中国経済新論:実事求是

景気の早期回復を目指す中国

関志雄
経済産業研究所

米国発の金融危機をきっかけに世界経済は深刻な不況に陥っており、中国も景気が急速に悪化してきた。2008年の第4四半期のGDP成長率は6.8%と、ピークであった2007年の第2四半期の13.8%と比べて大幅に低下している。これに対して中国政府は、早い段階から、2009年の成長目標を8%と定め、内需拡大を中心とした景気対策を打ち出している。3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)で、温家宝首相は、2009年が新しい世紀において中国の経済発展にとって、最も困難な一年となるという厳しい認識を示しながらも、8%という成長目標が達成できるという自信を見せた。これは決して根拠のない希望的観測ではなく、政府の景気対策と中国経済のファンダメンタルズに裏付けられたものである。

一、最優先課題となった成長維持

中国では、外需が落ち込む中で、成長の維持はマクロ経済政策の最優先課題となった。

まず、昨年9月以降、金融緩和が行われている。基準となる一年満期の貸出金利がすでに5回にわたって計2.16%引き下げられ、5.31%となり、融資に対する総量規制も廃止となった。インフレ率がピークであった2008年2月の8.7%から今年の2月には-1.6%と、マイナスに転じたことを受けて、更なる金融緩和の余地が広がっている。その上、政策金利は0%という壁にぶつかり、それ以上下げられないという日本や米国をはじめとする主要国の状況とは対照的に、中国はこのような制約を受けていていない。

第二に、2005年7月の管理変動相場制への移行から始まった「元高」傾向が昨年7月に一段落した。それ以来人民元レートは1ドル=6.8-6.9元前後で安定している。海外市場での需要が大幅に落ち込んでいる中で、人民元が安定化してきたことは、三回にわたって実施された輸出にかかわる付加価値税の還付率の引き上げとともに、輸出の下支えとなっている。

第三に、拡張的財政政策の目玉として、2008年11月に、インフラ投資を中心に、2010年までの2年余りの間に4兆元に上る内需拡大策を実施する計画が発表された。これに伴う政財赤字を賄うために、2009年に中央政府は7500億元(前年度比5700億元増)の国債を発行し、同時に国務院は地方政府が2000億元の債券を発行する(財政部による代理発行)ことを認め、資金は省レベルの予算管理に組み込まれることになった。これは、実質上これまで認められなかった地方債の発行の解禁を意味する。中央と地方を合わせると財政赤字額は9500億元(GDPの約3%)となる。

第四に、1月から2月にかけて、①鉄鋼、②自動車、③繊維、④設備製造、⑤石油化学、⑥軽工業、⑦電子情報、⑧船舶、⑨非鉄金属、⑩物流からなる十大産業を対象とする振興計画が相次いで発表された(表1)。その狙いは、短期的には企業の負担を減らし、収入を増やすことを通じて、世界的な金融危機の産業への影響を緩和することであり、長期的には中国の産業技術の高度化と構造改革を促すことである。

表1 十大産業振興計画(2009年1月~2月発表)
表1 十大産業振興計画(2009年1月~2月発表)
(出所)国務院常務会議で承認された各産業の振興計画より作成

最後に、消費の振興は公共投資の拡大とともに景気対策のもう一本の柱として位置づけられるようになった。今回の全人代における温家宝首相の政府活動報告において、新しい消費分野と農村における消費の拡大を図ることが重点課題として掲げられている。新しい消費分野としては、自動車や観光、スポーツなどが挙げられている。また、農村部の消費を拡大するために、農民に対してテレビや冷蔵庫などの家電を購入する際、13%の補助金を支給すると同時に、農村部における流通網の整備も急いでいる。「民生」重視という姿勢に合わせて、4兆元に上る内需拡大策の使い道は一部見直され、中でも、鉄道・道路・飛行場・水利等重大インフラ建設及び都市電力網改造の分は当初の1.8兆元から1.5兆元に削減されたのに対して、医療・衛生、教育、文化等社会事業発展の分は400億元から1500億元に増額された。

二、歯止めがかかった景気減速

政府の景気対策が功を奏しつつある。1月と2月の主なマクロ経済指標は、外需が依然として冷え込んでいるが、内需が比較的堅調に推移しており、景気全体の下支えとなっていることを示している(図1)。なお、旧正月の大型連休の時期は、昨年が2月であったが、今年は1月に移っており、営業日数の差から来るバイアスを除去するために、以下では主に1-2月の合計をベースに議論を進める。

図1 中国の主要マクロ経済指標の推移
図1 中国の主要マクロ経済指標の推移
(出所)CEIC Dataより作成

外需の面では、1-2月の輸出(ドルベース)は前年比-21.1%、輸入(同)も-34.2%と昨年の11月と12月に続いてマイナスの伸びとなった。輸入の落ち込みが輸出より大きかったのは、石油をはじめとする輸入価格が大幅に低下したことを反映しているからである。米国をはじめ、先進国市場における景気回復がまだ見込めない中で、輸出の低迷は当面続きそうである。

外需の落ち込みとは対照的に、消費と投資からなる内需は比較的高い伸びを維持している。

まず、消費の面では、1-2月の(社会消費財)小売売上(名目)は前年比15.2%と伸びており、中でも農村部(県と県以下)の伸びは17.0%と、都市部の14.4%を上回っている(図2)。インフレ率がマイナスになっていることを合わせて考えると、実質ベースで見た小売売上の伸びはもっと高くなる。これは昨年第4四半期と比べてやや減速しているが、二桁の経済成長を遂げた2003-2007年の実績を上回るものである。

自動車の販売台数も1-2月には前年比2.7%と、昨年第4四半期の-8.2%から回復している。中でも、2月の自動車販売台数は前年比24.7%増の82万7600台で、4ヵ月ぶりに前年を上回った(図3)。自動車の販売台数が80万台に回復したのは昨年6月以来のことで、米国の販売台数を2ヵ月連続で上回り、中国は世界最大の自動車市場となった。中でも、車両取得税の減免措置を受けて、中国ブランドを中心に排気量1600cc以下の車種の売れ行きが好調となった。

図2 社会消費品小売売上の推移:都市部vs農村部
図2 社会消費品小売売上の推移:都市部vs農村部
(注)農村部は県と県以下
(出所)CEIC Dataより作成
図3 月間自動車販売台数の推移
-見え始めた回復の兆し-

図3 月間自動車販売台数の推移
(出所)CEIC Dataより作成

中国における民間消費の対GDP比は35%前後と、米国の半分に当たる低水準にあるが、その分だけ伸びる余地も広いはずである。これまで所得格差の拡大が消費を制約する要因とされてきた。実際、民間消費の対GDP比は、都市部と農村部の間の所得格差の拡大とともに低下しているという傾向が見られる(図4)。これに対して、2002年に登場した胡錦涛政権は調和の取れた社会を目指して、農民に対する税金の減免や、農村部のインフラと公共サービスの改善に取り組んできた。ここに来て、これらの政策はようやく効果を上げ始めている。農村部と都市部の格差の拡大に歯止めがかかるようになったことを受けて、2008年に民間消費の伸びは、2000年以来初めて、GDPの伸びを上回り、これを反映して、民間消費の対GDP比は上がるようになった。1-2月の小売売上の動きから判断して、この傾向が今年に入ってからも続いている。

図4 民間消費の制約となる所得格差
図4 民間消費の制約となる所得格差
(注)※都市は1人当たり可処分所得、農村は1人当たり純収入
(出所)『中国統計摘要』2008より作成

内需のもう一本の柱である投資も好調である。1-2月の都市部の固定資産投資額が前年比26.5%増となり、伸び率は昨年通年の26.1%を上回っている。インフレ率が低下していることを合わせて考えれば、実質ベースでみた投資額の伸びはさらに高くなる。4兆元に上る内需拡大策の始動を反映して、鉄道・運輸業における固定資産投資は210%増えた。

一方、生産面では、1-2月の工業生産(付加価値ベース、実質)の伸びは前年比3.8%と、昨年12月の5.7%(第4四半期は6.4%)を下回っている。1-2月のデータをベースに推計すると、第1四半期のGDP成長率は、昨年第4四半期の6.8%をさらに下回る可能性が大きい。もっとも、2008年は閏年で、2月が29日あったことを考慮すると、実勢では1-2月の工業生産の伸びは5.2%(国家統計局による試算)になり、景気の減速にはむしろ歯止めがかかっていると見るべきである。

三、景気回復を示唆する先行指標

その上、中国における景気回復を示唆する明るい兆しが見え始めている。

まず、製造業部門の景況を示す購買担当者指数(PMI)は昨年11月の38.8%をボトムに、回復に向かっており、2009年3月には52.4%と、昨年9月以来初めて景気判断の分かれ目となる50%を超えている(図5)。その構成項目のうち、特に「生産高指数」と「新規受注指数」は目立った改善を見せている(BOX)

図5 景気の改善を示すPMIとその構成項目
図5 景気の改善を示すPMIとその構成項目
(注)サプライヤー納期は反転(100%から原係数を引いたもの)
(出所)CEIC Dataより作成

また、株価が上昇傾向に転じている。海外の主要市場において株価が下がり続ける中で、今年の2月の初めに上海総合指数が、昨年9月に起きたリーマン・ショックの前の水準に回復した(図6)。

さらに、貨幣供給量(M2)と銀行の貸出しの伸びも加速している(図7)。2月のM2は前年比20.5%、人民元建ての貸出額は同24.2%という高い伸びを見せた。

PMI、株価、貨幣供給量などは、景気の先行指標であることを考えれば、中国経済は今年の第1四半期にボトムを打ち、年の後半から本格的に回復に向かう可能性が高いと見られる(図8)。

図6 リーマン・ショック以前の水準に回復した上海総合指数
―日米市場とのデカップリング―

図6 リーマン・ショック以前の水準に回復した上海総合指数
(出所)Bloombergより作成
図7 加速するM2と人民元貸出の伸び
図7 加速するM2と人民元貸出の伸び
(出所)Wind資訊より作成
図8 工業生産の先行指標としてのPMI指数
図8 工業生産の先行指標としてのPMI指数
(注)工業生産は付加価値ベース(実質)
(出所)CEIC Dataより作成

BOX:PMI指数とは

中国の購買担当者指数(PMI)は、全米供給管理協会(Institute for Supply Management)のISM製造業景況指数をモデルに、中国物流購買連合会によって発表される。具体的に、次の数式に従い、新規受注数指数、 生産高指数、雇用指数、サプライヤー納期指数、原材料在庫指数の加重平均として算出される。

購買担当者指数(PMI)=
 新規受注数指数 × 0.30 + 生産高指数 × 0.25 + 雇用指数 × 0.20
 + サプライヤー納期指数(反転) × 0.15 + 原材料在庫指数 × 0.10

サプライヤー納期指数に(反転)とあるのは、経済状況に対する関係が他の指数とは逆であるために調整することを意味する。各構成指数は、今月が前月と比べて「増加」と答える企業の比率に、「変わらない」と答える企業の比率の半分を足すことによって得られる一種のディフュージョンインデックス(Diffusion Index)である。このように算出されるPMI指数は、0%から100%までの値をとり、値が大きいほど景気が強いことを示すが、50%は景気が拡大に向かっているかそれとも縮小に向かっているかの分かれ目となる。なお、発表される数字は季節調整済みのものである。

2009年4月6日掲載

2009年4月6日掲載