中国経済新論:実事求是

高まる「国進民退」への批判
― 「国退民進」こそ中国が目指すべき方向 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は、1978年に改革開放に転換してから、市場経済化を進めており、その一環として、民営企業をはじめとする非国有企業の発展を促すとともに、国有企業の民営化を推進してきた。その結果、工業生産に占める国有企業の割合は、当初の約8割から、2008年には約3割まで低下してきた。しかし、2008年9月のリーマンショックとそれに対応するための政府の対策の実施を受けて、それまでの「国退民進」(国有企業のシェア縮小と民営企業のシェア拡大)とは逆に、一部では「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)という傾向が目立っている。

景気対策の恩恵を独り占めする国有企業

「国進民退」の背景には、企業が直面している次の四つの環境の変化が挙げられる。

まず、今回の世界的金融危機は、主に国内市場に専念する国有企業よりも、輸出依存度の高い民営企業により大きい打撃を与えている。その上、国有企業が経営困難に陥った場合、政府から資金面をはじめとする支援を受けることができるのに対して、民営企業の場合、その対象にはならない。

また、2009年の初めに相次いで発表された十大産業振興計画では、大きくて強い企業の育成を目指して、大型国有企業の主導での合併・買収(M&A)による企業再編を奨励している。

さらに、2008年11月に発表された4兆元に上る内需拡大策は、鉄道、道路、空港といったインフラ投資に集中しているが、これらはほぼ国有企業によって独占されている分野である。実際、それまで国有企業の固定資産投資の伸びは一貫して「その他」の伸びを下回っていたが、2008年第4四半期以降、両者は逆転している(図1)。

最後に、このような政府の政策に合わせて、銀行融資は民営企業よりも、国有企業に流れている。

国有企業の「活躍」が目立つ分野

「国進民退」の動きは、土地購入とM&Aの分野において特に顕著である。

まず、土地の購入については、国有企業である中国海外発展有限公司が2009年9月に中国一高い単価で上海の住宅用地を落札したことが話題を呼んでいる(落札価格は70億元)。上海に限らず、北京、重慶、瀋陽など、他の主要都市においても、国有の不動産会社による一等地の取得が相次いでいる。

図1 非国有企業を上回った国有企業の固定資産投資
図1 非国有企業を上回った国有企業の固定資産投資
(注)都市部のみ
(出所)中国国家統計局より作成

一方、M&Aでは、まず、2009年7月に国有の中糧集団有限公司と厚朴投資管理公司が民営の内蒙古蒙牛乳業(集団)股份有限公司傘下の中国蒙牛乳業有限公司(香港上場)に61億香港ドルを出資し、その20%の株を取得した。この出資額は中国の食品業界において、過去最大の規模に当たる。

続いて2009年9月に、民営企業である日照鋼鉄控股集団有限公司が国有企業の山東鋼鉄集団有限公司に吸収される形で、合併の合意に達した。これにより、宝鋼集団に次ぐ国内第2位の鉄鋼企業が誕生した。合併前の山東鋼鉄は巨額の赤字を抱えていたのに対して、日照鋼鉄は近年一貫して多額の黒字経営を維持していた。赤字企業が黒字企業を買収できたのは、買い手側が「国有」であるゆえに政府のサポートを得やすいからであると受け止められている。

国内にとどまらず、国有企業の海外でのM&Aも盛んになっている。このような海外投資は、エネルギーなど、資源開発分野に集中している。

懸念される市場化を中心とする経済改革の後退

社会主義の看板を維持しながら市場経済化を進める中国にとって、国有企業の在り方は常に論争の対象となっている。2004年に、公平性を強調する新左派はMBO(マネジメント・バイアウト)を中心に進められた国有企業の民営化を「国有財産の山分け」と批判し、世論の支持を得たが、その一方で、効率性の観点から民営化を支持する新自由主義者は守りの態勢を強いられた。しかし、今回は、次の理由から、世論は「国進民退」への批判に傾いており、両陣営の攻守の立場が逆転している。

まず、国有企業は独占の地位を利用して膨大な利益を上げているにもかかわらず、株主である国に支払っている配当金がわずかである。結局、その恩恵を受けているのは、一般国民ではなく、高い給料やボーナスをもらっている当該企業の幹部と従業員だけである。

また、国有企業による大量の土地の買い占めは、不動産価格の上昇に拍車をかけている。その結果、庶民のマイホームの夢がますます遠のいてしまっている。

さらに、国有企業に対する銀行の融資の一部は、リスクが高いプロジェクトに投じられ、将来、バブルがはじければ、不良債権が増えることになる。

最後に、これまで経済の中心が効率の低い国有企業から生産性の高い非国有企業に移っていくことは、高成長の原動力になっていたが、「国進民退」に象徴される最近の一連の動きは、これに逆行するものである。

成長性の低下につながりかねない「国進民退」

「国進民退」は次の理由から経済全体の成長性を抑えかねない。

まず、大型国有企業は、独占の利益を維持するために、行政当局に圧力をかけ、市場参入の壁を高くしがちである。それによって、競争原理の導入や市場のさらなる開放が困難になってしまう。

また、独占企業は容易に利益を上げられるがゆえに、効率を向上させるインセンティブが働かず、国際市場において競争力が欠如したままである。実際、中国が世界の工場と呼ばれるようになったにもかかわらず、その担い手は、あくまでも外資企業であり、米フォーチュン誌が毎年発表する「世界トップ企業500社」にランクインしている中国の国有企業は、輸出にはほとんど貢献していない。

さらに、国に還元されず内部留保となった国有企業の利潤の大半は再投資されることになるが、残念ながらこのような投資は、必ずしも企業価値の向上のために有効に行われているわけではない。最近急増している中国の国有企業による海外でのM&Aも例外ではない。

このような弊害を是正するために、中国としては「国進民退」ではなく、「国退民進」を目指すべきである。

2010年2月3日掲載

関連記事

2010年2月3日掲載