中国経済新論:実事求是

TPP加盟を模索する中国

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

日本では、政府は、構造改革を促すべく、環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を目指しているが、国民の間ではまだ反対する声が高い。中国においても、TPP加盟の是非を巡って賛否両論がある。中国政府は、胡錦濤・温家宝前政権の時代にはTPP加盟には消極的だったが、習近平・李克強政権になってから積極的姿勢に転換した。

加盟を巡る論点の対立

中国におけるTPP加盟の是非を巡る議論では、国内産業と構造改革への影響に加え、通商ルールの設定における主導権争いと、貿易及び直接投資への影響が焦点となる。

反対派は、米国主導で形成されるTPPのルールが中国にとって不利であることを理由に加盟を急ぐべきではないと主張している。具体的には、①中国の農業は国際競争力がないため、関税がなくなると、壊滅的打撃を受ける恐れがある、②中国の金融システムはまだ脆弱であり、金融業の対外開放はマクロ経済の不安定化につながりかねない、③中国は環境基準と労働基準の改善に時間が必要なため、準備が整っていないうちに米国の要求に合わせると、製造業の衰退が加速し、雇用問題が悪化する恐れがある、④中国のハイテク産業やハイエンドサービス業はスタートしたばかりで、適度な政策保護が必要であり、全面開放するには時期尚早であるという。

これに対し、支持派は、次のように反論している。

まず、2001年の中国のWTO加盟が示したように、国際的基準が厳しいほど、国内の改革を後押しする力となる。当時、国内の未熟な産業がWTO加盟により打撃を受けるのではないか、と懸念する声もあったが、WTO加盟をきっかけに、国内の規制緩和、制度改革が進展した結果、経済発展は加速した。そもそも、経済発展パターンの転換を目指す現在の中国にとって、TPP加盟のハードルとされる農業、金融、環境・労働基準、ハイテクといった分野での改革は、まさに避けて通れない道である。

また、TPP加盟に向けた交渉が国際経済貿易の旧来のルールを変更、ひいては新しい制度の確立を目指すものであるだけに、中国はそれに参加してはじめて発言権を手に入れ、自国に有利なルール設定に導くことが可能となる。交渉に参加しなければ、このプロセスから排除されるだけでなく、出来てしまった新制度を受け入れざるをえないという不利な立場に立たされてしまう。

さらに、仮に中国が未加盟のままTPPが成立したら、中国は、関税の減免などの優遇政策を受ける加盟国と比べて、競争に不利な立場となる。その結果、一部の輸出製品の市場シェアを失うだけでなく、製造業の加盟国への移転も加速するだろう。その上、TPPの提唱する「原産地規制」(関税の減免などの優遇策を受けるために、対象商品に含まれる非加盟国の原材料、中間財の付加価値を一定の割合以内に制限するルール)が適用されれば、最終の工程にとどまらず、部品など中間財の生産も移転の対象になってしまう恐れがあるという。

政府のスタンスは消極的から積極的へ

当初、中国政府はTPPを米国による中国の台頭をけん制する手段としてとらえ、加盟には消極的だったが、2013年春に習近平・李克強政権が誕生してから、積極的姿勢に転換した。その背景には、新政権が市場化改革と対米協調をより重視するようになったことに加え、日本のTPP加盟が現実味を浴びる中で、中国にとって実質上の「日米FTA」になろうとするTPPから疎外されるコストがますます高くなるという判断もあろう。

中国のTPP加盟政策の転換を象徴するように、2013年9月3日に中国の広西チワン族自治区南寧市で開催された第10回中国・ASEAN博覧会と中国・ASEANビジネス投資サミットでは、李克強総理がTPPを含めた地域協力制度の検討をしたいと述べた(「李克強『中国とASEANのダイヤの10年を共に創造』」、中新網、2013年9月3日)。これを受けて、中国商務部も記者会見で、中国はTPP加盟国の交渉進展に関心を持っており、情報交換を望む。同時に、国内産業部門の意見をまとめた上で、加盟への可能性を検討すると述べた(2013年9月17日商務部記者会見における沈丹陽報道官の発言、中国商務部ウェブサイト)。

また、中国では、対外開放を目指す新たな試みとして、2013年9月に中国(上海)自由貿易試験区が発足したが、それはTPP加盟への布石という意味合いも含まれていると見られる。TPP加盟の影響は、製造業のみならず、金融などのサービス業、IT産業など幅広い産業に及ぶ。とりわけ金融などのサービス業がTPP加盟によってどのぐらいの影響を受けるかについて、中国政府は懸念している。これを払拭するために、まず試験区という限られた範囲で一部企業、産業への規制緩和・自由化を先行させ、その影響を確認するのである。

一方、米国は、「先行の加盟国と同じ高水準の自由化の義務を負う」と条件付きながらも、中国のTPP参加を歓迎すると表明している。(「TPP交渉、『既存の合意、日本に有益』、米、製造業テコ入れ、サンチェス商務次官」、日本経済新聞、2013年5月17日付)。

このように、米中双方の歩み寄りが見られる。中国のTPP加盟を実現するにはまだ時間がかかるが、それに向かう道はすでに開かれたと言えよう。

2014年1月8日掲載

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