中国経済新論:実事求是

試練に立つ人口大国
― 聞こえてきた高齢化社会の足音 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「人口が多く、発展のレベルが低いことは、中国が抱える最も重要な二つの国情である。中国は13億の人口を有し、どんなに小さな問題でも、13億でかければ大問題になり、どんなにたくさんのカネとモノがあっても、13億で割れば、非常に低い一人当たりのレベルになる。これは、中国の指導者が常にしっかりと覚えておかなければならないことである。」

温家宝総理、ハーバード大学における講演、2003年12月10日

中国では、人口抑制を目指して、1970年代の前半に計画出産政策が開始され、その一環として80年代の初めに一人っ子政策が実施された(BOX)。乳児死亡率の低下と平均寿命の上昇も加わり、比較的短期間で、「高出生率、高死亡率、高人口増加率」という発展途上国型から、「低出生率、低死亡率、低人口増加率」という先進国型への「人口転換」を遂げてきた(図1)。この転換期において、少子化が高齢化より先行する形で、生産年齢人口の比重が上昇し、扶養比率が低下することにより、経済成長に有利に働く「人口ボーナス」が発生した。しかし、ここにきて、高齢化の足音も聞こえはじめており、生産年齢人口の比重が低下し、扶養比率が上昇に転じる時期が迫ってきている。高齢化は、一般的に先進国で見られる現象だが、中国は豊かにならないうちにこの段階を迎える(「未富先老」)という厳しい試練に立ち向かわなければならない。

図1 中国における人口増加率、出生率、死亡率の推移
図1 中国における人口増加率、出生率、死亡率の推移
(注)グラフは5年平均。予測は国際連合。
(出所)United Nations, World Population Prospects: The 2004 Revision.

少子化と高齢化の進行

計画出産政策が導入されたことをきっかけに、中国における出生率と人口増加率は、1960年代後半から2000年代の前半にかけて、それぞれ3.66%から1.36%へ、2.61%から0.65%へと低下してきた。それにより、人口が抑えられているだけでなく、その年齢構成も大きく変わってきた(図2)。14歳以下の年少人口、15歳から59歳までの生産年齢人口、60以上の老齢人口の三分類で見ると、年少人口の比重は、1980年の35.5%から、2005年には21.4%へ低下している一方で、老齢人口の比重は逆に7.4%から10.9%に上昇している。年少人口の比重の落ち込み幅が、老齢人口の比重の上昇幅を上回っていることを反映して、生産年齢人口の比重が57.1%から67.7%に上昇している。その結果、扶養比率(年少人口と老齢人口の合計/生産年齢人口)は0.75から0.48に低下してきている。

図2 中国における人口の年齢別構造の変化
図2 中国における人口の年齢別構造の変化
(注)予測は国際連合。
(出所)United Nations, World Population Prospects: The 2004 Revision.

しかし、高齢化は今後加速し、2020年には60歳以上の人口の比重が17.1%、2030年には24.0%に達すると国連が予測している。その一方で、年少人口の比重の低下が鈍ってくることも加わり、生産年齢人口の比重は2010年頃にピークを迎えた後、低下傾向に転換し、扶養比率は逆に上昇し始めるだろう。また、中国の総人口は2030年頃から減少に転じると予測されるが、生産年齢人口の伸びは、それよりも早い2015頃からマイナスに転じると予想される。

成長の制約となる高齢化

このような人口構造の変化は、2つの面から経済成長を制約すると考えられる。

まず、生産年齢人口の低下は労働人口、ひいては労働投入量の減少を意味する。最近、沿海地域において、出稼ぎ労働者(中でも若年労働者)の供給が細くなり、賃金上昇の圧力が高まっていることは、その表れである。こうした中で、高成長を持続させるためには、労働生産性を高めていかなければならない。

その上、扶養比率の上昇は、貯蓄率の低下に結びつく可能性が高い。貯蓄率の低下は投資に向ける資金の減少を意味するため、間接的に経済成長率を引き下げる要因として働くだろう。また、高齢化社会の到来に備えて、中国は一刻も早く年金制度を整備していかなければならない。

このように、これまで採ってきた一人っ子政策の弊害が、今後、労働人口の伸びの鈍化と貯蓄率の低下という形で顕在化すると予想される。特に、2015年頃には、人口ボーナスが完全に消失することをきっかけに、1970年代末期から始まった中国の高度成長期は終焉を迎えるであろう。この意味において、中国にとって、今後の10年間は先進国を目指す最後のチャンスになるかもしれない。

BOX 一人っ子政策の実態

中国の出生政策について、2001年に採択された「人口・計画出産法」では、「国は現行の出生政策の安定をはかり、公民の晩婚晩育を奨励し、一組の夫婦に子供一人を提唱する。法律が決める条件に合致する場合、第2子の出産を申請することができる」と述べている。実際、農村部では、第1子が女児である場合、第2子の出産が認められており、少数民族は漢民族より制限がゆるくなっている。また、上海などの一部の地域では、夫婦とも一人っ子である場合、2人目の子供の出産も認められるようになった。

国家人口・計画出産委員会政策法規司の于学軍司長によると、一組の夫婦に子供一人の政策はおよそ総人口の37.8%に対して実施されており、第1子が女児の場合に、第二子の出産が許されているのは53.04%、第1子の性別に関係なく、第2子の出産が認められるのは5.45%、第3子以上の出産が許されているのは、総人口のおよそ3.71%である(「一人っ子政策の成果と展望」、『中国 人口問題のいま』(若林敬子編著、ミネルヴァ書房、2006年)。

2006年11月28日掲載

2006年11月28日掲載