中国経済新論:実事求是

中国景気の行方

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年10月25日掲載)

中国政府は、景気過熱の解消を目指して、2010年年初以来、金利と預金準備率の引き上げを中心に、引き締め政策を採ってきた。海外における景気の低迷も加わり、景気が減速しており、これまで上昇し続けてきたインフレ率も今年の7月をピークに低下し始めている。今後、経済成長率とともに、インフレ率もさらに下がっていくと予想され、それにより、金融緩和の余地が広がっていくだろう。これをきっかけに、2012年の年初から秋に開催される予定の共産党全国大会に向けて、中国経済は再び回復に向かうと予想される。

過熱期からスタグフレーション期へ

中国では、2010年1月以来、預金準備率が12回にわたって計6%ポイント引き上げられ、21.5%という史上最高の水準となった。また、2010年10月以来、政策金利のベンチマークとなる一年満期の貸出基準金利も5回にわたって計1.25%ポイント引き上げられた。これを受けて、マネーサプライの伸びは、2009年11月の29.7%から2011年9月には13.0%まで低下している。

金融引き締め策が功を奏する形で、景気が緩やかに減速してきており、インフレ率も沈静化に向かいはじめている。中国の経済成長率は、2010年第1四半期に記録した11.9%をピークに、低下傾向を辿っており、2011年第3四半期には9.1%と、2009年第2四半期以来の低水準となった。消費と投資といった内需項目に加え、ヨーロッパをはじめとする世界経済の低迷により、輸出の伸びも鈍化しており、成長率を押し下げている。

一方、2011年の第3四半期のインフレ率は、第2四半期の5.7%を上回る6.3%になったものの、月次では、7月の6.5%をピークに、8月には6.2%、9月には6.1%へと低下している。次の理由から、今後のインフレ率は一層低下する可能性が大きいと見られる。まず、経済成長の減速が続いており、市場の需給関係の改善により、物価上昇圧力が緩和されている。第二に、マネーサプライの伸びの鈍化に象徴されるように、市場の流動性がタイトになってきている。第三に、今年の秋は穀物が豊作であり、これにより食料品価格の上昇に歯止めがかかるだろう。第四に、昨年の第4四半期のインフレ率は高水準であったため、比較となるベースが高かった分だけ、今年の第4四半期には低い数字が出やすい。最後に、国際商品市況は低下傾向に転じており、このことは、輸入インフレ圧力の低下につながるだろう。実際、消費者物価指数(CPI)の先行指標とされる生産者物価指数(PPI)の前年比上昇率は、7月に7.5%とピークを打った後、8月には7.3%、9月には6.5%に低下している。

現在の成長率は、リーマン・ショック以降の平均値の9.5%を下回っているが、これに対してインフレ率は、まだ同平均値の2.5%を上回っている。景気循環に沿って言えば、中国経済は、「高成長・高インフレ」という「過熱期」(2010年第2四半期から2011年第2四半期)から「低成長・高インフレ」という「スタグフレーション期」に入っている。今後、金融引き締めの影響が一層顕著になり、来年の初めに、景気が「低成長、低インフレ」という「後退期」に入るだろう。

金融引き締めから緩和へ

中国における景気減速とインフレ率の低下に加え、米国債格下げと欧州の財政危機に伴う国際金融市場の混乱もあり、市場において、利上げや預金準備率の引き上げ観測が大幅に後退してきている。その代わりに、金融緩和への期待が急速に高まっている。

2011年9月30日に発表された中国人民銀行貨幣政策委員会2011年第3四半期例会では、インフレ圧力について、前回の「依然高止まる」から「ある程度緩和したもののなお高止まる」へと表現が幾分柔らかになった(中国人民銀行ウェブサイト、2011年9月30日)。また、金融政策を行う際、初めて「展望性」が強調されるようになった。このことは、今まで採ってきた引き締め策の影響で、景気が急速に冷えてくる懸念が生じれば、それを防ぐために先手を打って、金融緩和に転換する可能性を示唆している。

2010年以降の金融引き締め策は、利上げよりも、預金準備率の引き上げを中心に行われてきた。実際、今回の「過熱期」において、1回目の預金準備率の引き上げが2010年1月に実施されたが、1回目の利上げはそれより9ヵ月遅かった。来るべき金融緩和への転換においても、利下げより先行する形で預金準備率の引き下げが行われ、そのタイミングは、景気が後退期に入ると予想される来年の年初となろう。

来年秋の党大会に向けて回復へ

2012年秋には5年ぶりに中国共産党全国代表大会(党大会)が開催される予定である。党大会は、中国共産党にとって経済面の実績をアピールし、また、次世代のリーダーたちにとって地方での実績をテコに中央入りを目指す絶好の機会である。これを反映して、党大会が開催される年には拡張的財政金融政策が採られがちで、成長率も高くなるという傾向が見られる。1981年から2010年にかけて、中国の年平均成長率は10.1%だが、党大会が開催される6年分(1982年、1987年、1992年、1997年、2002年、2007年)に限ると、それを1.2%上回る11.3%となっており、前回の2007年に至っては14.2%に達した。来年も、拡張的財政・金融政策が採られると見られ、秋に開催される党大会に向けて、景気は再び「高成長、低インフレ」という回復期に入ると予想される。

2011年10月26日掲載

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