中国経済新論:実事求是

成長の制約となる労働力供給
― 政策目標は雇用創出から生産性の上昇へ ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

トレードオフ関係にある雇用拡大と生産性の上昇

中国では、これまで大量の過剰労働力が農村部に存在するため、雇用を創出することは、政府にとって至上命題であった。しかし、経済発展における完全雇用の段階が近づくにつれて、労働力の供給は成長の制約になりつつある。高成長を維持していくためには、政策の重点を雇用創出から生産性の上昇に移していかなければならない。このことは、中国が目指している「粗放型成長」から「集約型成長」への転換という方針とも一致している。

1991年から2008年まで、中国におけるGDP成長率が10.3%に達していたのに対し、雇用の伸びは年率1.0%にとどまっている(表1)。中国では高い経済成長率と低い雇用の伸びが共存している現状を「雇用なき成長」と呼び深刻な構造問題として捉えている経済学者が多い。政府も雇用確保のために、労働集約型産業の発展を優先させてきた。

表1 各産業のGDP・雇用者数・労働生産性(2008年)
表1 各産業のGDP・雇用者数・労働生産性(2008年)
(出所)『中国統計摘要』2009より作成

しかし、角度を変えれば、雇用が年率1.0%しか伸びていないのにGDPが10.3%も成長していることは、労働生産性の伸びが年率9.3%に達し、経済成長に大きく寄与していることを意味する。「雇用なき成長」も、「雇用の拡大に頼らない成長」(=労働生産性の上昇による成長)と見ることができる。

このように、GDP成長率が所与とすれば、労働生産性の上昇と雇用創出はトレードオフ関係にある。どちらを優先すべきかは、労働市場の需給の状態によって判断が異なる。労働力が余り、失業者が溢れることを前提にすれば、労働生産性を犠牲にしても雇用の機会を創出しなければならない。これに対して、完全雇用が達成されると、高い成長率を持続させていくためにも、労働生産性の高い伸び率を維持しなければならない。

近づくルイス転換点

これまで、中国の農村部には、1.5億人ほどの余剰労働力が存在すると言われてきた。政府がまとめた「国家人口発展戦略研究報告」(2007年1月に発表)においても、同じ数字が援用されている。このような「労働力過剰説」に対して、中国社会科学院人口・労働研究所の蔡昉所長は、一連の研究で、少子化と高齢化の進行と、大規模な人口流出に伴う農村部における過剰労働力の枯渇を根拠に異論を唱えている。その上、経済発展における完全雇用の達成を意味する「ルイス転換点」は2009年にも到来すると論証し、話題を呼んだ(「中国経済が直面している転換とその発展と改革への挑戦」、『中国社会科学』、2007年第3期,「中国における雇用の拡大と構造変化」、中国社会科学院における報告、2007年5月10日)。

その後、リーマン・ショックを受けて、一時的に労働に対する需要が大幅に落ち込み、都市部では、多くの出稼ぎ労働者が職を失い、田舎に帰らなければならなかった。しかし、2009年夏以降、都市部の求人倍率(日本の有効求人倍率に近い概念)やPMIの雇用指標の大幅な改善によって示されるように、景気回復とともに、労働の需給が再びタイトになってきている(図1)。

図1 景気回復で改善する雇用情勢
図1 景気回復で改善する雇用情勢
(注1)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録されている求人数/求職者数によって計算され、人力資源社会保障部が所管する「中国労働力市場信息網監測中心」が四半期ごとに発表する「部分都市労働力市場需給状況分析」によるものである。
(注2)PMIの雇用指数はPMI指数(購買担当者指数)の中で雇用状況を反映する指数である。
(出所)中国国家統計局、人力資源社会保障部および中国物流購買連合会より作成

今後、急速に労働力過剰から不足に向かうにつれて、雇用全体の伸びがさらに低下していくだけでなく、第一次産業から他の産業への労働力移動のペースも鈍ってくると予想されることから、これまでの高い経済成長率の維持はますます困難となる(BOX参照)。これをきっかけに、政府の政策の優先順位も雇用重視から生産性重視に変わっていくだろう。その上、大量の雇用機会を創出しなければならないという制約から解放されれば、中国は、労働集約型産業から「卒業」し、より付加価値の高い分野に資源をシフトする形で、産業の高度化が加速するだろう。最近、中国において労働集約型産業が不振に陥る一方で自動車や鉄鋼といった重工業が躍進を遂げているように、その兆候はすでに現れている。

BOX GDP成長率と労働生産性の上昇を支えた産業間の労働力移動

GDP成長率で見た産業全体の生産の伸びは、雇用量(労働投入)と労働生産性の伸びを反映するが、後者は、各産業における労働生産性の伸びだけでなく、産業間の労働力移動にも左右される。

中国では、産業別の労働生産性は、レベルで見ても、伸び率で見ても、第二次産業が最も高く、第三次産業と第一次産業の順で下がっていく(前出の表1)。各産業における労働生産性の上昇に加え、第一次産業から、第二次産業と第三次産業への労働力の移動も、全体の労働生産性を高めている。

実際、1991年から2008年までのデータを対象に、GDP成長率を「雇用者数の拡大」と「労働生産性の上昇」に、また労働生産性の上昇を「産業別労働生産性の上昇」と「産業間の労働力移動」といった要因に分解してみると、GDP成長率(10.3%)のうち、雇用者数の拡大と労働生産性の上昇による寄与度はそれぞれ1.0%と9.3%、また労働生産性の上昇のうち、産業別労働生産性の上昇と産業間の労働力移動による寄与度はそれぞれ7.8%と1.5%と推計される(図2)。

図2 GDP成長率と労働生産性上昇の要因分解(寄与度)
図2 GDP成長率と労働生産性上昇の要因分解(寄与度)
(出所)表1のデータ(1991年~2008年)に基づいた筆者の推計。

2009年11月27日掲載

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