中国経済新論:実事求是

大卒者の就職難の原因と対策

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、中国経済が高成長する中で、中国全体では労働力の需給関係がタイトになってきているが、大卒者の就職難という問題は一向に改善されていない。その最大の原因は大学の定員の急拡大を受けて、労働力市場において大卒者が供給過剰になっていることや、大学教育の質が低下していることにある。それに加え、大学の授業内容と社会のニーズのミスマッチも問題をさらに深刻化させている。

中国では、大学(2年、または3年制の専門学校を含む)入学の定員は1998年の108.4万人から1999年に159.7万人(前年比47.3%増)に大幅に拡大された。その狙いは、長期的には産業を支える労働力の質を高めることにあり、短期的にはアジア通貨危機を受けて高まった失業の圧力を緩和させることにあった。大学の入学の定員はその後も増え続け、2008年には607.7万人に達しており、卒業者数もこの10年間で約6倍となった。大卒者の労働力市場において、供給拡大のペースは産業の高度化に伴う需要の拡大のペースを大幅に上回っている結果、大卒者の労働力市場は売り手市場から買い手市場に変わってきているのである。

中国における大学の進学率はすでに23.3%(2008年)に達しており、大学教育はエリート教育からマス教育の段階に入っている。これは国民全体の教育水準の向上をもたらしている反面、大学に進学する学生の平均レベルの低下につながっている。その上、教員数の増加が学生数の増加に追いつかず、学生100人当たりの教員数は1998年から2008年にかけて約半分に低下しており、大学教育の平均の質も落ちていると見られる(図)。

図 大学の定員拡大で低下する教員対学生比率
図 大学の定員拡大で低下する教員対学生比率
(出所)中国統計摘要2009より作成

市場経済では、賃金は労働に対する対価であり、その質を反映した生産性に見合って決められる。中国では、計画経済の時代に、労働力市場が存在せず、大卒者も他の労働者と同様に、政府による職場への「配置」に従わなければならならず、賃金水準も平等主義に基づいて政府によって決められていた。この制度は、1978年に改革開放に転換してから、段階的に改められ、1998年以降、職業の選択は本人の意思に委ねられるようになり、賃金水準も市場の需給関係を反映するようになった。近年、大卒者の初任給は、彼らの平均の質の低下と供給過剰を反映して伸び悩んでおり、特に2008年には景気悪化の影響も加わり、前年の水準を下回るようになった(注1)。

むろん、大卒者の量の増加と質の低下を反映した新しい「均衡水準」の賃金を彼らが受け入れれば、過剰は生じないはずである。しかし、実際、多くの大卒者が、期待される賃金水準を落としてまで就職を急がず、より待遇のよい仕事を探し続けるため、失業者が増えているのである。

大学教育の質の問題に加え、大学から送り出される人材が社会のニーズに十分対応していないことも、大卒者の就職難に拍車をかけている。実際、大卒者の専攻分野別の就職率を見ると、地質・鉱産(97%)、土木(94%)、機械(93%)といった工学(90%)が高い一方で、哲学(76%)、法学(79%)、理学(84%)は低くなっている(卒業半年後の2008年度大卒者(専門学校を除く)を対象)(注2)。

大学生が卒業しても就職できていないことは、せっかく形成された「人的資本」が活かされていないことを意味するだけでなく、彼らの不満が噴出すれば、社会が不安定になる恐れがある。この問題を解決するために、入学定員の拡大のペースを抑える一方で、大学教育の質を高めながら、社会のニーズに合わせて、カリキュラムを再編しなければならない。

2010年2月24日掲載

脚注
  1. ^ 前年度と比べて、卒業半年後の2008年度の大卒者の賃金は、重点大学が-13.6%、非重点大学が-11.0%、専門学校が-5.1%となっている(麦可思-中国2008届大学卒業生求職与工作能力調査、http://www.mycos.com.cn/)。
  2. ^ 出所は注1と同じ。

2010年2月24日掲載