はじめに
中国は、金融開国に向けて、「人民元の変動相場制への移行」、「金利の自由化」、「資本取引の自由化」からなる三位一体改革を進めている。2012年11月に開催された中国共産党第18回全国代表大会の報告において、「金融体制改革を深化させ、金利と為替レート市場化改革を着実に推進し、資本勘定における人民元の交換性を段階的に実現する」という方針が明記されており、2013年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議においても再確認されている。2014年3月に行われた全国人民代表大会の「政府活動報告」において、「引き続き金利の市場化を推し進め、金融機関の金利自主決定権を拡大する。人民元為替レートの合理的でバランスのとれたレベルでの基本的安定を保ち、為替レートの上下双方向の変動許容幅を広げ、資本勘定における人民元の交換性を高めていく」ことが、今年度の重点活動として挙げられている。
中国は、2005年7月にそれまでの事実上の「ドルペッグ」(ドル連動制)から「管理変動相場制」へ移行した。これは、当局が原則として市場に介入しない完全変動相場制に向けた重要なステップである。また、リーマン・ショック以降に一時中断された金利の自由化は、2012年6月に、銀行を中心とする金融機関の預金金利と貸出金利の変動幅の拡大という形で再開された。さらに、資本取引の自由化については、中国人民銀行が、短期、中期、長期という三段階からなるロードマップを提示している。
人民元の変動相場制への移行
中国は、金融政策の独立性、ひいては有効性の向上と米国との貿易摩擦の緩和を目指して、固定相場制から変動相場制への移行を模索してきた。金融政策の有効性は、資本移動の自由度と為替制度によって大きく異なる。「国際金融のトリレンマ説」が主張しているように、どの国においても、「自由な資本移動」「独立した金融政策」「固定為替レート」という三つの目標を同時に達成することはできない(表1)。中国は、長い間、事実上のドルペッグである固定為替レートを維持しながら、資本移動を制限する(「自由な資本移動」を放棄する)ことを通じて、独立した金融政策を維持しようとしてきた。しかし、人民元の国際化が進み、資本移動が活発化するにつれて、金融政策(中でも金利政策)の独立性、ひいては有効性も低下している。こうした中で、マクロ経済の安定のためには、変動相場制への移行という選択肢しか残っていない。
一方、米国は、巨額に上る対中貿易赤字の原因を中国による「不当な為替操作」に求めており、人民元レートの柔軟化を要求している。
自由な資本移動 | 独立した金融政策 | 固定為替レート | 例 | |
---|---|---|---|---|
資本規制 | × | ○ | ○ | 人民元改革前の中国 |
通貨同盟 | ○ | × | ○ | 香港、ユーロ圏内 |
変動相場制 | ○ | ○ | × | 日本、オーストラリア |
管理変動相場制 | △ | △ | △ | 現在の中国 |
(出所)各種資料より作成 |
このような内外の圧力に対応して、中国は2005年7月に人民元の対ドルレートを2.1%切り上げた上、事実上のドルペッグから「管理変動相場制」に移行した。2008年9月のリーマン・ショックあたりから、緊急避難的措置として一時的に事実上ドルペッグに戻ったが、2010年6月に再び「管理変動相場制」に復帰し、今日に至っている。
現在、中国で実施されている「管理変動相場制」は、変動幅(Band)、通貨バスケット(Basket)、クローリング(Crawling、ある方向性を持って為替レートを微調整していくこと)に基づくBBC方式に当たる。
この制度の下では、当局は、毎日、取引が始まる前に基準となる中間レートを発表し、1日当たりの変動幅をその上下の一定範囲内に制限する。当初、変動幅は、中間レートの上下0.3%に設定されたが、2007年5月21日から上下0.5%に、2012年4月16日に上下1.0%に、そして2014年3月17日に上下2.0%に拡大された。
また、通貨バスケットについては、当局は、対ドル安定に為替政策の軸を置きながらも、他の主要貿易相手国の通貨の対ドル変動も考慮し、人民元レート(中間レート)を調整する。これを通じて、人民元の実効為替レートの安定を図る。
さらに、クローリングのペースについては、2005年7月に「管理変動相場制」に移行してから2014年3月31日までに、人民元(中間レート)はドルに対して35%ほど上昇している(図1)。
このようなBBC方式に基づく「管理変動相場制」の下では、為替レートを所定の変動幅の範囲内に収めるために、日々介入を繰り返さなければならない。このことは、ベースマネーの変動を通じてマネーサプライのコントロールを困難にし、ひいては金融政策の有効性を低下させている。
国際金融のトリレンマ説に沿っていえば、現在の中国では、為替レートは完全ではないがある程度の変動が認められており、また、資本移動も完全ではないがある程度自由になっているという「中間的制度」が採用されている。この制度の下で、完全ではないが、金融政策のある程度の独立性と有効性が保たれている(BOX参照)。金融政策の独立性と有効性を高めるために、当局は人民元の変動幅と毎日の中間レートの発表を中止し、原則として介入しない「完全変動相場制」に移行しなければならない。
金利の自由化
市場経済において、金利は、為替レートとともに、資源の配分を大きく左右する重要な「価格」である。金利の自由化は、以下の理由から、市場経済を目指す中国にとっては避けて通れない課題である。
まず、金利の自由化により資金の利用効率が改善される。金利が低水準に規制されている場合、資金に対する需要が供給を上回り、銀行は市場原理に依らない方法で資金を割り当てることになる。その結果、資金はリスクが低いが収益性も低いプロジェクトに集中しがちである。金利の自由化が進めば、銀行は借り手のリスクに見合った金利水準を決めることができるようになり、多くの民営企業も融資の対象となるだろう。
また、銀行の預金金利が規制によって低水準に抑えられているため、一部の資金が高い金利を求めて、当局の監督が届かない非公式ルート(いわゆる「シャドーバンキング」)に流れてしまっているが、金利の自由化により預金金利が上昇すれば、このような資金は銀行部門に還流するだろう。
さらに、規制金利のもとでは、銀行は高い利ざやが保証され、新商品やサービスを開拓するインセンティブが働かなかった。しかし、金利の自由化が進めば、銀行間の競争が激しくなり、提供する金融商品やサービスが多様化し、質も向上するだろう。
最後に、金利の自由化により金利が資金を誘導する機能が強化され、その結果、投資がより敏感に金利の変動に反応し、金融政策の有効性も高まるだろう。
中国における金利の自由化は、「預金と貸出よりも、マネー・マーケットと債券市場の金利」、また、預金金利と貸出金利の自由化については、「人民元よりも外貨」「預金金利よりも貸出金利」「短期と小口よりも長期と大口」を先行させるという原則に沿って漸進的に進められてきた。
マネー・マーケットと債券市場における金利の自由化は1990年代後半から始まり、すでにほぼ完了している。外貨の貸出金利と預金金利の自由化も、2000年代前半に大きく進展した。さらに、人民元貸出金利の上限の撤廃と人民元預金金利の下限の撤廃(いずれも2004年10月)が実施され、大口預金金利の自由化も進展が見られた。金利自由化のプロセスはリーマン・ショックによって一時中断されたが、2012年6月に、銀行を中心とする金融機関の預金金利と貸出金利の変動幅の拡大という形で再開された。
まず、中国人民銀行は、2012年6月8日と7月6日の2回にわたって、金融機関の人民元の預金と貸出の基準金利を引き下げると同時に、それぞれの変動幅の調整を実施した。一年物貸出基準金利は合わせて0.56%ポイント(2012年6月8日に6.56%から6.31%へ、7月6日には6.00%へ)引き下げられ、その変動幅の下限は、6月8日に基準金利の0.8倍、7月6日には0.7倍に拡大された。一方、一年物定期預金基準金利は合わせて0.5%ポイント(2012年6月8日には3.50%から3.25%へ、7月6日には3.00%へ)引き下げられ、その変動幅の上限は基準金利の1.1倍に拡大された。それに続いて、2013年7月20日に、銀行の貸出金利の下限規制が撤廃されたが、預金金利の上限規制は維持されている(図2)。
これにより、銀行は、貸出金利については上限・下限規制が存在せず、自由に金利を決められるようになった。預金金利に関しても、各銀行は基準金利の1.1倍までという金利設定の裁量権を活かして、一部の預金を対象に、当局が決めた基準金利を上回るレートを提示するようになった。2014年3月に開催された全国人民代表大会において、周小川・中国人民銀行総裁は、預金金利の自由化が1~2年以内に実現するだろうと示唆している。
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しかし、金利の自由化はメリットが大きい一方で、銀行の収益の悪化や、金利変動リスクと信用リスクの上昇、預金量の変動などを通じて、金融システム全体を不安定化させる恐れがある。金利の自由化に伴うリスクを抑えながら、そのメリットを最大限に活かすために、銀行のコーポレート・ガバナンスの強化と経営管理水準の向上や預金以外の資金調達方法の開発に加え、預金保険制度の整備や金融調節の手段を量的手段から金利誘導に転換するといった改革が求められる。
資本取引の自由化
中国は、これまで資本取引の自由化に慎重な姿勢をとってきた。その理由は、資本取引の自由化によってもたらされる投資効率の向上やリスクの分散といったメリットと比べ、マクロ経済の不安定化というデメリットのほうが大きいという判断にあると推測される。資本取引の自由化を巡る従来の慎重論に対して、2012年2月に中国人民銀行調査統計局の研究チームは「わが国の資本取引の自由化を加速する条件はほぼ整った」と題する報告書(以下、「報告書」)を発表し、資本取引の自由化を加速すべきだと訴えている。
その理由として、次のような内外環境の変化を挙げている。まず、世界的金融危機が国内企業の海外進出に絶好の機会を与えており、それを支援するためにも、資本取引の自由化は必要である。また、資本取引の自由化は、クロス・ボーダー貿易取引における人民元建て決済の拡大や、香港の人民元オフショア市場の育成などに資し、政府が進めている人民元の国際化に有利である。さらに、資本取引の自由化は、労働集約型産業の海外への移転や、投資収益の増加による消費の拡大などを通じて、急務となった中国経済の構造調整に寄与する。最後に、資本取引を経常取引に装うなどの違法な方法で資本規制を回避する動きが広く見られ、資本取引規制の有効性が低下している。
「報告書」は、中国の現状について、①銀行部門のバランスシートが健全であり、②外貨準備が高水準に達しており、③対外債務、中でも短期債務の水準が低く、④不動産市場と資本市場のリスクは基本的に制御可能であるという認識を示している。
その上で、自由化の順序として、「①資本流入が先・資本流出が後、②長期取引が先・短期取引が後、③直接投資が先・間接投資が後、④機関投資家が先・個人が後」という従来の考え方を踏襲し、資本取引の自由化に向けて、今後10年を対象に、次の3段階からなるロードマップを提示している。
①短期目標(1―3年): | 実需原則の下で直接投資に対する規制を緩和し、企業の対外投資を奨励する。 |
②中期目標(3―5年): | 実需原則の下で貿易関連の商業融資に対する規制緩和を促し、人民元の国際化を推進する。 |
③長期目標(5―10年): | 金融市場の整備を急ぐとともに、市場開放のステップについて、資本流入を自由化してから資本流出を自由化し、海外資本に対して不動産、株式、債券取引への投資を漸進的かつ慎重に開放する。 |
長期目標が達成される段階で、投機性の強い一部の取引を対象とする規制が残されるが、これらが国家間の合理的な資本取引の障害にならないという観点から評価すると、基本的に資本取引の自由化が実現されることになるという。
「報告書」は、資本取引の自由化の前提条件とされる金融システムの健全化や、変動相場制、金利自由化などの実現を消極的に待つのではなく、相互促進の形でそれらを同時に推進すべきだと主張しており、改革のシークェンシングも考慮している。それゆえに、ロードマップが実施される場合、マクロ経済の安定が保たれながら、計画が実現できる可能性は高い。
それに向けて、周小川・中国人民銀行総裁は、「資本市場の双方向への開放を推進し、順序立ててクロス・ボーダー資本・金融取引の交換性を高める」当面の方策として、次の項目を挙げている(「金融業の改革開放を全面的に深化させ、金融市場システムの整備を加速する」、『人民日報』、2013年11月28日)。
- 適格国内機関投資家(QDII)と適格外国機関投資家(QFII)という資格を持つ主体をさらに拡大し、投資限度額を増やす。
- 時期を見てQDIIとQFIIの資格と限度額の審査・許認可を廃止し、国内外の全ての合法的機関が関連投資をできるようにする。
- 条件が備わった外国企業が国内の資本市場で株を発行することを漸次に認める。
- 国外機関による国内での人民元建て債券発行についての資格制限を緩和する。
- 個人の資本取引、直接投資とそれに関わる資産整理、貸出などの交換の利便性を高め、厳格な管理の下で金融デリバティブ取引の交換性を推進する。
資本取引の自由化の歩調に合わせて、中国政府がリーマン・ショック以降進めてきた人民元の国際化も一層の進展を見せると予想される。また、資本取引の自由化が実現されると予想される2020年代初頭には、人民元の変動相場制への移行と金利の自由化もすでに完了しているはずであるため、金融政策も、金利操作を中心に、有効性が高まるだろう。
BOX:管理変動相場制の下で制約される中国における金融政策の有効性
管理変動相場制を採用している中国では、資本移動が活発化する中で、金融政策の手段として金利操作よりも預金準備率操作の方が有効性が高い。
政策金利は、インフレと成長率の上昇(低下)とともに引き上げられる(引き下げられる)が、調整幅はインフレ率と成長率の変化と比べて極めて小さい。例えば、インフレ率が2009年7月の-1.8%から2011年7月に6.5%に上昇したときに、当局は5回にわたって利上げを実施したが、利上げ幅は合計しても1.25%ポイントにとどまった。実際、人民元改革以降(2005年第3四半期から2013年第4四半期)を対象に回帰分析すると、政策金利のベンチマークとなる銀行の一年物貸出金利はインフレ率の1%上昇に対して0.1%ポイント、経済成長率の1%上昇に対して0.05%ポイントしか引き上げられていないという結果が得られた(図a)。これを反映して、実質金利(名目金利-インフレ率)は、インフレ率との間で強い負の相関関係が見られる(図b)。これは、為替レートを安定化させるために当局が積極的に外為市場に介入するという現在の為替制度の下では、大幅な利上げ(利下げ)が流動性を抑える(増やす)どころか、逆に海外からの資金流入(海外への資金流出)の拡大を通じて流動性の増加(減少)を招いてしまうことを当局が懸念しているからである。
こうした中で、預金準備率操作が金利操作に取って代わって中国における金融政策の最も重要な手段となっている。実際、インフレを抑えるために、2010年1月から2011年6月にかけて、預金準備率は12回にわたって計6%ポイント引き上げられ、大型銀行の場合、21.5%に達した。これを受けて、マネーサプライ(M2)の伸びは、2009年11月の前年比29.7%をピークに低下傾向に転じ、その後急速に低下した。
一年物貸出基準金利、四半期のデータは月次データの期末値の平均。
推計期間:2005年第3四半期~2013年第4四半期
2014年5月8日掲載