上海総合指数は2005年6月の一時1000ポイントを割った水準から高騰しはじめ、2007年8月6日現在、4628ポイントと連日史上最高値を更新している。今後の見通しについては、株価の上昇は経済のファンダメンタルズの改善を反映したもので、バブルに当たらないという楽観論が依然として支配的であるが、ここに来て経済学者を中心に警戒論も浮上してきており、両陣営の間では、論争が白熱化している。
一、市場を支配する楽観論
1.株価の上昇はバブルよりも改革の成果
楽観派を代表する人物の一人である韓志国・元北京邦和財富研究所所長は、法制度の整備によって市場の規範化が進む中で、今回の上げ相場においては、株価が合理的な期待の下で形成されるようになったという認識を示している。(韓志国、「上げ相場は調和の取れた社会に向けての重要な成果である」、『捜孤財経』、2007年1月30日)。
バブルの根拠とされた株価収益率(PER)が高すぎるという見解に対して、韓志国は、予定される2008年の企業所得税率の大幅な引き下げ(33%から25%へ)や、上場企業におけるストックオプション制度の導入、経営者の成長などに伴い、長期的に上場企業の収益力が大きく向上することを考えれば決して高くないと反論した。
その上、非流通株改革を通じて、上場企業の発行済株数の三分の二を占める国有・法人株の流通が認められていないという株式市場の構造的問題は基本的に解決された。上場企業における支配株主の不正な資金流用への対応や、経営陣を対象とするインセンティブ制度の導入なども加わり、株式市場の制度が今後ますます整備されていくことになる。韓志国は、生まれ変わった現在の株式市場を今までの古い目で見てはならないと結論づけた。
韓志国のこのような考え方は、政府の内部とマスコミでは広く共有されている。実際、今年に入ってから、政府の高官から、株価の高騰はバブルに当たらないという発言が相次いでおり、マスコミにおいても、株価の見通しについて強気のムードが支配している。
王建・中国国家発展改革委員会中国マクロ経済学会秘書長が2007年1月に開催された「2007財経中国フォーラム」に出席した際に、株式市場におけるバブルの存在を否定した。他の発展途上国において、株式市場の時価総額の対GDP比が80%を超え、また、アメリカなど先進国ではGDPの2倍になっていることに比べ、中国はまだ50%しかないため、正常の範囲を超えてないという。また、2000年以降低迷を続けてきたマーケットでは、上昇のエネルギーを大量に蓄積していることから、今回の上げ相場はエネルギーの解放によってもたらされたものであるという。
王忠明・中国国務院国有資産監督管理委員会研究センター主任が2007年5月19日の「2007証券中国投資フォーラム」で、多くの国民が株取引に参加していることはいいことであるという見解を示した。ほぼ同じ時期に、尚福林・中国証券監督管理委員会主席が資本市場に関する講演会で、証券取引の口座数は9000万を超えているものの、常に取引をしているのは3000万ぐらいしかなく、過熱とは言えないと主張した。項懐誠・全国社会保障基金理事会理事長も株式市場をビールと比喩し、少しバブルがあっても悪いことにならないと問題を深刻に受け止めなかった。
5月末に、財政部が印紙税を0.1%から0.3%に引き上げたことで、株式市場が急落した。翌週の6月4日、『中国証券報』、『上海証券報』、『証券時報』という中国の三大証券新聞がそれぞれ一面に記事を載せて、株式市場の上昇傾向は変わらないとの楽観的見通しを披露した。
2.株価の高騰は資本市場の発展の好機
株価の高騰が今後も続くことを前提に、「バブル否定論」より更に楽観的な「バブル賛美論」も登場している。
まず、株の高騰をバブルとして恐れるのではなく、資本市場を発展させる千載一遇のチャンスと捉えるべきであるという意見がある(滕泰、「歴史と大局の視点から現在の株式相場を見る」、『上海証券報』、2007年6月6日)。歴史的な観点から見ると、現在の中国の資本市場はかつてない発展を遂げている。安定した政治と高成長を続ける経済がこの時代の特徴である。国民貯蓄が潤沢であり、金融と資本市場が国民経済においてますます重要な役割を果たしている。また、大局の観点から見ると、中国経済成長と金融体制改革の推進というマクロ要因に加え、人民元の切り上げ圧力と過剰流動性も株価の上昇に拍車をかけている。過剰な資金はそのはけ口を探しており、不動産価格が上昇すれば社会的矛盾が激化し、悪性インフレが起きれば国民の生活と経済の健全性が損なわれ、株価が暴騰すればバブルが発生してしまう。いずれかが起こるのであれば、株価の暴騰がもたらすマイナス影響が最も小さいと考えられるという。
その上、過剰流動性の裏には資本流出の制限と貿易制度の不備がある。このような状況が短期間に変えられない以上、株価がバブル化していること、あるいはコントロールできるという前提の下でバブルが多少拡大することは、中国全体にとって悪いことではなく、むしろ良いことと思われる。資本市場の繁栄を恐れるのではなく、一部の学者が呼びかけたようにわざとバブルを抑えるのでもなく、できるだけ早く多くの優良企業を上場させ、これまでの非流通株を流通させることを通じて、中国の資本市場を大きく、強くするべきであるという。
株価が急騰する中で、一般庶民までが株の売買に参加するようになったが、このことをバブルの現れとして批判するのではなく、これを通じて、中国の改革と経済成長の果実がひろく国民に行き渡っていると評価すべきだという議論もある(鄧聿文、「国民全体が株投資を通じて経済発展果実を享受することは正常なことである」、『中国保険報』、2007年5月14日)。それによると、今までの株式市場は非流通株など多くの難問を抱え、正常な市場とは言えず、収益性が低く、魅力的ではなかった。しかし、非流通株改革により、長い間中国の株式市場の発展を制約してきた制度的問題が解決されたため、上場企業の収益性は改善されつつある。目下のところ、一般庶民の投資手段はまだ限られており、インフレを考慮すれば銀行からもらえる実質金利がマイナスになっており、不動産の価格も高騰している状況では、株への投資は理性的な投資行為である。庶民の株投資に注ぐ情熱は、更なる改革と発展のためにも、望ましい現象であるという。
3.外国の陰謀と見なされるバブル論
バブルを否定する論調が支配している中で、「中国株式市場のバブル論を鼓吹する西側の国の本心は、安い値段で中国の資産を買収することにある」という「陰謀論」も登場している(呂鴻・人民網ドイツ駐在記者、「バブルの本当の源は中国ではなく、西側にある」、「人民網-国際頻道」、2007年5月29日)。
それによると、国際金融資本が人民元やその他の中国の様々な資産をその投機の対象として狙っているという。人民元の大幅な切り上げが当分見込めない状況の下では、米ドルはしばらく強いままである。現在の強い米ドルで中国の不動産や企業の株式などを大量に購入すれば、資産価値の上昇が期待できるだけではなく、切り上げが見込まれる人民元の資産を持つことによって、米ドルの切り下げによる資産価値の低下をカバーすることもできる。
また、一部の海外の金融専門家が中国の金融バブルを常に興味本位で取り上げる反面、自国の金融市場のリスクに一切に触れていない現象にも注意しなければならない。これは中国の株価の暴落が起これば、もっと安い価格で中国株を購入できるという下心を持っているとしか考えられない。そして、一部の外資は中国のバブル化を訴えているにもかかわらず、所有する中国株を一株も売り出していない。このような言行不一致のやり方は許しがたい。外資がその収益を拡大する唯一の方法は、市場での不安心理を煽り、大きな下落を引き起こし、株を安価で購入し、個別銘柄及び市場全体に占める保有比率を高めることによって、中国の株式市場に対する自身の影響力を増やすことであるという。
二、浮上する警戒論
市場を支配している「陶酔的熱病」とも言うべき楽観論に対して、一部の経済学者は警鐘を鳴らしており、金融引き締めをはじめ、ソフトランディングに向けた対策の必要性を訴えている。
1.謝国忠と左小蕾:バブルのリスクを早く指摘
謝国忠・前モルガン・スタンレーアジア太平洋本部首席エコノミストが、上海指数がまだ2700ポイント前後であった今年の年初から、バブルの膨脹に注意しなければならないと警告した。彼はマスコミでよく登場する、バブルを否定する意見に対して、次のように反論した(謝国忠、「株式市場のバブルを警戒せよ」、『財経』、176期、2007年1月8日)。
まず、株価の高騰は中国経済の高度成長によって裏付けられているとの説に対し、経済の高度成長は必ずしも利益の高成長につながらないとした上で、中国の高度成長は設備投資によるところが大きく、大量の設備投資はそれに見合った減価償却を必要とするため、利益の減少につながる場合もある。非効率な投資と膨大な減価償却費は、まさに今まで多くの中国企業が高成長を続けているにもかかわらず、高利益を得ていない主な原因であると述べた。
また、中国の株式時価総額の対GDP比がまだ低いという説に対して、多くの大手企業は中国本土ではなく、香港に上場していることを考慮に入れると、時価総額はすでにGDPの7割を超えている。海外で上場しているレッドチップ企業の時価総額がおよそ中国のGDPの2割に当たることを合わせれば、中国本土で経営している上場会社の時価総額は合計してGDPの9割に達している。これはすでに世界の平均レベルに達しているという。
謝国忠は特に、銀行の株価が収益性と比べて高すぎると強調している。1997年のアジア経済危機を受けた景気後退で発生した銀行の不良債権は、銀行の自助努力ではなく、公的資金の注入で解消された。近年の業績の改善も、政府によってコントロールされている貸出金利と預金金利の差の拡大によるところが大きく、今後、金利自由化の進展と、外資銀行の進出と事業拡張の影響を受け、中国の銀行の利益は今のレベルを維持できなくなることは確実であるという。
謝国忠と共に、左小蕾・銀河証券首席エコノミストも、株価が暴騰するたびにバブルに警戒するように一般投資家に呼びかけてきた。左小蕾は、現在のマーケットは過剰流動性によってもたらされたバブルに当たり、株価収益率から判断して、株価はすでに限界に来ていると判断している。自宅を担保に借金をしてまで株を購入する一般投資家が増えていることもバブルの現れであるという。
2.樊綱:株式市場への直接介入よりも流動性対策の必要性を訴える
中央銀行の金融政策委員会の唯一の民間委員である樊綱・中国経済改革研究基金会国民経済研究所所長も、株式市場において増え続けているリスクに注意しなければならないと呼びかけている(樊綱、「政府による調整策で株価の乱高下を防ごう」、『21世紀経済報道』、2007年6月4日)。樊綱によると、株価収益率が高くなっていることに加え、多くの定年したお年寄りや、生活が豊かではない中部地区の農民まで株の売買に参加するようになり、大量の銀行預金が株式市場へ流れていることもリスクの増大を示唆しているという。
このような認識に立って、樊綱は、多くの人が株価の上昇に目を奪われ、リスクに対する認識が足りていないと警告している。リスクを繰り返して強調するのは学者、マスコミの責任だけではなく、政府もこの問題について、正面から投資家に注意を呼びかけなければならない。マーケットが崩れかねないほどリスクが蓄積してきた時、あるいはバブルがはじける直前になって、はじめてマーケットのリスクを論じるのではもはや遅すぎる。株価はまだ上昇する余地がある、バブルがもう少し大きくなってから手を打っても遅くないなど、対策に反対する声が聞こえているが、これは私利を図るために一般投資家を惑わしているとまでは言わないが、無知の現れには違いないという。
どの国の中央銀行にしても、金融政策を立案する際に、消費者価格、生産要素価格、資産価格といった価格の動向を考慮しなければならない。特に、アジア金融危機が示しているように、資産バブルは経済全体の不安定につながりかねない。今回の株価の高騰は過剰流動性によってもたらされた側面が強いだけに、市場を安定化させるために金融政策が果たすべき役割は大きい、と樊綱は指摘している。
その一方で、樊綱は政府による株式市場への直接的介入には反対している。今年の秋に中国共産党第17回全国代表大会が開催され、また2008年の北京オリンピック大会を目前に控え、政府が株式市場の暴落を傍観するはずがないという観測の下で、多くの資金が株投資に流れている。しかし、政治会議あるいは国際的イベントのために人為的に株価を支えるのではなく、金融政策などを通じて、マーケットのリスクを軽減することこそが政府の役割であると樊綱は主張している。株価がいずれ下落するのであれば、早いうちにしたほうがよく、マーケットもこの過程を通じて成熟していく。政府の市場への介入は株価に余計な変動をもたらすため、投資家がより大きな損害を被ることになる。多くの経験と教訓に鑑み、政府は株式市場への直接的介入を控えるべきであり、投資家もリスクを覚悟し、甘い期待を持ってはいけないという。
3.何帆:バブルの膨脹と崩壊の影響を懸念
何帆・中国社会科学院世界経済政治研究所所長助理は株式市場にすでにバブルが現れていると判断している(何帆、「バブルはみな同じである」、『経済観察報』、2007年7月7日)。国内の経験しかない学者は、中国の株式市場の過去の歴史と比較するだけでは、楽観的になりがちである。なぜならば、中国は独自の特別な事情(いわゆる「国情」)があるため、他の国とは違うはずだと考えているからである。これに対して、彼自身を含めて、なんらかの海外経験を持つ学者は、他の国の経験と教訓を多く目にし、中国も同じ轍を踏むのではないかと心配する。
何帆は、中国経済の高成長と非流通株改革によって、企業の収益力が大きく改善されていることを認める一方、現在の株式市場が中国経済の実態を素直に反映しているかどうかを疑問視している。中国経済において、競争力が強く、活躍している企業の多くは、株式市場には見当たらない。例えば、外資企業は中国で最も経営がしっかりしている企業であるが、国内で上場することすらできない。活力と成長性を有する多くの民間企業も上場していない。これらの致命的な欠陥を抱えているがゆえに、中国の株式市場は投資の場ではなく、投機の場となってしまったという。
何帆はバブルの膨脹と崩壊に伴う悪影響を懸念している。バブルになれば、銀行の資金が株式市場に流入したり、投資家が銀行からの借金で株を売買したりすることになり、銀行の潜在的リスクが増えることになる。また、企業の資金調達が容易なため、非効率な投資が助長されるだけではなく、企業自身の改革のモチベーションも低くなる。一旦、株式市場のバブルが崩壊すれば、投資家の資産が減り、消費が低迷する一方、企業の資金調達のコストが割高になるため、投資も鈍化する。また、全財産を株式投資に注ぎ込んだ多くの庶民が大きな打撃を受けることにより、社会不安が引き起こされかねないと何帆は警告している。
三、結び
1980年代後半の日本と1997年の返還前の香港のバブルの膨脹とその後の崩壊を近距離で見ていた筆者も、何帆と同じことを心配している。残念ながら、バブルは、はじけてからようやくその存在が認められるものである。また、バブルが多くの国で繰り返されるように、人々は、歴史(中でも他国の歴史)から学ばないものである。バブルの膨脹を止めることができないのであれば、せめて崩壊後の対策を用意しておくべきである。
2007年8月7日掲載