2005年12月現在、中国の外貨準備は8189億ドルに達しており、その相当の部分は、米国債を中心とするドル建資産に運用されている。米国財務省の統計によると、2005年10月現在、中国が所有している米国債は2476億ドル(中国の外貨準備の約3割相当)になっているが、第三国経由の国債保有や、国債以外の債券の保有の分をあわせて考えると、中国の外貨準備の中のドル建資産は、この額をはるかに上回っていると見られる。外貨準備額の変動と主要通貨の対ドルレートの変動の相関関係から推測すると、中国の外貨準備におけるドル資産のウェイトは約60%、円とユーロのウェイトがそれぞれ約15%と25%程度であると見られる(BOX)。
中国の外貨準備額が、日本の8469億ドルを抜いて、世界一の高水準になろうとする中、それがどういう通貨構成で運用されるかは、為替市場にとって重大な関心事となってきた。実際、今年1月5日に発表された「外貨管理業務報告」の中で、中国国家外為管理局は今年取り組む優先課題の一つとして「外貨準備の運用および管理を改善し、外貨準備を活用するためのより効果的な方法を模索する」を挙げたが、これが海外のメディアで大きく取り上げられた。その結果、中国当局がドル資産を売って円とユーロ資産にシフトするのではないかという思惑が招かれてしまい、外為市場ではドル安、円とユーロ高が進行した。
これに対して、周小川人民銀行総裁は「中国が外貨準備として保有する米ドル資産を売却するという解釈は正確ではない」と述べた上で、「将来的に米ドル資産の価値が低下しても、必ずしもドル資産を売却するわけではない」と牽制した。しかし、仮に中国がドル資産を買い続けても、米国の膨大な貿易赤字が是正されなければ、中長期にわたってドルが主要通貨に対して下落していくことは避けられない。本来であれば、中国にとって、運用対象をドル以外の資産に分散させることは、まさに「外貨準備を活用するためのより効果的な方法」に当たる。しかし、中国が大量にドル資産を減らし、円やユーロといった他の通貨の資産を増やすことになれば、米国債の価格の下落(=米国金利の上昇)とドル安をもたらしかねない。これは、世界経済にとって撹乱要因になり、その余波が中国に波及するだろう。それに加えて、中国は外貨準備の資産価値の低下というより直接的な損失を被ることになる。こうした配慮から、周総裁の発言に象徴されるように、中国としても運用先の分散化には、慎重な姿勢を見せざるを得ないのである。
外貨準備は最終的に輸入のために使われることを考えれば、その資産価値はドルのような特定の通貨という「名目」ベースではなく、輸入財に対する購買力という「実質」ベースで評価すべきである。逆説的に、ドル安が進めば、外貨準備の中の円やユーロといった主要通貨の価値は、ドルに換算すると評価益が発生することになり、他の条件が一定であれば外貨準備は増えることになる(注)。
しかし、ドル安が進めば、米国でインフレが起こるだけでなく、日本やユーロ圏をはじめとするドル圏以外の製品の価格もドルに換算すると上昇する。ドル安による価格の上昇幅が円高とユーロ高による評価益を上回れば、外貨準備の購買力が減ってしまうのである。外貨準備におけるドルのウェイトが高く、他の通貨のウェイトが低いほど、こうした可能性が高い。
このように、中国としては、ドルの暴落というリスクをヘッジするために、外貨準備の急増を人民元の切り上げのペースを速めることによって抑える一方で、外貨準備におけるドル資産のウェイトを減らしていかなければならない。すでに保有しているドル資産を売却することが困難であれば、ポートフォリオの再構築はせめて外貨準備の増分から着手すべきであろう。
BOX:回帰分析による中国の外貨準備における通貨別構成の推計
外貨準備の変化分は、概念的に、国際収支の黒字(または赤字)と為替変動による評価益(または評価損)の合計に等しい。外貨準備はドルの他に、円やユーロといった主要通貨建ての資産にも運用されるとすれば、円またはユーロがドルに対して上昇するときに、ドル換算で見ると、外貨準備が増えることになり、逆に円安またはユーロ安時には、評価損が生じ、外貨準備が減ることになる。実際、中国の外貨準備の変化率と、円ドルレートおよびユーロドルレートの変化率(いずれも前月比)との間には強い相関関係が見られる(図)。外貨準備の変化をもたらすもう一つの要因である国際収支が比較的安定していることを前提に、外貨準備の変動を被説明変数、ユーロドルレートと円ドルレートの変動を説明変数とする回帰分析を用いて、外貨準備に占める各通貨のウェイトを推計することができる。実際、2004年1月から2005年12月までの月次データを対象に推計を行った結果、円資産のウェイトが15%、ユーロ資産のウェイトが25%、残りの60%がドル資産であることが分かった(表)。
2005年4月以降の外貨準備には外貨準備による工商銀行への150億ドルの資本注入を含む。
説明変数と被説明変数はいずれも前月比変化率。
係数はユーロまたは円が1%上昇するときに外貨準備が何%上昇するかを示し、円またはユーロが外貨準備に占めるシェアにも対応する。
2006年1月30日掲載