中国経済新論:実事求是

TPPを巡る日米中の三国志

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年11月16日掲載)

事実上の日米FTAとしてのTPP

野田首相は、11月13日にハワイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議において、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加に向けて、関係国と協議に入ることを正式に表明した。従来のシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国に、新たに交渉参加を表明した日本、カナダ、メキシコが加わることにより、TPP交渉に参加する国は12カ国になる。しかし、その中で、米国と日本のGDPを合わせると、全体の約80%を占めており、それゆえに、TPPは事実上の日米FTAになると広く受け止められている(「TPP閣議決定――TPP参加で関税撤廃、事実上の『日米FTA』に」日本経済新聞、2010年11月10日付)。

米国の意図を警戒する中国

米国は、今後中国が東アジアの経済の覇者になることを警戒しており、TPPの構築を通じて、中国を牽制し、自らの影響力の維持・強化を果たそうとしている。実際、10月下旬の議会証言において、米通商代表部(USTR)のマランティス次席代表は「中国がアジア・太平洋で(自由貿易)協定を増やす中で、TPPは米国の競争力を維持するのに必要不可欠だ」と強調し、またブレイナード米財務次官(国際担当)も「中国を我々が望む知的財産や市場原理に基づく為替相場、公平な競争条件に引き寄せる戦略の一部だ」と語った(「米、貿易ルール作り主導 中国への対抗、強く意識」日本経済新聞、2011年11月4日付)。

米国はTPPに加盟することにより、中国との経済・貿易交渉に新しいカードを手に入れることができる。その場合、将来、中国がTPPに加盟しようとすると、10年前のWTO加盟時と同じように、米国の厳しい要求を飲まなければならないことになる。その上、中国は、経済の面において、米国主導のTPPが、中国が進めているASEAN+3の競争相手となり、アジア太平洋地域全体の貿易の流れを変えてしまい、また政治と軍事の面において、米国が、TPPをテコにアジア各国との関係を強化し、対中包囲網の形成を目指しているのではないかと懸念している。

日本の建前と本音

一方、日本においても、民主党政権は、2009年9月に誕生した当初、中国を含めた東アジア共同体の可能性を模索したが、2010年9月7日の中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突に端を発する一連の事件によって日中関係が悪化したことをきっかけに、米国を軸とする太平洋地域との経済連携に方向転換した。

野田首相はTPP交渉参加を表明するに当たり、「貿易立国として、今日までの繁栄を築きあげてきた我が国が、現在の豊かさを次世代に引き継ぎ、活力ある社会を発展させていくためには、アジア太平洋地域の成長力を取り入れていかなければならない」と強調した(野田内閣総理大臣記者会見、2011年11月11日)。しかし、アジアの成長エンジンであり、日本の最大の貿易相手国である中国の参加を前提としないTPPへの参加は、日本にとってどれほどのメリットがあるかについて疑問視する声もある。

読売新聞は、「TPP参加は、日米同盟関係も深化させる。経済・軍事大国として存在感を強める中国への牽制という点でも重要だ」(社説「TPP参加へ 日本に有益な『開国』の決断」、2011年11月12日付)と指摘しているが、政府の内部でも同じ意見があろう。実際、野田首相が外交・安保の専門家として首相官邸に迎えた長島昭久首相補佐官が、都内の講演で、TPP交渉参加の意味は、「中国から見て『なかなか手ごわい』と思わせる戦略的環境を整えていくということ」であり、「『アジア太平洋の秩序は日米で作る』というくらいの積極的な視点が必要」だと明言している(「日米安保との二本柱に 政府、中国の動きを意識」日本経済新聞、2011年11月4日付)。

もっとも、日米両国は中国けん制において共通しても、農業市場の対外開放などにおいて隔たりが大きい。日本が交渉参加すべきかどうかを巡って、国内ではすでに世論が二分しており、実際の交渉が順調に進むかどうかはまだ不透明である。

中国の対策

中国は、TPPが米国主導による中国封じ込めのための一環ではないかと警戒しており、日本が交渉参加を表明したことにより、参加すべきかどうかを含めて、対応を迫られている。

今のところ、中国では、TPP参加の可能性を残しながらも、それを急ぐべきではないという慎重論が主流である。その理由として、中国は今、経済転換期における最も重要な時期を迎えており、多くの社会問題、経済問題などが絡んでいるので、調整のための時間が必要であることが挙げられている。具体的には、①中国の農業は国際的競争力を持っていないため、関税がなくなると、壊滅的打撃を受ける恐れがある②中国の金融システムはまだ脆弱であり、金融業の対外開放はマクロ経済の不安定化につながりかねない③中国は環境基準と労働基準の改善に時間が必要なため、準備が整っていないうちに米国の要求に合わせると、加工貿易の衰退が加速し、雇用問題が悪化する恐れがある④中国のハイテク産業やハイエンドサービス業はスタートしたばかりで、適度な政策保護が必要であり、全面開放するには時期尚早である――などが指摘されている。

中国は、短期間でTPP加盟を実現することが無理であれば、当面、自衛策として自らの主導でより多くの国とFTA交渉を加速させると予想される。その重点となる相手国は、隣国でありすでに重要な貿易相手国である日本と韓国に加え、インド、ロシア、ブラジルといったBRICsと呼ばれるようになった新興国であろう。中国は、ASEANとのFTAがすでに2010年に発効しており、それに日韓やBRICsとのFTAも加われば、米国はTPPの主導権を握ったとしても中国を孤立させることができなくなる。

共通目標となるアジア太平洋自由貿易圏

中国は、TPPを警戒しながらも、日米との対立を避けるべく、「東アジア自由貿易圏(ASEAN+3)や東アジア包括的経済連携協定(ASEAN+6)、TPPなどを基に、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を推し進め、アジア太平洋地域における経済の一体化を実現させていく」というAPECの目標への支持を表明している(胡錦涛国家主席、ハワイで行われたAPEC・CEOサミットでの講演、2011年11月12日)。その一方で、米国と日本は、貿易の面において対中依存度が高まってきており、危機後の経済再生のために、中国市場の活用が欠かせない。それ故に、中国と同様に、両国にとっても、地域統合の最終目標として、FTAAPの実現を目指していくことは、最も現実的選択であろう。

2011年11月17日掲載

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