中国経済新論:実事求是

調整局面に入った不動産市場

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、リーマン・ショック以降の金融緩和を受けて、不動産市場は、主要都市の住宅販売価格が前年比10%を上回るペースで急騰するなど、バブルの様相を呈している(図1)。その結果、マイホーム実現の夢がますます遠のいてしまう庶民の間で不満が高まっているだけでなく、不動産バブルがいっそう膨張すれば、それが崩壊するときの銀行部門やマクロ経済が受ける打撃がますます大きくなる。このような事態を避けるべく、2010年4月17日に国務院は「一部の都市における住宅価格の急騰を断固として抑えることに関する通知」(国10条)を発表した。これを受けて、不動産市場は調整局面に入りつつある。

図1 バブルの様相を呈する不動産市場
-70大中都市住宅価格の推移-

図1 バブルの様相を呈する不動産市場
(出所)中国国家統計局より作成

本格化する不動産バブル対策

今回の不動産バブル対策は、銀行融資や不動産関連税制、住宅供給など広範囲に及んでおり、政府の強い決意を示している。その具体的内容は次のようなものである。

まず、物件の面積と、購入の目的を考慮した上、厳格な差別化した住宅ローン政策を実行する。具体的に、建築面積90平方メートル以上で自宅として居住する一軒目の住宅を購入する場合、頭金の比率が30%を下回ってはならない。また、2軒目の住宅を購入する場合、頭金の比率が50%を下回ってはならず、貸出金利は基準金利の1.1倍を下回ってはならない。そして、3軒以上の住宅を購入する場合、商業銀行はリスク管理原則に則って自主的に頭金比率と貸出金利の水準を大幅に引き上げなければならない。

また、投機目的の購入を厳しく抑制するために、不動産市場の過熱が特に深刻な地域では、さらに厳しい措置が求められる。その中には、3軒目の住宅購入を対象とする住宅ローンを停止させること、非現地居住者に対して、新規住宅ローンを一時的に停止させることや、一定の期間内に1家庭当たりの購入できる住宅数を制限することが含まれている。実際、これらの措置は、北京などの一部の主要都市ですでに実施されている。

さらに、税制面では、住宅の保有を対象とする不動産保有税制を即急に策定し、税法に従い、土地増値税(キャピタルゲイン税)の徴収を厳格に実施する。

最後に、住宅の有効供給を増やす。住宅価格の上昇が速過ぎる都市は、居住用地と公共賃貸住宅、中小タイプの普通分譲住宅の供給を大幅に増やす。

顕著となった政策効果

これらの対策の実施を受けて、これまで上昇し続けた不動産市場は調整局面に入りつつある。中国国家統計局によると、2010年5月の70大中都市住宅販売価格の前月比の伸びは4月の1.4%(年率18.16%)から0.2%(同2.4%)に鈍化している。より市場の実勢を反映すると思われる中国指数研究院の調査によると、2010年5月の30主要都市における住宅販売面積は、前月比44.2%減少し、中でも不動産投資がもっとも過熱しているとされる北京、上海、天津、重慶といった都市の落ち込み幅は、平均よりさらに大きい。また、同月の主要都市における住宅販売価格も全体的に低下しており、中でも北京、上海、天津、重慶の落ち込み幅は前月比10%を超えている(表1)。

表1 主要都市住宅売買状況(2010年5月)
表1 主要都市住宅売買状況
(出所)中国指数研究院より作成

住宅販売面積が住宅販売価格以上に落ち込んでいることは、買い手が価格の下落を見込んで買い控えているのに対して、売り手は高い価格をなんとか維持しようとしていることの表れである。しかし、売り手は、資金繰りが悪化するにつれて、いずれ値下げに踏み切らざるを得ないだろう。このように、販売面積の減少は、今後の不動産価格がさらに低下する可能性が大きいことを示唆している。

不動産市場の変調は、世界の主要市場における株価の大幅調整や、金融政策の引き締め懸念とともに、中国国内の株価の急落をもたらしている。不動産株にとどまらず、住宅ローン市場の縮小と不良債権の増加という懸念から、銀行株もさえない展開となっている。

日本のバブル崩壊との相違点

不動産価格が大幅に下落すれば、1990年代以降の日本のように、中国も深刻な不況に見舞われるのではないかと懸念されるが、次の理由から、その可能性は低いと見られる。

まず、1990年代以降の日本は、すでに成熟した先進国であったのに対して、現在の中国は、まだ潜在成長性の高い発展途上国である。実際、バブル崩壊後の日本の成長率は好景気の時にも2~3%にとどまり、不況時にはマイナスになることもあったが、中国の成長率は好景気の時に12~13%に、不況の時も7~8%に達している。高成長に伴う所得の上昇は、不動産価格を支える上、仮に不動産価格の大幅な低下で家計が債務超過に陥っても、それを解消する力になる。

その上、バブル時の日本と比べて、中国における不動産取引の資金面での銀行への依存度は、相対的に低い。1980年代のバブル期の日本では、住宅ローンを除いても、建設、不動産、ノンバンクからなる不動産関連3業種への融資だけで全体の25%を占めていた。特に多くの不動産関連融資が、当局の監督が届かない「住専」といったノンバンクを経由したことは、不動産バブルの膨張に拍車をかけた一方で、バブル崩壊後の不良債権問題を深刻化させた。これに対して中国では、2010年3月現在、不動産関連融資は、住宅ローンを含んでも、銀行貸出全体の20%(住宅ローンを除くと7%)しかない。

もっとも、不動産関連融資の統計は、地方政府が設立した融資プラットホームを経由して不動産市場に流れているものを含んでいないため、実態を過小評価している可能性がある。これを考慮した上、中国銀行業監督管理委員会は主要銀行を対象に「ストレステスト」を行った結果、住宅価格の下落幅が30%以内であれば、銀行への影響は限定的であることが分かった。具体的に、上海の主要9行の場合、仮に住宅価格が30%低下すれば、不良債権比率が1.04%から1.41%に上昇し、予想される損失は、税引き前の利潤の8%に相当するという。

このように政府の対策の実施により、不動産価格の低下が避けられないものの、ソフトランディングの可能性が依然として高く、過度な悲観論は不要であろう。

2010年6月29日掲載

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