中国経済新論:実事求是

中国発デフレ論を巡る誤解を正す
― 歓迎すべき良いデフレ ―

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

近年、中国経済の躍進が日本のデフレの原因とされ、デフレを解消するために、金融当局が人民元の切り上げを求めている。しかし、2002年、日本の対中輸入は日本のGDPのわずか1.5%程度に留まり、また、両国の貿易面における競合度が極めて低いことを考えると、中国における物価の低下はよほど激しいもの(例えば、年率数十%)でない限り、日本経済への直接的または間接的な影響はともに限定的である。実際、中国のインフレ率(正確にいえばデフレ率)は日本とほぼ同水準になっており、中国が日本のデフレの原因であると言うなら、逆に日本がまた中国のデフレの原因であるとも言える。

百歩譲って、仮に中国発のデフレが、日本のデフレに拍車をかけているとしても、日本にとって本当に困るものなのか。この疑問を解くために、中国製品が安くなることは、日本にとって生産規模の拡大に伴う「良いデフレ」なのか、それとも生産の縮小をもたらす「悪いデフレ」なのかを区別して考える必要がある。

日本の新聞などが多く取り上げているのは、言うまでもなく「悪いデフレ」のケースである。すなわち、中国の輸出が安くなれば日本の国内はもちろんのこと、第三国の市場においても日本の輸出が中国の製品に代替されることになる。これを需要と供給の枠組で考えれば、日本の需要曲線が左にシフトするという形で表せる(図)。これは物価への影響という意味ではデフレであり、日本の生産に対してもやはりマイナスの影響を与えることになる。

しかし、中国発デフレの中には「良いデフレ」いう側面も考えられる。もし日本企業が中国から様々な部品や中間財を輸入している場合、中国からの輸入価格が安くなることは生産コストが下がることを意味する。経済学の教科書的に考えると、供給曲線は限界費用曲線に当たり、すなわち中国からの輸入でコストが下がるということは、日本の供給曲線が右にシフトして、結果的に物価にはマイナスであっても生産にはむしろプラスであることも考えられる。

では、「悪いデフレ」と「良いデフレ」の効果のうち、どちらが大きいのかを考える場合、日中の経済関係が競合的と見るのか、補完的と見るのかによって結論が異なってくる。日中が競合的と見た場合は、需要側の効果が大きくなり、マイナスの影響が大きいということになる。日中が補完的であると見た場合、供給側の効果が大きいため、生産に与えるプラスの影響の方が大きくなる。実際、日本と中国の輸出構造は、前者が付加価値の高いハイテク製品、後者が付加価値の低いローテク製品が中心になっているように、互いに競合している部分は実は低く、両国経済が補完関係にあることは明らかである。そのため、需要要因よりも供給要因のほうが大きく、生産者にとって、中国発のデフレはむしろ生産の拡大をもたらす「良いデフレ」に当たる。同じ理由で、人民元の切り上げはデフレを抑えたとしても、需要が中国製品から日本製品へのシフトはそれほど起こらず、むしろ輸入コストの上昇を通じて生産の縮小につながる可能性が大きい。

以上の分析はあくまでも日本企業の立場に立った話であり、消費者にとって、デフレの善し悪しを区別する必要はない。日本の消費者にとって、石油価格の低下と同様、中国製品の輸入価格の低下は、交易条件の改善、ひいては実質所得の上昇を意味する。逆に、人民元の切り上げは、中国からの輸入が高くなることを意味し、消費者にとってマイナスであることはいうまでもない。

このように、日本におけるデフレの原因を中国に求める診断書も、その解決策を人民元の切り上げに求める処方箋も間違っていると言わざるを得ない。デフレの真因は構造改革の遅れとそれに伴う国内の景気の低迷にある以上、これらの問題が解決されなければ、いくら人民元が強くなっても、日本経済の本格的景気回復はありえないのである。

図 日本のデフレにおける中国要因
図 日本のデフレにおける中国要因

2003年3月7日掲載

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