中国は、2014年末に対外純資産が1.78兆ドルに上り、日本(同3.04兆ドル)に次ぐ世界第2位の純債権国である。それにもかかわらず、外貨準備の運用を中心とする対外資産の収益率(受け取り)が対内直接投資を中心とする対外負債の収益率(支払い)を大幅に下回っているため、投資収益収支が赤字となっている。対外資産の収益率を上げるために、中国政府は、①ソブリン・ウェルス・ファンドを設立し、②「一帯一路」(新シルクロード)構想とシルクロード基金やアジアインフラ投資銀行(AIIB)など、それを金融面から支援する仕組みの構築を進め、③中国企業の対外直接投資を奨励している。今後、資本取引の自由化が進むにつれて、民間による証券投資も大幅に増えると予想される。
「国際収支発展段階説」に基づく分析
2014年の中国における対外資産の収益率は3.0%、対外負債の収益率は5.6%と推計され、前者は後者を大きく下回っている(表1)。これを反映して、中国は対外資産が対外負債を上回るという意味において純債権国であるにもかかわらず、同年の投資収益収支が598億ドルの赤字になっている。
資産側 | 負債側 | |||
---|---|---|---|---|
元本(a) (億ドル) | 61,974 | 43,112 | ||
投資収益(b) (億ドル) | 1,831 | 2,429 | ||
収益率(b/a) (%) | 3.0 | 5.6 | ||
(注)元本は2013年末と2014年末の対外資産または負債のそれぞれの平均値。 投資収益は資産側の場合、投資収益の受け取り、負債側の場合、同支払い。 (出所)中国国家外国為替管理局「中国対外資産負債残高表(時系列データ)」と 「中国国際収支バランス表(時系列データ)」に基づき試算 |
「国際収支発展段階説」によると、一国の国際収支は、「経常収支」とそれを構成する「貿易収支」(財とサービス収支)と「投資収益収支」の三つの項目が、それぞれプラス(黒字)か、マイナス(赤字)かという組み合わせによって、①「未成熟の債務国」、②「成熟した債務国」、③「債務返済国」、④「未成熟の債権国」、⑤「成熟した債権国」、⑥「債権取り崩し国」の六つのパターンに分類することができ、経済発展の過程において、①から⑥という順番を経ていくものである(表2)。それに沿って言えば、現在、中国は「経常収支」と「貿易収支」が黒字だが、「投資収益収支」が赤字である「債務返済国」の段階にある。
貿易収支 | 経常収支 | 投資収益収支 | ||
---|---|---|---|---|
1. 未成熟の債務国 | - | - | - | |
2. 成熟した債務国 | + | - | - | |
3. 債務返済国 | + | + | - | |
4. 未成熟の債権国 | + | + | + | |
5. 成熟した債権国 | - | + | + | |
6. 債権取り崩し国 | - | - | + | |
(注)経常収支=貿易収支+投資収益収支 (出所)Crowther, G., Balances and Imbalances of Payments, Harvard University Press, 1957より作成 |
中国は対外資産が対外負債を上回っているにもかかわらず投資収益収支が赤字になっているのは、資産側では収益率の低い米国債を中心に運用される外貨準備のシェアが高く(2014年末には全体の60.8%)、逆に負債側では資金コストの高い対内直接投資(2014年末には全体の57.8%)が中心となっているからである(表3)。
中国 | |||
---|---|---|---|
金額(億ドル) | シェア(%) | ||
資産(a) | 64,087 | 100.0 | |
直接投資 | 7,443 | 11.6 | |
証券投資 | 2,625 | 4.1 | |
外貨準備 | 38,993 | 60.8 | |
その他 | 15,026 | 23.4 | |
負債(b) | 46,323 | 100.0 | |
直接投資 | 26,779 | 57.8 | |
証券投資 | 5,143 | 11.1 | |
その他 | 14,402 | 31.1 | |
対外純資産(a)-(b) | 17,764 | ||
(出所)中国国家外匯管理局「中国対外資産負債残高表(時系列データ)」より作成 |
投資収益率の向上に向けた取り組み
中国は、対外資産の収益率を高めるために、資産側において、外貨準備のシェアを抑える一方で、他の資産のシェアを上げなければならない。それに向けて、政府は、近年、次のような一連の取り組みを進めている。
まず、2007年に、一種のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)である中国投資有限責任公司(CIC)を設立し、米国債から他の通貨と金融資産への分散投資を図った。CICの「2013年年度報告」によると、2013年末現在、対外投資の中で、債券投資のシェアが17.0%にとどまっており、上場企業の株式の40.4%をはじめ、よりリスクの高い投資対象のシェアが高くなっている。この分散投資の戦略が功を奏し、CICの対外資産運用の収益率は、2013年に年率9.3%、2008年から2013年までの累計で同5.7%と、ベンチマークとなる米国債の金利(10年物)はもとより、中国全体の対外資産の収益率を大きく上回っている(図1)。もっとも、収益率が高くなった分、投資のリスクも大きくなっており、収益率の激しい変動はその表れである。
―中国の対外資産全体の収益率と米国債(10年物)の利回りとの比較―
また、中国は「一帯一路」構想と途上国への金融支援を中心とする中国版マーシャル・プランを進めている。具体的に、シルクロード基金に100億ドル、AIIBに298億ドル、新開発銀行(NDB)に100億ドルを出資する予定である。これらが呼び水となり、より多くの対外投資が誘発されるだろう。
さらに、政府は中国企業による対外直接投資を奨励している。中国は、長い間、直接投資を受け入れることを通じて海外の資金と技術を入手し、これをテコに高成長を遂げてきた。その一方で、中国企業による対外直接投資は、資本規制の一環として厳しく制限されたこともあって、小規模にとどまっていた。しかし、近年、中国企業の実力の向上に加え、政府の後押しもあり、対外直接投資が急速に増えてきた。2004年末から2014年末にかけて、対外直接投資の残高は、527億ドルから7,443億ドルに上昇し、対外資産に占めるシェアも5.7%から11.6%に上昇している(図2)。このように、直接投資の流れは、これまで見られたもっぱら「海外から中国へ」という一方通行から、よりバランスの取れた双方向に変わりつつある。
直接投資とは対照的に、対外資産に占める外貨準備のシェアはピークだった2009年の71.4%から2014年には60.8%に低下してきている。
クロスボーダーの証券投資に関しては、現段階では、適格海外機関投資家(QFII)制度、適格国内機関投資家(QDII)制度、上海・香港市場の株式相互取引(中国語は「滬港通」)が導入されるなど、部分開放が実施されているとはいえ、限度額は依然として小さいゆえに、証券投資の対外資産と対外負債に占めるウェイトはいずれも低水準にとどまっている。しかし、今後、資本取引の自由化の一環として、対内・対外証券投資に課せられている限度額が拡大され、最終的に撤廃されると予想されることから、中国の証券市場は海外投資家にとって重要な投資先となる一方で、中国の投資家による海外への証券投資も大幅に増えると予想される。
このような投資行動とそれに伴う対外資産構成の変化は、中国の対外資産の収益率の改善につながるだろう。経常収支の黒字基調が今後も維持されることを反映して対外純資産が増え続けると予想されることも加わり、中国の投資収益収支はやがて赤字から黒字に転換するだろう。「国際収支発展段階説」に従えば、中国は、「債務返済国」の段階から、「貿易収支」、「経常収支」、「投資収益収支」がともに黒字である「未成熟の債権国」の段階に向かっていると見られる。
2015年7月17日掲載