中国経済新論:実事求是

空洞化なき高度化を目指す中国

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年9月1日掲載)

改革開放以来、中国は、年平均10%近い高い経済成長を遂げており、これを可能にした要因の一つは、無限と言ってよいほどの豊富な労働力の存在である。しかし、近年、出稼ぎ労働者の不足とそれに伴う賃金の急騰を背景に、労働集約型製品において競争力が失われつつある。空洞化を回避すべく、中国は、産業の高度化を目指しており、成果を上げている。

雁行形態に沿った産業の高度化

多くの国が経験したように、中国においても、経済発展とともに輸出の中心が一次産品から工業製品へ、工業製品の中では労働集約型製品から資本・技術集約型製品へと移っていくというパターンが見られる。これは主要品目の輸出全体に占めるシェアの推移を追うことで確認できる。具体的に、輸出に占める一次産品のシェアは、1980年の50.3%から2010年には5.2%に低下している一方、工業製品のシェアは逆に49.7%から94.8%に上昇している。工業製品の中で、資本・技術集約型製品である機械類の輸出全体に占めるシェアは1980年の4.6%という低水準から一貫して上昇しており、2009年についに労働集約型製品を中心とするその他の製品を上回るようになり、輸出の主役に躍り出た。

中国におけるこのような貿易構造の変化は、戦後、アジア地域で見られた「産業発展の雁行形態」に沿ったものである。ここでいう「産業発展の雁行形態」とは、アジア各国が工業化の発展段階に応じ、それぞれ比較優位のある工業製品を輸出するといった分業関係を維持しながら、外資導入などを通じて産業構造を高度化させていくという構図である。例えば、1960年代以降、繊維をはじめとする多くの製造業の中心地が、発展段階に従って、日本から、NIEsへ、東南アジア諸国連合(ASEAN)へ、そして中国へシフトしてきた。一方で、先発国である日本では製造業の中心が繊維から、化学、鉄鋼、自動車、電子・電機へと高度化してきた。先発国も後発国も、それぞれが積極的に新産業の育成と衰退産業の海外への移転を組み合わせた産業構造調整を進めていくことは、地域全体のダイナミックな発展の原動力となっている。

中心は軽工業から重工業へ

中国は、1970年代末に改革開放路線に転換したことをきっかけに、アジア地域における雁の列に加わることになった。特に1992年に「社会主義市場経済」という改革の目標が提示されてから、中国の豊富な労働力と低賃金という優位を活かそうと、労働集約型産業を中心に、世界中から中国への投資が急増した。それに伴う資本蓄積や技術導入をテコに、WTO加盟を果たした2001年頃には、中国はすでに世界の工場としての地位を固めた。

しかし、1980年代以降は人口抑制のために実施されている「一人っ子政策」の影響を受けて、労働人口の伸びは次第に鈍化してきている。それに加え、若者を中心に、農村部から都市部への労働力の移転が急速に進む中で、中国は経済発展における完全雇用の段階(いわゆる「ルイス転換点」)にさしかかっている。労働力が過剰から不足へ向かいつつある中で、賃金が高騰している。その結果、繊維をはじめとする労働集約型産業の国際競争力が急速に低下してきている。これらの産業は、沿海地域から内陸部への移転だけでなく、海外への移転も加速している。

その一方で、中国では、自動車や鉄鋼など、より付加価値の高い産業が急速に成長しており、産業の中心は軽工業から重工業にシフトしている。2010年の中国における自動車生産台数は日米の合計を上回る1,826万台に達し、粗鋼生産も世界全体の44.3%に当たる6.3億トンに達している。特に、世界の主要自動車メーカーは、急拡大している中国市場におけるシェアの獲得競争にしのぎを削っている。

このように、中国においては、付加価値の低い産業が退場する一方で、付加価値の高い産業が成長している。この現象は、「産業の空洞化」として懸念するよりも、「産業の高度化」として評価すべきであろう。

本格化する中国発のアジア産業再編

中国における産業の高度化の進展に合わせて、日本企業は、対外直接投資を行う際、付加価値の低い製品の生産を中国から、より労働コストの安い東南アジアの国々に移転する一方で、より付加価値の高い製品の中国での生産拡大を目指すようになった。

前者の例として、青山商事や良品計画が三年後をめどに、中国での生産比率をそれぞれ現在の75%、60%から50%以下に抑える予定である(日本経済新聞、2011年8月18日付、9面参照)。

後者の例として、人件費高騰が続き省力化投資の需要が急増していることを背景に、ヤマザキマザックやアマダなど、工作機械大手が、コンピューターで制御する高性能機の中国での生産を本格化させている。(日本経済新聞、2011年8月23日付、9面参照)。

日本企業に限らず、欧米の企業も、対中戦略の転換を迫られている。その結果、中国を中心とするアジアにおける産業の再編がこれから本格化すると予想される。これは、中国よりコストの安い東南アジアの国々や、インドなどの新興国にとって、直接投資の流入をテコに工業化を加速させる好機としてとらえることができる。しかし、その一方で、これまでアジアの雁の列の先頭に立っていた日本にとっては挑戦である。今後、新しい成長分野を開拓し、産業の高度化を進めていかなければ、空洞化の懸念がますます高まってくるだろう。

2011年9月7日掲載

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