中国経済新論:実事求是

リーマン・ショック以降の中国における景気循環
― 成長率とインフレ率の変動を軸に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2011年第4四半期の中国の経済成長率は8.9%に低下しており、2009年第2四半期以来の低水準となった。その一方で、インフレ率は、ピークであった2011年第3四半期の6.3%から4.6%に低下しているとは言え、依然として高水準にある。これを背景に、中国は緩和政策が採れないまま、景気が失速するのではないかという懸念が浮上している。しかし、インフレ率が成長率の遅行指標であることを反映して、これまでの成長率の鈍化を受けて、インフレ率がこれから低下すると予想されることから、緩和の余地はむしろ広がっていくだろう。ここでは、成長率とインフレ率の変動を軸に、リーマン・ショック以降の中国における景気循環のパターンを明らかにし、これをベースに今後の景気の行方を占う。

成長率の遅行指標としてのインフレ率

一般論として、インフレ率は成長率、ひいては景気の遅行指標である。中国においても、成長率が上昇すると、やや遅れてインフレ率も上昇し、逆に成長率が低下すると、やや遅れてインフレ率も低下する。1998年以降のデータを分析すると、両者の間のタイムラグは平均3四半期である。実際、横軸に3四半期前の成長率、縦軸に今期のインフレ率をプロットすると、両者の間で極めて高い相関関係が確認され、その弾性値は0.92と推計される(図1)。このことは、3四半期前の成長率が1%上昇(低下)すれば、それに合わせて今期のインフレ率が0.92%上昇(低下)することを意味する。8.9%となった2011年第4四半期の成長率は、すでに今回の景気循環におけるピークに当たる2010年第1四半期の12.1%を大幅に下回っている。これを受けて、インフレ率も2011年の第3四半期にピークを打ち、低下し始めている。

図1 GDP成長率とインフレ率の相関関係
図1 GDP成長率とインフレ率の相関関係
(注)推計結果
 推計期間:1998年第1四半期(Q1)~2011年第4四半期(Q4)
(出所)CEICデータベースより作成

景気循環の諸局面

インフレ率が成長率の同行指標なのか、それとも遅行指標なのかによって、景気変動のパターンは違ってくる。

仮に、インフレ率が成長率の同行指標である場合、成長率とインフレがそれぞれの基準値(平均値)と比べて、高いか低いかによって分類すると、景気は、「高成長・高インフレ」(=「好況期」)と「低成長・低インフレ」(=「不況期」)という二つの局面しかない(図2-a)。「好況期」において引き締め策が採られ、これを受けて成長率とインフレ率がともに低下する。逆に「不況期」において緩和策が採られ、これを受けて成長率とインフレ率が上昇する。このように、景気は、「好況」から「不況」を経て再び「好況」に戻るという形で循環するのである。

図2 経済成長率とインフレ率の関係から見る景気循環の諸局面
図2 経済成長率とインフレ率の関係から見る景気循環の諸局面
(出所)筆者作成

これに対して、インフレ率が成長率の遅行指標である場合、成長率とインフレ率がそれぞれの基準値と比べて、高いか低いかによって分類すると、①「低成長・低インフレ」、②「高成長・低インフレ」、③「高成長・高インフレ」、④「低成長・高インフレ」、という四つの局面に分けることができる。それぞれは、景気循環の「後退期」、「回復期」、「過熱期」、「スタグフレーション期」に対応する(図2-b)。「低成長・低インフレ」という「後退期」では、緩和策が採られ、これをきっかけに成長率が上昇し、景気は「高成長・低インフレ」という「回復期」に進む。やがて、成長率の上昇に追随する形でインフレ率も上昇し、景気は「高成長・高インフレ」という「過熱期」に移る。この段階において、政府は引き締め政策を採り、これをきっかけに成長率は低下し、景気は「低成長・高インフレ」という「スタグフレーション期」に入る。成長率の低下を受けて、インフレもやがて沈静化し、景気は「低成長・低インフレ」という「後退期」に戻る。このように、景気は「後退期」→「回復期」→「過熱期」→「スタグフレーション期」を経て、再び「後退期」に戻るという形で循環するのである。このような景気循環は、横軸を成長率、縦軸をインフレ率とする座標平面において、成長率が先行し、インフレ率がついてくることを反映して、反時計回りの円として描くことができる(図3)。「後退期」における緩和策と「過熱期」における引き締め策の実施は、この循環を持続させる力となっているのである。

図3 成長率とインフレ率の変化を中心とする景気循環のメカニズム
図3 成長率とインフレ率の変化を中心とする景気循環のメカニズム
(出所)筆者作成

リーマン・ショック以降の中国経済への応用

この枠組みをリーマン・ショック以降の中国に応用する際、各時点において、成長率とインフレ率が「高いか、低いか」を判断するための基準値を決めなければならない。ここでは、対象期間(2008年第4四半期~2011年4四半期)における成長率の平均値(9.4%)とインフレ率の平均値(2.7%)をそれぞれの基準値とする(図4、5)。

図4 リーマン・ショック以降の中国における景気の諸局面
図4 リーマン・ショック以降の中国における景気の諸局面
(注)①は低成長・低インフレ、②は高成長・低インフレ、③は高成長・高インフレ、④は低成長・高インフレ
(出所)CEICデータベースより作成
図5 リーマン・ショック以降の中国のGDP成長率とインフレ率の循環的変動
図5 リーマン・ショック以降の中国のGDP成長率とインフレ率の循環的変動
(注)①は低成長・低インフレ、②は高成長・低インフレ、③は高成長・高インフレ、④は低成長・高インフレ。景気は反時計回りで①→②→③→④→①という順で循環する。
(出所)CEICデータベースより作成

これをベースに判断すると、リーマン・ショックを受けて、中国経済は、2008年第4四半期以降、「低成長・低インフレ」という「後退期」に入った。これに対して、中国政府は素早く金融政策のスタンスを引き締めから緩和に転換させるとともに、4兆元に上る景気刺激策を実施した。これらが功を奏する形で、2009年第1四半期には成長率が6.6%で底を打ち、上向くようになった。2009年第3四半期になると、成長率が基準値である9.4%を超えるようになったが、インフレ率はまだ基準の2.7%を大幅に下回る水準にとどまり、景気は「高成長・低インフレ」という「回復期」に入った。成長率の上昇に追随する形で、2010年第2四半期にインフレ率が基準値を超えるようになり、景気は「高成長・高インフレ」という「過熱期」に進んだ。この段階において、当局は金融政策のスタンスを緩和から引き締めに軌道修正し、これを受けて、成長率は低下傾向に転じた。2011年第3四半期に成長率は9.1%と、ついに基準を下回るようになり、景気は「低成長・高インフレ」という「スタグフレーション期」に入った。2011年第4半期には、成長率がさらに下がったが、インフレは低下傾向に転じながらも依然として基準値を上回っており、景気のスタグフレーションの局面が続いている。

以上の分析の枠組みは、過去の景気変動を説明できるだけでなく、景気予測にも役に立つ。図5で示されているこれまでのパターンから判断して、中国の成長率とインフレ率の推移を描いた円は今後も反時計回りに回転し続けるだろう。すなわち、インフレがさらに下がっていくという形で、2012年の前半に景気は「スタグフレーション期」から「後退期」に移る。この段階で、緩和策が本格的に実施され、これがきっかけとなって、秋に5年ぶりに開催される中国共産党全国代表大会に向けて、成長率は上昇に転じ、景気も「回復期」に進むだろう。

2012年1月31日掲載

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2012年1月31日掲載