中国経済新論:実事求是

株価テコ入れ策を巡る大論争

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

上海総合指数は昨年10月16日に6092ポイントの史上最高値に達してから、一転急落し、今年の4月22日には、一時3000ポイントを割り、半年ほどで半分になった。それに合わせて、株式市場を巡る議論は、「株価の急騰はバブルに当たるか」から、「政府は株価テコ入れ策(いわゆる「PKO」)を採るべきか」に取って代わられるようになった。投資家と証券業界、そして、彼らの利益を代弁する一部の経済学者の間からは株価テコ入れ策を求める声が高まっているが、これに対して、市場主義に立脚した経済学者は異論を唱えている。

PKO賛成派の見解

株価テコ入れ策を支持する人々は、中国の証券市場が未熟であるという「市場の失敗」を理論の根拠に、政府に対して、次のように市場への積極的な介入を求めている。

まず、中国における最近の株価の暴落は、米国をはじめとする海外市場での株価調整に対する過剰反応によるものである。現在の株価は、企業収益などから判断してすでに適正水準を大幅に割り込んでおり、これを是正するためには、政府による株価テコ入れ策が必要である。

また、株価の急落を受けて、現在の株式市場は危機的状況に陥っており、市場秩序を維持するために、政府は市場を安定させる措置を講じる必要がある。株価の低迷が長引けば、証券市場の発展と景気への悪影響が懸念される。

さらに、株式相場が下落している中で、投資家の利益、特に高値で株を購入した中小投資家の利益を保護するために、政府は株価テコ入れ策を通じて、彼らを救済すべきである。

このような意見に配慮する形で、2008年4月20日に当局は、市場での需給関係を悪化させかねない上場企業の非流通株式の放出に関して新たなガイドラインを発表し、それに続いて4月24日に印紙税を従来の0.3%から0.1%に引き下げた。その後も、PKO賛成派は、新規IPOと増資を制限することや、企業による自社株買いを認めることなど、さらなる対策を求めている。

PKO反対派の見解

これに対して、株価テコ入れ策に反対する人々は、市場メカニズムの自律性を尊重し、政府による市場への介入を控えるべきであると反論している。

まず、需要と供給によって決められる他の市場価格と同じように、株価も資源の有効な配分を誘導するためのシグナルである。株価テコ入れ策は、政府による市場への不必要な介入に当たり、資源の配分を歪める恐れがある。

また、最近の株価の調整は株式市場がバブルの状態から正常な状態へ回帰する過程として捉えるべきである。株価収益率(PER)がまだ40倍前後に達している現在の株価水準は、大幅に割安になっているとは言えず、経済危機を引き起こすようなリスクにも当たらない。

さらに、市場経済において、投資に関する自己責任の原則を徹底させなければならない。株式投資は、リスクの高いものであるという認識が一部の投資家の間では欠如していたが、今回の株価の急落は、もっとも有効な投資家教育となった。逆に政府が安易に株価対策に乗り出すことは、モラルハザードを助長しかねない。

このように、反対派は、「市場の失敗」よりも、「政府の失敗」を警戒している。仮に市場の失敗が存在しても、政府は株価テコ入れ策ではなく、あくまでも制度を改善させることを通じて対応すべきであると主張している。

なぜ見解が分かれているか

PKO賛成派は、主に証券業界と深くかかわっている学者たちによって構成されている。その代表人物は劉紀鵬(中国政法大学教授)、曹鳳岐(北京大学金融証券研究センター主任)、呉暁求(中国人民大学金融・証券研究所所長)、賀強(中央財経大学証券先物研究所所長)の各氏である。昨年のバブルを巡る論争において、彼らは株価の上昇が非流通株改革の成果であり、バブルに当たらないというスタンスを採っていた。

一方、PKO反対派の大半は、マクロ経済の専門家である。その代表人物は胡舒立(『財経』誌編集長)、謝国忠(前モルガン・スタンレーアジア太平洋本部首席エコノミスト)、許小年(中欧国際工商学院教授)、易憲容(中国社会科学院金融研究所金融発展研究室主任)の各氏である。昨年のバブルを巡る論争において、彼らはバブル膨張の危険性を警告した。

前回の論争と同じように、今回の株価テコ入れ策に関する論争においても、両陣営の論点は、それぞれの立場を色濃く反映している。PKO賛成派は、反対派が中国の国情と証券市場の実態について理解しておらず、彼らが中小投資家の利益を無視していると批判している。これに対して、PKO反対派は、自分たちこそ国民全体の利益を代弁しており、賛成派が証券業界の利益しか考えていないと反論している。このように、論点の相違は、「政府と市場の果たすべき役割に関する認識の違い」からくるというよりも、「利益の対立」を反映していると考えられる。

2008年6月2日掲載

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