昨年11月の衆議院解散とそれを受けた総選挙で金融緩和を主張する自民党の安倍政権が誕生したことをきっかけに、円はドルをはじめとする主要通貨だけでなく、ドルと緩やかに連動しているアジア各国の通貨に対しても大幅に減価してきた(図1)。円安の進行は、日本企業の輸出競争力の向上を通じて長期低迷に陥った日本経済の回復に寄与するのではないかという期待が高まり、これを反映して、東京株式市場での株価も大幅に上昇している。
―円の対ドル・人民元・韓国ウォンレートの推移―
その一方で、海外では、円安が一種の近隣窮乏化政策ではないかという批判もある。円安になると、確かにアジア各国の輸出競争力が落ち込むが、同時に機械や部品を中心に日本からの輸入価格、ひいては生産コストが低下することも忘れてはならない。韓国をはじめ、日本と競合関係にある国では、輸入面のプラスの影響よりも輸出面のマイナスの影響が大きいのに対して、中国など、日本と補完関係にある国では逆であると見られる。
明暗を分ける日本との補完性と競合度
円安になると、日本の輸出価格がドルベース、ひいてはアジア各国通貨ベースで低下する。このことは、アジア各国にとって、需要面では日本製品に対して競争力が悪化する一方で、供給面では日本からの輸入価格が低下することを意味する。
需要面における円安の影響を考える際に、日本向けの輸出縮小よりも、第三国市場におけるシェアが日本に奪われることが重要であろう。こうした競争力の悪化が強く表れる国としては、日本と同じハイテク製品を中心とする輸出構造を持つ韓国をはじめとするNIEs諸国・地域が挙げられる。例えば、韓国は、主力輸出製品である自動車をほとんど日本に輸出していないが、円安になると、欧米など他の市場への輸出が減少する形で輸出全体、ひいては経済成長が抑えられる。これに対して、中国やASEAN諸国は、輸出構造が日本と大きく異なっていることを反映して、日本との競合度が依然として低い。円安が進んだとしても、これらの国が得意とする労働集約型製品の国際市場におけるシェアが日本製品に奪われるわけではない。
一方、供給面では、円安に伴う日本からの輸入価格の低下は、アジア各国にとって生産コストの低下を意味し、生産を拡大させる要因にもなる。こうした円安メリットは、輸入全体に占める日本のシェアが大きく、日本と補完関係にある国ほど大きい。
需要要因と供給要因を合わせて考えると、円安によるアジア各国への影響は、対象となる国が日本と補完関係にあるか、それとも競合関係にあるかによって、明暗が分かれる。前者の典型例として中国、後者の典型例として韓国が挙げられる(図2)。
標準的経済理論に基づいた分析
経済学の教科書に沿っていうと、円安に伴うアジア各国の競争力の悪化は需要曲線の左シフト、輸入価格の低下は同供給曲線の右シフトによって表すことができる(図3a、図3b)。前者は国際市場において、需要が自国製品から日本製品にシフトすることを反映し、その結果、自国の価格と生産がともに低下する(悪いデフレ)。これに対して、後者は部品や機械など日本からの輸入価格の低下に伴う生産コストの低下を反映し、自国製品の価格が低下するが、生産が逆に上昇する(良いデフレ)。
また、中国のように日本と補完関係にある国の場合、需要曲線よりも供給曲線のシフトの方が大きく、生産が拡大する(図4a)。これに対して、韓国のように日本と競合度の高い国の場合、逆に供給曲線よりも需要曲線のシフトの方が大きく、生産が縮小する(図4b)。
非対称となるアジア各国の株式市場の円安への反応
円安は日本と補完関係にある中国経済にとってプラスであるのに対して、日本と競合関係にある韓国経済にとってマイナスであることは、最近の日中韓の株価の動きにも反映されている(図5)。
昨年11月中旬以来、ニューヨークをはじめとする世界主要市場の株価は上昇基調に転じているが、中でも円安の恩恵を受けると思われる東京市場は最も大幅な上昇を示しており、上海総合指数の上昇幅もニューヨークのダウ工業30種平均を上回っている。これに対して、円安によって最も大きい打撃を受けると思われる韓国では株価は他の市場と比べて伸び悩んでいる。
景気の先行指標である株価のこのような動きは、2013年には韓国経済が低迷することに対して、中国経済は比較的堅調に推移することを示唆している。
2013年3月8日掲載