中国経済新論:実事求是

対外収支の不均衡を如何に是正するか
― 人民元の一層の切り上げが不可欠 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、外貨準備の急増に象徴されるように、人民元は上昇圧力にさらされている。この状況は、昨年7月21日に人民元が2.1%切り上げられると同時に「管理変動制」に移行してからも、ほとんど変わっていない。その結果、中国の外貨準備は、2006年2月についに日本を抜いて、世界一の高水準となった。中国は、輸出の抑制や輸入と資本流出の促進などを通じて切り上げ圧力を緩和させようとしているが、成果を上げるに至っておらず、人民元の一層の上昇は避けられない。

中国の外貨準備が急増している背景には、貿易を中心とする経常収支と直接投資を中心とする資本収支のいずれも大きな黒字を記録していることがある。中国における外貨準備の急増と対外収支における「双子の黒字」との関係は、4月に発表された「2005年中国国際収支報告」(中国国家外国為替管理局)で確認することができる(図)。それによると、2005年の経常収支と資本収支の黒字は、それぞれ1608億ドル(GDP比7.2%)と630億ドル(2.8%)に上った。統計の誤差脱漏の168億ドルの赤字を合わせると、準備資産(そのほとんどは外貨準備)は2004年の2064億ドル増に続いて、2005年は2070億ドル(GDP比9.3%)増加した。

図 中国における対外収支不均衡の拡大と外貨準備の増加
図 中国における対外収支不均衡の拡大と外貨準備の増加
(出所)中国国家外国為替管理局

2005年の外貨準備の上昇幅は2004年とほとんど変わらなかったが、経常収支の黒字は前年の687億ドルより134%増えたのに対して、資本収支の黒字は前年の1107億ドルを43%下回っており、経常収支の黒字が、資本収支の黒字に取って代わって外貨準備増をもたらした最大の直接の原因となった。人民元の上昇圧力は経常取引による「実需」ではなく、資本収支による「投機」によってもたらされたことを理由に切り上げに反対するという論法はもはや通用しなくなってきている。

「国際収支報告」でも指摘されているように、国際収支の大幅な黒字を容認することは、マクロ経済に次の悪影響を与えている。まず、大量の資源の投入を必要とし、環境破壊につながる製品の輸出が増え続け、「粗放型」から「集約型」の成長モデルへの転換が遅れている。第二に、貿易不均衡と外貨準備の急拡大は貿易相手国との貿易摩擦を激化させている。第三に、外貨準備の上昇は、貨幣供給の拡大を通じて、投資の過熱と資産価格の上昇に拍車をかけている。

不均衡の是正を目指して、当局は外貨への需要を増やす一方で、その供給を抑えるよう、次のような政策を講じている。まず、経常取引に関しては、鉄鋼、石油製品など、大量の資源投入を必要とし、環境破壊につながる財や、貿易摩擦の焦点となっている一部の繊維製品に対して、輸出制限を実施する。一方、今年4月の胡錦濤国家主席の訪米に先立って、呉儀副首相は大型企業代表団を率いて訪米し、米航空機大手ボーイングから737型旅客機80機(46億ドル)を購入することをはじめ、米国企業と約160億ドル分の購入契約を結んだ。また、資本取引では、これまで流入と比べて厳しかった流出への制限を緩和する。具体的には、国内適格機関投資家制度を新設し(QDII)、これを通じて海外への証券投資を促す。しかし、このような政策は、効果が限られている上、対症療法に過ぎず、問題の解決にはつながらない。

対外収支が大きな黒字を計上する根本的原因は、当局が市場介入を通じて、人民元レートを割安な水準に維持しようとすることにある。もし完全な変動相場制が採用され、当局が為替市場にいっさい介入しなければ、対外収支の不均衡は発生せず、外貨準備が増える代わりに、人民元はドルに対して上昇することになる。この意味で、人民元の切り上げこそ、対外収支の不均衡を是正する最も有効な手段である。しかし、国内経済への悪影響の懸念に加え、「外圧に屈するわけにはいかない」というスタンスから、中国政府は、人民元の一層の切り上げには依然として慎重である。5月15日に、人民元の対ドルレートは、昨年7月の「管理変動制」の移行後初めて7元台に突入したが、上昇幅が10ヵ月の累計でまだ1.4%にとどまっている。

これに対して、米国財務省が半年に一度まとめる「主要貿易相手国の為替政策に関する報告書」の最新版(5月10公表)では、中国の「為替操縦国」認定を見送ったが、人民元改革の遅れに「極めて失望している」として「中国の為替政策に特別の懸念を表明する」という強硬な表現で中国に人民元改革の加速を求めている。しかし、その一方で、中国に「資本移動の完全な自由化を伴う変動相場制への即時移行は求めてはいない」とも明言している。米中両国の立場を合わせて考えれば、中国にとって、人民元の切り上げのペースを年率3~4%に加速させていくことが、次回も「為替操縦国」の認定を回避しつつ、調整のための時間を稼ぐために支払わなければならない最低限のコストであろう。

2006年5月31日掲載

関連記事

2006年5月31日掲載