによって、二つのシナリオに分けて考えてみよう。まず、いずれの場合においても、対米輸出は2019年前半に、これまでの前倒しの反動で落ち込むだろう。期限内に合意できる場合、経済成長率は2019年第2四半期に底を打ち、後半にかけて、輸出や消費、投資の回復とともに上向くことになる。この「楽観シナリオ」において、2019年の経済成長率は、2018年の6.6%から小幅に低下するだろう。しかし、期限内に合意できず、関税引き上げ合戦がさらにエスカレートする「悲観シナリオ」の場合、景気が後半にかけて一層悪化し、年間の経済成長率が6%を割るリスクも見ておく必要があろう。

米中貿易摩擦は、短期的には主に需要の低下を通じて中国における景気を悪化させるが、中長期的には、供給側の要因を通じて、その潜在成長率を押し下げかねない。まず、米国の対中関税率の引き上げに伴うコスト負担を避けるために、一部の産業は、中国から東南アジアなど、海外に移されるだろう。また、米国は、中国企業による米国のハイテク企業の買収に対する制限を強化している。中国における資本規制の強化も加わり、中国の対米直接投資は、2016年の460億ドルから2017年には290億ドルに、さらに2018年には48億ドルに大幅に減少している(Thilo Hanemann, Cassie Gao, and Adam Lysenko, "Net Negative: Chinese Investment in the US in 2018," Rhodium Group, January 13, 2019)。このように、中国は米国からの技術獲得がますます困難になってきている。

後発国の中国にとって、安いコストで海外から技術を導入することは、これまでの高成長をもたらした要因の一つである。このような「後発の優位性」が発揮できなくなると、生産性の上昇率、ひいては潜在成長率は低下しかねない。これに歯止めをかけるために、中国は自主開発能力の向上に加え、産業の高度化や国有企業改革に力を入れなければならない。

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2019年2月15日掲載