中国経済新論:実事求是

急落する中国株
― 株価対策は必要か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

本格化する株価対策

これまで急騰してきた上海総合指数は、2015年6月12日の5166.35ポイントをピークに急落し、7月3日には3687.92ポイントまで低下した(累計28.6%)(図)。これに対して、中国政府の主導で一連の株価対策が打ち出されている。

図 上海総合指数の推移
図 上海総合指数の推移
(出所)CEICデータベースより作成

2015年6月27日に、中国人民銀行は、貸し出しおよび預金の基準金利を0.25%ポイント引き下げると発表した。1年物貸出基準金利は4.85%に、1年物預金基準金利は2.00%にそれぞれ引き下げられた。それに合わせて、預金準備率の一部引き下げも発表した。いずれも翌28日から実施された。

7月1日に、上海証券取引所と深圳証券取引所は、証券取引手数料を8月1日から3割引き下げると発表した。同日夜に、中国証券監督管理委員会(証監会)は、信用取引の担保要件緩和を発表した。

7月3日に、証監会は、新規株式公開(IPO)の数と増資による市場からの調達を抑制する方針を示した。また株価安定に向けて、年金基金や保険会社、適格海外機関投資家(QFII)などによる長期投資を支援する。具体的に、QFII運用枠を800億ドルから1,500億ドルに引き上げる意向を示した。さらに、証監会は信用取引向け融資を手がける国有の中国証券金融股份有限公司の資本金を240億元から1,000億元に引き上げる資本増強策を発表した。

7月4日に、大手証券会社21社は、合計1,200億元(約2.4兆円)の資金を出してブルーチップで構成されるETF(上場投資信託)に投資すると発表した。また、国務院はIPOの承認を当面停止すると発表し、それを受けて、上海と深圳市場でIPOを計画していた28社は同日深夜、一斉に上場を見送ると発表した。さらに、投資ファンド25社の経営幹部は株式を積極的に購入し、最低1年間保有することを約束した。

7月5日に、政府系の投資ファンドである中央匯金投資有限責任公司はすでにETFを購入する形で資金を株式市場に投入し、またこれからも投入し続けると発表した。また、中国人民銀行が中国証券金融股份有限公司に対し、流動性支援を提供するという方針が、証監会によって発表された。

それでも株価が下げ止まらず、多くの上場企業は取引停止の措置を採らざるを得なかった。

問われる株価対策の功罪

今回の一連の株価対策が採られた背景には、内外経済情勢の悪化がある。まず、中国政府は株価の上昇をテコに景気の浮上を期待していたが、株価の急落により、この戦略が挫折した。その上、ギリシャ危機が進行する中で、中国市場が不安定化すれば、世界経済にとって大きい懸念材料になる。

しかし、政府主導の株価対策は中国が目指す市場経済化に逆行しているという批判もあろう。市場経済において、投資は自己責任という原則を徹底させなければならないが、中国の一部の投資家の間では、株式投資はリスクの高いものであるという認識が欠如している。そのため、政府が安易に株価対策に乗り出すことは、投資家のモラル・ハザードを助長する恐れがある。

7月3日(金曜日)の株式市場の取引終了後から、5日(日曜日)にかけて、集中的に打ち出された一連の対策を受けて、週明けの上海市場(A株)は、上海総合指数が前週末と比べて2.41%上昇し、幾分落ち着きを取り戻した。これに対して、香港市場ではH株は下がり続けた。両市場の反応が非対称的になっていることは、まさに中国国内(特に個人投資家)と海外(特に機関投資家)による株価対策への評価が分かれていることの表れである。

株価の急落によるマクロ経済への影響は限定的

中国における株価が急落したとはいえ、7月9日の終値は3月下旬の水準に戻っただけで、一年前と比べてまだ約80%高い。大半の投資家は含み益を維持していることを考えれば、今回の株価の急落が消費に大きなマイナスの資産効果をもたらすとは考えにくい。

一方、IPO停止などにより、企業が証券市場からの資金調達ができなくなり、投資が抑えられると懸念されているが、(非金融企業の)株式による資金調達が「社会融資総量」(残高ベース)の3.1%(2014年末現在)しかないことを考えれば、影響は限定的であろう。

マクロ経済動向を考える上では、株価以上に、住宅価格の動向が重要である。中国では、投資手段が限られていることを反映して、住宅価格は、株価と逆相関するケースが多い。今回も、株価が急落する中で、これまで調整局面にあった住宅価格はむしろ持ち直す気配を見せている。この傾向が今後も続くかどうかは、景気の行方を占う上で重要なポイントとなる。

成熟した証券市場に向けての課題

長い間、中国の株式市場は投機性が高く、経済学者の間では、ファンダメンタルズを反映しない「カジノ」のようなものであると言われてきた。今回の急騰後の急落もそれを裏付ける格好となった。市場の投機性は、主に機関投資家よりも個人投資家が中心であること、また、上場企業の大半が国有企業で、しかも半分以上の発行済み株式が政府または国有企業同士によって保有され、市場で流通していないことを反映している。

成熟した証券市場に向けて、次の改革が求められている。

まず、企業の新規上場に関して、現在の認可制から登録制に移行することは、すでに既定方針となっているが、具体的スケジュールはまだ示されていない。実施されることになれば、株価が高騰すると、IPOが増え、逆に株価が低迷すると、IPOが減るという形で、一種の自動安定効果が期待される。民営企業の上場も増えるだろう。

また、機関投資家の育成を急がなければならない。実際、海外の機関投資家を中心に取引が行われている香港市場でのH株のボラティリティは上海のA株よりはるかに低い。

さらに、QFII、適格国内機関投資家(QDII)、上海・香港市場の株式相互取引(中国語は「滬港通」)など、対内・対外証券投資の投資枠を拡大させる必要がある。これにより、中国国内の投資家にとって選択肢が広がる一方で、より多くの海外の投資家(特に機関投資家)が参入することで、国内市場のボラティリティも抑えられるだろう。

中国が、今回の教訓を糧とし、これらの改革を加速させることに期待したい。

2015年7月17日掲載

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