中国経済新論:実事求是

金融超大国となった中国
― 注目されるチャイナ・マネーの行方 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国の対外純資産は年々増え続け、2012年末には1.74兆ドルに達し、日本の3.43兆ドルに次ぐ世界第二位の規模となっている。予想される中国における資本取引の自由化の進展を合わせて考えると、チャイナ・マネーは国際金融市場の動向を左右する要因としてますます重要になってくるだろう。

恒常化する「双子の黒字」

海外純資産は経常収支黒字の累積によって形成されるものである。経常収支は概念的に、GDPベースの国内貯蓄から国内投資を引いた純輸出(外需)とほぼ一致している(注1)。中国では、1994年以来、貯蓄率(貯蓄の対GDP比)が一貫して投資比率(投資の対GDP比)を上回っていることを反映して、経常収支は黒字基調を続けており、対GDP比で見ると、ピークだった2007年には10.6%に達した(図1)。

図1 投資-貯蓄バランスから見る中国における経常収支の変化
図1 投資-貯蓄バランスから見る中国における経常収支の変化
(出所)中国国家統計局『中国統計摘要』2013より作成

中国では、経常収支だけでなく、資本収支も実態ベースでは黒字基調を続けている(注2)。この「双子の黒字」の累積を背景に、外貨準備は年々増え続けている(図2)。その規模は、2012年末現在、3.39兆ドルと日本を上回る世界一位となっている。

図2 中国における国際収支の「双子の黒字」
図2 中国における国際収支の「双子の黒字」
(注)外貨準備の増分=経常収支+資本収支+誤差・脱漏
(出所)中国国家外匯管理局より作成

日本と大きく異なる中国の対外資産負債の構造

中国と日本はともに巨大な純債権国だが、対外資産と負債の構造が次の点において大きく異なっている(表1)。

表1 中国の対外資産負債残高(2012年末)―日本との比較―
表1 中国の対外資産負債残高(2012年末)―日本との比較―
(出所)中国国家外匯管理局「2012年末中国対外資産負債残高表」、日本財務省「平成24年末本邦対外資産負債残高」より作成

まず、資産の面では、日本の場合、民間による証券投資のウェイトが高いが、中国の場合、政府による外貨準備の運用が中心となっている。2012年末、中国の対外資産の内、外貨準備が3.39兆ドルに上り、全体の65.5%を占めている。対外直接投資と証券投資は、近年増えているとはいえ、水準としてまだ低く、それぞれ全体の9.7%と4.6%にとどまっている。これに対して、日本の対外資産に占める証券投資のシェアは46.1%に上っており、外貨準備の16.5%と直接投資の13.6%を大幅に上回っている。

一方、負債の面では、日本の場合、証券投資のウェイトが高いのに対して、中国の場合、直接投資が中心である。直接投資の流入は、資金提供だけでなく、技術移転を通じて中国の経済発展に大きく寄与してきた。2012年末、中国の対外負債の内、対内直接投資は2.16兆ドルと、全体の62.8%に上っており、証券投資の9.8%を大きく上回っている。一方、日本の対外負債の内、証券投資のシェアは49.4%に上っているのに対して、対内直接投資のシェアは4.9%にとどまっている。

課題となる投資収益率の向上

同じ表1から読み取れるように、両国の対外資産と負債の構造の違いは、次の点においても顕著である。まず、日本では対外直接投資が対内直接投資を大幅に上回っているのに対して、中国では逆である。また、証券投資において、日本は資産超過になっているのに対して、中国は負債超過の情況にある。さらに、中国は、2012年末の対外純資産が日本の半分程度しかないのに、外貨準備が日本の2.7倍に上っている。外貨準備の主な運用対象となる米国債の保有量も1.22兆ドルと、日本(1.11兆ドル)を上回っている(米国財務省、Treasury International Capital System)。

このように、中国の対外資産は、外貨準備を中心に、収益性の相対的に低い債券に集中している一方で、対外負債はコストの高い直接投資が中心となっている。そのため、純債権国であるにもかかわらず、投資収益の支払いが受け取りを上回っており、2012年の投資収益収支は574億ドルの赤字になっている。実際、2012年の中国の対外投資の収益率は3.0%と、対内投資の6.6%を大幅に下回っていると推計されている(注3)。対外資産の構造を変えることを通じて、投資収益率を向上させることは、中国にとって急務となっている。

資本取引の自由化で予想される資金フローの変化

低収益率をもたらした中国のこのような対外資産と負債の構造は、資本取引が依然として厳しく制限されている結果であり、今後、資本取引の自由化が進むにつれて、大きく変わると予想される。

中国政府は資本取引の自由化を進める具体案の作成を今年の経済体制改革の重点の一つとして挙げている(2013年5月6日に開催された国務院常務会議で決定)。その際、中国人民銀行調査統計局研究チームの「我が国の資本取引の自由化を加速する条件はほぼ整った」(2012年2月)という論文は、議論の叩き台となろう。同論文は、資本取引の自由化の順序として、「①資本流入が先・資本流出が後、②長期取引が先・短期取引が後、③直接投資が先・間接投資が後、④機関投資家が先・個人が後」という従来の考え方を踏襲し、資本取引の自由化に向けて、今後10年を対象に、次の3段階からなるロードマップを提示している。

(1)短期目標(1-3年):実需原則の下で直接投資に対する規制を緩和し、企業の対外投資(中国語では「走出去」)を奨励する。
(2)中期目標(3-5年):実需原則の下で貿易関連の商業融資に対する規制緩和を促し、人民元の国際化を推進する。
(3)長期目標(5-10年):資本流入を自由化してから資本流出を自由化し、海外資本に対して不動産、株式、債券取引への投資を漸進的かつ慎重に開放する。

この提案が実現されれば、中国における対外投資の主役は、当局による外貨準備の運用から民間による直接投資と証券投資に変わっていくだろう。また、直接投資も一方的に海外から中国に流れるのではなく、よりバランスの取れた形で中国企業による対外直接投資も伸びると予想される。さらに、中国の証券市場は外国投資家にとって重要な投資先となる一方で、国際金融市場におけるチャイナ・マネーの存在感はますます高まるだろう。

2013年7月3日掲載

脚注
  1. ^ 国内貯蓄は、GDPから消費を引いたものである(ただし、消費と貯蓄には民間だけでなく政府の分も含まれている)。また、経常収支には海外からの要素所得収支と移転収支が含まれているが、GDPベースの純輸出にはこれらの項目が含まれていない。
  2. ^ 2012年の資本収支は1992年以来、初めて赤字(純流出)に転じた。しかし、金利裁定と為替投機のための大量の資金が、資本規制を避けるために、貿易取引を装って流入していることが確認されている。これにより一部の資本収支の黒字が経常収支の黒字として計上されてしまう形で国際収支統計が歪められていることを考慮すれば、実態として、資本収支の黒字、ひいては「双子の黒字」の基調は依然として変わっていないと思われる。
  3. ^ 2011年末の中国の対外資産が47,345億ドル、2012年の投資収益の受け取りが1,434億ドルをベースに計算すると、対外資産の収益率は3.0%となる。同じように、2011年末の中国の対外負債が30,461億ドル、2012年の投資収益の支払いが2,008億ドルをベースに計算すると、対外負債の収益率は6.6%となる(対外資産と負債は中国国家外匯管理局、「2012年末中国対外資産負債残高表」、投資収益は同「2012年中国国際収支報告」による)。
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2013年7月3日掲載