中国経済新論:実事求是

中国の新しい成長拠点となる重慶市

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、「西部大開発」という国策の実施と、産業の沿海地域から内陸部への移転という波に乗って、重慶市は、中国の中でも成長が最も目覚ましい地域の一つとして浮上してきた。従来の国内向けの自動車・オートバイ、設備製造、素材産業、天然ガス・石油化学工業に加え、輸出向けの電子情報産業が新たな成長エンジンになってきた。一方、中央政府は、重慶市の更なる発展を支援すべく、上海市の浦東と天津市の濱海に続く3番目の国家級の開発開放新区となる「両江新区」の設立を認可するなどの方策を打ち出している。このような有利な市場環境と政策環境を活かし、重慶市は、第12次五ヵ年計画(2011-2015年)に12.5%という高い成長目標を盛り込むなど、更なる飛躍を目指している。

抜群の経済パフォーマンス

重慶市は、四川盆地の東南部に位置し、長江と嘉陵江の合流点に当たるため昔より交通の要所である。かつて四川省に属していたが、1997年に北京市、上海市、天津市と並ぶ中国で4番目の直轄市に昇格した(表1)。その狙いは、内陸部の経済発展の促進、沿海地域と内陸部の格差の縮小、三峡ダム・プロジェクトの推進に伴う移転住民(約100万人)の受け入れであった。重慶市は省と同じレベルの行政区である直轄市になることにより、中央政府からの支援が強化されるようになった。その上、党と政府の組織において重慶市と中央との「距離」が大幅に縮まり、市のトップのポストにより力のある幹部が配置されるようになった。その結果、中央とのパイプが太くなり、重慶市の要求が中央の政策に反映されやすくなった。

表1 四つの直轄市の比較(2010年)
表1 四つの直轄市の比較(2010年)
(注)2010年の年平均レート(1ドル=6.7695元)で換算
(出所)『中国統計摘要』2011、面積は各市政府公式ウェブサイトより作成

重慶市は1960年代から70年代にかけて、「三線建設」(戦争に備えるための工業の内陸部移転)の拠点都市として一定の工業基盤が築かれたが、近年、国策となった西部大開発と沿海地域から内陸部への産業移転という千載一遇のチャンスをとらえ、急成長してきた。これを反映して、実質GDPをはじめ、重慶市の成長性を示す主要な経済指標の伸び率は、全国だけでなく、これまで中国経済をリードしてきた上海市をも大きく上回るようになってきた(表2、図1)。2010年の重慶市の実質GDP成長率は17.1%と、天津市に次いで全国第二位となった。輸出は前年比75.0%増、そのうち、外資企業による輸出は同106.5%、加工貿易は同107.0%と急増した。これは、外資による直接投資(実行ベース)が前年比58.0%伸びたことを反映している。外資にとどまらず、国内の他の地域からの投資も前年比79.7%伸びた。2011年に入ってからも重慶市経済の好調は続いており、上半期の実質GDP成長率は16.5%に達している。上半期の輸出は前年比78.7%増、そのうち、外資企業による輸出は同241.0%、加工貿易は同272.8%と急増している。外資による直接投資も、実行ベースで、前年比136.6%伸びている。

表2 重慶市と上海市、全国の主要経済指標の比較
表2 重慶市と上海市、全国の主要経済指標の比較
(注)「規模以上企業」は年間営業収入500万元以上の企業を指す
(出所)中国国家統計局、重慶市統計局、上海市統計局より作成
図1 上海市を上回るようになった重慶市の経済成長率
図1 上海市を上回るようになった重慶市の経済成長率
(注)2011年は上半期
(出所)CEICデータベースより作成

重慶市の高成長を支えているのは、工業の目覚ましい発展である。従来の自動車・オートバイ、設備製造、素材産業、天然ガス・石油化学工業に加え、電子情報産業が新たな成長エンジンになってきた(表3)。中でもノートパソコンの生産規模の拡大は目を見張るものがある。2009年にはノートパソコンの生産はなかったが、ヒューレット・パッカードや、フォックスコン(富士康)、インベンテック(英業達)、クアンタ・コンピュータ(広達電脳)、エイサー(宏碁)など、世界のトップブランドと受託生産会社の相次ぐ進出により、生産台数は、2010年には189万台、2011年上半期には729万台に達している。重慶市は、2015年までに年間生産台数が1億台、部品と原材料の現地調達率が80%という目標を打ち出している。これが実現されれば、重慶市は世界最大のノートパソコンの生産地となる。

表3 重慶市における基幹産業の発展状況(2011年上半期)
表3 重慶市における基幹産業の発展状況(2011年上半期)
(注)一定規模以上(年間営業収入500万元以上)の企業のみを対象。
(出所)重慶市統計局より作成

もっとも、内陸部に位置する重慶市は、沿海地域と比べ、外資企業の輸出のための生産基地として、輸送コスト面において不利な立場にあるが、2011年の春に「新ユーラシア・ランド・ブリッジ」(中国とヨーロッパを結ぶ鉄道ネットワーク)の一部である「渝新欧(重慶-新疆-欧州)鉄道」が全面開通したことにより、この問題の解決に向けて、大きく進展している。

中央政府の全面的支援

中央政府は、西部大開発のけん引車としての重慶市の役割を重視しており、その更なる発展を支援する方策を打ち出している。

まず、国務院は2007年6月に、重慶市を、成都市とともに「都市と農村の一体的発展に向けた総合改革試験区」に指定し、続いて、2009年1月に、「重慶市の都市と農村の一体的発展の推進に向けた若干の意見」を発表した。その中で、重慶市は西部地域における重要な成長基地、長江上流地域における経済センター、都市と農村の一体的発展のモデル地区に位置づけられた。この「意見」に沿って、重慶市は他の地域より先行する形で、都市部に移住した出稼ぎ労働者の農村戸籍から都市戸籍への転換を積極的に進めている。

また、国務院の認可を経て、2010年6月に重慶市の「両江新区」が、上海市の浦東、天津市の濱海に続く中国で3番目、また内陸部では唯一の国家級の開発開放新区として誕生した。「両江新区」は重慶市街区の長江以北、嘉陵江以東に位置し、面積は1,200平方キロメートルに上る。そのうち、開発面積は550平方キロメートルを占め、残りの650平方キロメートルは緑地帯として現状を保つ。「両江新区」は「一つの玄関、二つのセンター、三つの基地」、つまり西部地域の対外開放の重要な玄関、長江上流地域の現代的な商業・物流センター、長江上流地域の金融センター、国家の重要な現代的製造業と国家ハイテク産業の基地、内陸部における国際貿易の中継と輸出製品の加工の基地、長江上流地域の科学技術革新と科学研究成果の産業化の基地になることを目標としている。「両江新区」の開発は、内陸部の対外開放のシンボルとして、第12次五ヵ年計画にも盛り込まれている。

さらに、2011年2月、重慶市の沿江は、安徽省の皖江、広西チワン族自治区の桂東に続く中国第三の「産業移転受入モデル地区」として、国家発展改革委員会から認可を受けた。現在の産業を基礎に、先進的な製造業、電子情報産業、新素材産業、バイオ産業、化学工業、軽工業、現代的サービス業など七大産業を選択的に受け入れる。

そして、2011年3月、重慶市と四川省の成都市を中心とする「成渝経済区区域計画」が国務院の常務会議で可決された。「成渝経済区」の総面積は20万6,000平方キロメートル、人口は約1億人に上る。同計画では、「成渝経済区」の発展を加速することは、西部大開発の深化、地域の協調的発展の促進、総合国力の強化にとって重要な意味を持つと強調されている。今後、「成渝経済区」は、設備製造業、自動車・オートバイ製造業、電子情報産業、民用航空宇宙産業、冶金と素材産業、化学工業、繊維をはじめとする軽工業、製薬産業といった八大産業の発展をテコに、広東省の「珠江デルタ経済圏」、上海市を中心とする「長江デルタ経済圏」、北京市、天津市を中心とする「環渤海経済圏」に続く中国の第4の成長の軸となることを目指す。

飛躍期になる次の五年

このような有利な市場と政策環境を活かし、重慶市は、第12次五ヵ年計画(2011-2015年)において、次のような野心的目標を掲げている。

  • 西部地域における成長拠点の形成:実質GDP成長率は年平均12.5%前後(全国は7.0%)、2015年のGDP規模は2010年の約倍に当たる15,000億元、一人当たりGDPは50,000元以上を目指す。
  • 「三つのセンター」の構築:長江上流地域の金融センター、商業貿易物流センターおよび科学教育文化情報センターを構築する。
  • 「三つの格差」の縮小:富裕層と貧困層の間、都市と農村の間、地域の間の格差を縮小し、「共に豊かになる」ことを実現させる。都市と農村の住民収入差を2.5:1前後、中心と周辺地域の所得格差を2:1に縮め、地域間の公共サービスの平準化を目指す。
  • 「五つの重慶」の建設:「宜居重慶」(住み心地のよい重慶)、「暢通重慶」(交通の便利な重慶)、「森林重慶」(緑の多い重慶)、「平安重慶」(安全安心な重慶)、「健康重慶」(皆が健康に暮らせる重慶)を基本的に実現する。
  • 国民生活の全面的改善:引き続き財政一般予算の支出の半分以上を民生の改善に利用する。都市の失業率を4%以内に抑える。年金保険加入率を80%、医療保険加入率を95%に引き上げる。
  • 社会建設の強化:都市と農村で基礎的な公共サービスを提供する体制を整える。人口の自然増加率を年率0.55%以内に抑える。
  • 内陸部における対外開放の中心地域の建設:輸出入総額は1,000億ドル以上、対内直接投資は累計500億ドル、対外直接投資は同300億ドルを目指す。内陸部で最も活力と競争力のある開放的な地域を作り上げる。
  • 総合的改革の発展:都市と農村の一体的発展のための制度建設、戸籍、住居、収入分配といった分野の改革において明らかな成果を収める。
  • 持続的発展のための取り組み:単位GDP当たりエネルギー消費量を15%、単位GDP当たり二酸化炭素排出量を17%削減し、220.85万ヘクタールの耕地を確保する。

これらの目標を実現することにより、重慶市は、西部地域を超えて、中国経済全体をけん引する新たなエンジンになろう。

<参考:重慶市の位置>
参考:重慶市の位置
(出所)筆者作成

2011年8月24日掲載

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