中国経済新論:実事求是

憲政を巡る大論争
― 岐路に立つ政治改革 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、リベラルな論調で知られている『南方週末』紙の今年の新年号に掲載する「中国の夢、憲政の夢」というタイトルの社説が、監督当局の指示によって一部差し替えられた事件をきっかけに、「憲政」の是非を巡って、論争が起きている。この論争は、主に中国が憲政を政治改革の目標にすべきだと主張する「憲政支持派」とそれに反対する「憲政反対派」の間で行われているが、「支持派」の中でも、現在の憲法を前提として穏健的改革をしていくべきだと主張する「社会憲政派」と、憲法の全面的改正など、より急進的改革を求める「自由憲政派」の論点の対立が鮮明になっている(図1)。論争の行方は、今後の政治改革の方向性を左右しかねないだけに、内外の注目を集めている。

図1 憲政を巡る論争に参加する三つのグループ
図1 憲政を巡る論争に参加する三つのグループ
(出所)筆者作成

「憲政反対派」の主張

「憲政反対派」の主張として、中国人民大学の楊暁青教授の見解が典型的である(楊暁青、「憲政と人民民主制度の比較研究」、『紅旗文稿』2013年第10号、2013年5月)。それによると、西側の現代政治の基本的な制度的枠組みとしての憲政は、その核心となる制度的要素と理念が、あくまでも資本主義とブルジョアジー独裁のものであり、次のように、中国が現在採用している社会主義人民民主制度とは明らかに異なっている。

① 憲政では私有制の市場経済が基礎となるが、人民民主制度では公有経済が主体となる。
② 憲政では議会民主制が実行されるが、人民民主制度ではすべての権力は人民に属する。
③ 憲政では三権分立が実行されるが、人民民主制度では人民代表大会制度を実行する。
④ 憲政では司法機関が独立性と違憲審査権を持っているが、人民民主制度では全国人民代表大会とその常務委員会が憲法の実施を監督する。
⑤ 憲政では軍隊の「中立化、国軍化」が実施されるが、人民民主制度では軍隊は共産党の絶対的指導を受ける。
それゆえに、憲政を受け入れることは、国家の性質、政治制度、社会発展の方向を全面的に変えることをも意味するので、断固拒否すべきだという。

「社会憲政派」と「自由憲政派」に分かれる「憲政支持派」の主張

一方、「憲政支持派」の学者たちは、憲政を政治改革の目標にすべきだという点において一致するが、現在の憲法への態度によって、「社会憲政派」と、「自由憲政派」に分かれている。

まず、「社会憲政派」は、共産党による長期政権は誰かの意志によって変えられるものではなく、その地位に挑戦することが現実的ではないという認識を踏まえて、憲法で共産党の権限を具体的に明示し、国民の基本権利を確保しながら、憲法の効果的かつ全面的実施を求める。その代表的人物として、共産党の憲法学の元老で、中国における四部の憲法の起草にすべて参加した唯一の学者である中国人民大学の許崇德教授や、華東政法大学の童之偉教授をはじめとする体制内の学者が挙げられる。

童教授は、具体的に政治改革を次の四つの面から着手すべきだと提言している(童之偉、「社会主義憲政という概念に関する補足的な説明」、http://blog.sina.com.cn/s/blog_6d8baa340101gtiw.html)。

① 国民の言論と出版の自由、結社の自由、宗教信仰の自由、特に、国民の公的権力機構と公務員に対する監督の権利を法律で保障する。
② 地方各レベルの人民代表大会の過半数の議席を共産党が推薦した候補者に割り当てると同時に、直接選挙の適用範囲を県のレベル以上の人民代表大会に広げ、また自由選挙によって選ばれる議席数を増やす。
③ 裁判官による独立裁判権の行使を中心とする裁判制度を構築する。海外の経験を学び、裁判官の清廉、公正を保ち、法律を以て裁判の公開を保証する。
④ 公安部門の権限を厳しく制限し、国民の人身の自由、通信の自由を確保する。

これに対して、「自由憲政派」は、より急進的改革を通じて、最終的に司法の独立、権力への制約、軍隊の国軍化、公務員の政治的中立性の確保、自由な選挙などを特徴とする憲政民主制度の確立を目指すべきだと主張している。その代表人物として、北京大学の賀衛方教授、華東政法大学の張雪忠講師など、体制と一線を画す学者が挙げられる。

賀教授によると、中国では、公有制、一党制、司法独立の欠如、党によるメディアへの全面的コントロールが発展に最も良い条件を与えていると思われていたが、このような考え方が間違っていると判明した今、他国の経験によって証明された正しい道を歩むべきである。共産党にとっても、自己改革を通じて北欧型の社会民主党へ脱皮し、政治における競争の合理性を認めることは、決して悪い選択ではないという(「中国の憲政論争―賀衛方氏との対話」、聯合早報ウェブ版、2013年6月24日)。

「社会憲政派」に近い習近平総書記のスタンス

一方、中国共産党の習近平総書記は、「権力の行使への制約と監督を強化し、権力を制度という籠に閉じ込めなければならない」ことを強調している(第18期中央規律検査委員会第二回全体会議での重要講話、2013年1月22日)。「憲政」はまさにこの「籠」に当たると言える。習総書記の憲政に関する考え方は、次のようにまとめられる(習近平、「現行憲法公布・施行30周年記念大会」で行った重要講話、2012年12月4日)。

まず、中国の憲法は、「国家の基本法の形で、中国の特色ある社会主義の道、中国の特色ある社会主義理論体系、中国の特色ある社会主義制度の発展の成果を確立し、わが国の各族人民の共通の意思と根本的利益を反映して、歴史の新たな時期における党と国家の中心的事業、基本原則、重大な方針、重要な政策の法制上の最高の体現」である。

また、業績を十分評価すると同時に、次のような足りない点を見て取らなければならない。
① 憲法の実施を保証する監督の仕組みと具体的制度がまだ不備で、法律があっても従わず、法の執行が厳格でなく、違法行為を追及しないといった現象が依然みられる。
② 人民大衆の切実な利害にかかわる法執行・司法問題が比較的目立つ。
③ 一部公職者の職権乱用、職務怠慢・汚職、法執行での違法行為さらには私情によって法を曲げる行為がみられ、国の法制度の権威が重大に損なわれている。
④ 一部の指導幹部を含め、公民の憲法に対する意識を高める必要がある。

さらに、「憲法の全面的な貫徹実施は、社会主義法治国家建設の最重要任務にして基礎的作業である。憲法は国の基本法、安定統治の総規則であり、法として最高の地位、権威、効力を備え、基本性、全局性、安定性、長期性を備える。いかなる組織または個人も、憲法と法律を超える特権を有してはならない。憲法と法律に違反する行為は全て追及しなければならない。」

最後に、「国の法治はまずは憲法による国の統治であり、法に基づく執政のカギは憲法に基づく執政であり、党が人民を指導し、憲法、法律を制定し、党自身は憲法と法律の範囲で活動すべきで、党が立法を指導し、法の執行を保証し、先頭に立って法律を守ることを真に実現しなければならない」という。

共産党の指導を堅持しながら、現行の憲法を貫くという習近平総書記のこのようなスタンスは、「中間派」ともいうべき「社会憲政派」に近いと見られる。中国共産党は、習総書記の下で、如何に「自由憲政派」(右派)と「憲政反対派」(左派)の両陣営からの圧力をかわしながら、政治体制改革を進めていくかが注目される。

2013年7月3日掲載

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