生産性の向上を促す方策
2011年以降、中国経済は労働力過剰から不足への転換など、供給側の変化に伴う潜在成長率の低下をきっかけに、それまでの高度成長期と異なる「新常態」に入っている。これに対して、政府は政策対応として、「供給側構造改革」を打ち出している。2015年12月の中央経済工作会議において、その五大任務として、①過剰生産能力の解消、②過剰在庫の解消、③過剰債務の解消、④コストの低減、⑤脆弱部分の補強(合わせて「三つの解消、一つの低減、一つの補強」)が示されている。しかし、「供給側構造改革」の名の下で採られている多くの対策は行政手段による「供給側管理」ともいうべき対症療法にとどまっている。中高速成長を持続させるためには、成長エンジンを労働力と資本といった生産要素の投入量の拡大から生産性の向上に切り替えていく必要がある。それに向けて、市場化を中心とする制度改革を通じて、イノベーションに加え、労働力、資本、土地といった生産要素の再配分を意味する産業の高度化と所有制改革を促進しなければならない(図1)。

①イノベーションの促進
イノベーションを促進するために、まず、知的財産権の保護を強化すべきである。特許、著作権などを保護する知的財産権制度は、独占権と利用可能性を両立させることによって、イノベーションを促進する。しかし、中国では、関連法律の整備は進んでいるが、海賊版や模倣品が横行することに象徴されるように、これらの法律は必ずしも徹底されていない。このことは、外資企業の対中投資、ひいては技術移転を妨げる要因となっている。
また、ベンチャー企業を金融面から支援する仕組みを強化すべきである。中国のイノベーション企業とハイテク企業を支援するベンチャーキャピタル業界は、資金も経験も不足している。深圳証券取引所に創業ボードがあるが、規模が小さいため、ベンチャーキャピタルが投資資金を回収するチャンネルとして果たせる役割は限定的である。テンセント、アリババ、バイドゥをはじめ、中国をリードしてきた多くのハイテク企業は海外で上場しており、今後、規制緩和を通じて、その国内市場への回帰を促すべきである。
さらに、情報規制を緩和すべきである。従来のメディアだけでなく、インターネットも厳しい検閲の対象となっている。このことは、イノベーションの妨げになりかねない。
②産業の高度化
産業の高度化を実現するために、「旧産業の保護」よりも「新産業の育成」に力を入れなければならない。新しい産業を育てる環境整備として、新規参入や競争を阻害するような規制を早急に撤廃すると同時に、労働力や、資本、土地といった生産要素を輸入制限や補助金などにより衰退産業に固定させるのではなく、新しい産業へ円滑に向かわせるような政策が求められる。労働力の移動を妨げている戸籍制度の改革とゾンビ企業の処理に加え、農業経営の大規模化と都市化に向けて、農地改革も急がなければならない。
また、空洞化なき産業の高度化を実現するために、対外開放をさらに進め、海外からの直接投資を積極的に受け入れるべきである。外資企業の参入により、技術と経営資源の移転のみならず、雇用の創出と競争の促進も期待できる。
さらに、海外市場にアクセスする際、現地生産よりも本社からの輸出を優先すべきである。中国企業が国内で生産しながら、輸出を通じて海外市場にアクセスできるように、政府は、FTAの締結などを通じて自由貿易の環境を整えなければならない。中国の2001年のWTO加盟のように、更なる貿易の自由化は、外圧となり、国内の経済構造改革の推進力にもなる。
③所有制改革
所有制改革に取り組むに当たり、国有企業の民営化が避けて通れない。中国は多くの効率の悪い国有企業を抱えている。低効率をはじめ、国有企業に関わる多くの問題は、コーポレート・ガバナンスが弱いことに由来している。発達した資本主義経済においても、企業の所有と経営の分離によって、所有者の利益が経営者に侵害される恐れがあるが、この問題は、所有権があいまいである中国の国有企業において、特に深刻である。民営化を行わない限り、コーポレート・ガバナンスの確立は困難であろう(注1)。
また、市場経済の担い手となる民営企業への差別をなくさなければならない。これまで、民営企業は市場参入や、資金調達など、多くの面において、差別を受けてきた。彼らの潜在力を発揮させるためには、公平公正な市場環境を実現することが先決である。
さらに、投資促進のために、私有財産の保護を強化しなければならない。私有財産の保護が不十分である場合、資本逃避が起こり、民営企業家は利益を国内に再投資せず、海外に送ってしまう恐れがある。近年、民間投資が低迷する一方で国際収支における資本勘定の赤字が拡大していることに象徴されるように、その兆候がすでに見られている。
カギとなる市場化改革の推進
「供給側構造改革」は、中国にとって、決して新しいものではなく、1970年代末以降に進められてきた市場化を軸とする「改革開放」は、まさにそれに当たる。これまでの40年近くにわたった高成長は「供給側構造改革」によってもたらされたものであると言っても過言ではない。しかし、中国における計画経済から市場経済への移行はまだ道半ばである。習近平政権による市場化改革案は、2013年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議において採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」という形で発表されている。その中には、「市場に資源配分における決定的役割を担わせる」ことが強調されており、これこそ「三つの解消、一つの低減、一つの補強」を中心とする「供給側管理」を超えて、中国が目指すべき「供給側構造改革」の方向である。