中国経済新論:実事求是

中国の貿易大国化による世界各国への影響
― 注目すべき相対価格の変化という波及経路 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は、貿易規模が2004年に初めて日本を抜き、米国とドイツに次ぐ世界第三位の貿易大国になった。2005年の貿易額はさらに拡大し、1.42兆ドル(うち、輸出は7620億ドルで、輸入は6601億ドル)に達している。中国の貿易大国化は、主に中国の交易条件の悪化と貿易相手国の交易条件の改善という相対価格の変化を通じて、グローバル規模における実質所得の移転と産業再編をもたらしている。このプロセスにおいて、中国と補完する先進国や一次産品輸出国は得することになるが、中国と競合する一部の新興工業国が損を被ることも考えられる。

計画経済の時代、中国は「自力更生」のスローガンの下で、外国との経済交流が停滞し、鎖国に近い状況にあった。1978年の貿易額は206.4億ドル(うち、輸出は97.5億ドル、輸入108.9億ドル)に留まり、世界ランキングは27位であった。当時の中国はすでに世界一の人口大国であったが、世界経済への影響という意味においてはあくまでも「小国」であった。その後、鄧小平の主導の下で改革開放路線に転換してから、外国投資を積極的に受け入れるようになり、外資系企業による委託生産や加工貿易をテコに、輸出入を増やしてきた。特に、2001年のWTO加盟を経て、中国では対外開放がいっそう加速している。

改革開放を通じて、中国は輸出入を拡大しながら、自らの比較優位に沿って、世界経済に取り込まれてきた。中国の比較優位は言うまでもなく、13億の人口に基づく豊富な労働力である。中国は、外資導入と農村部の余剰労働力を吸収する形で、労働集約型製品(または工程)に特化してきた。その結果、国際市場において、労働集約型製品の供給が増大する一方、資本財をはじめとする技術集約型製品とエネルギーをはじめとする一次産品に対する需要も増える。この需給関係の変化は労働集約型製品の技術集約型製品ならびに一次産品に対する相対価格の低下、ひいては中国の交易条件の悪化と、中国を除く世界の交易条件の改善をもたらす(BOX)。最近になって、「中国が買っているものはみんな高くなり、中国が売っているものがみんな安くなる」という現象が顕著になってきたことは、その現れに他ならない。このような相対価格の変化に伴う実質所得の移転を通じて、他の国々も中国の経済発展に伴う利益を享受することができる。

しかし、中国の台頭の影響を受ける諸外国の間では、勝ち組と負け組が分かれることになる。中国と補完関係にある国(すなわち、中国とは逆に労働集約型製品を輸入し、資本集約型製品または一次産品を輸出する国)では、中国の交易条件の悪化が自国の交易条件の改善を意味する。その典型は、日本をはじめとする先進国や、石油輸出国である()。これに対して、中国と競合する国(すなわち、中国と同じように、労働集約型製品を輸出し、技術集約型製品または一次産品を輸入する国)では、中国につれられる形で交易条件が逆に悪化する。その典型例は、ASEANをはじめとする新興工業国である。

中国の経済発展を受けた相対価格の変化に応じて、外国においては、中国と補完する業種(技術集約型製品、一次産品)は拡大するが、中国と競合する業種(労働集約型製品)が縮小を余儀なくされる。こうした産業調整は、生産要素の衰退産業から成長産業への移転を経てはじめて達成されるものであるが、それに伴って、一時的に失業と企業倒産が発生し、貿易摩擦と保護主義的対応を招きかねない。現に、先進国では、市場の撹乱を理由に中国に対してアンチダンピングなど、いろいろな形で輸入制限を加えている。

このように、中国の台頭の影響を考える際、単に対中輸出の伸びている国が得し、中国から輸入を増やしている国が損するという従来の「GDP成長率」と「需要の変化による所得効果」といういわゆる「ケインズ型」の発想を超えて、「国際分業」と「供給の変化による相対価格の変化」に焦点を当てた分析が求められている。

BOX 標準的な貿易モデルによる分析

労働集約型製品と技術集約型製品の二つの財を対象とするモデルを考えよう。モデルの供給側は(中国を含む)世界の「生産可能曲線」、需要側は(中国を含む)世界の無差別曲線によって表すことができる。無差別曲線が生産可能曲線に接するところ(E)で、両財の需給が均衡し、両曲線の共通の勾配(t)は労働集約型製品の技術集約型製品に対する相対価格(=中国の交易条件)に当たる。中国の台頭は、労働集約型製品に偏っている形での生産可能曲線の外側へのシフトによって表され、新しい均衡点においては、従来と比べて、生産可能曲線と無差別曲線の共通の勾配が急になり、労働集約型製品の技術集約型製品に対する相対価格が低下する。なお、分析の対象は、中国のような大国ではなく、シンガポールのような「小国」の場合、生産拡大によってもたらされる世界の生産可能曲線へのインパクトは非常に小さく、相対価格の変化もほとんど無視できる。

図 中国の発展に伴う生産と交易条件の変化
図 中国の発展に伴う生産と交易条件の変化

2006年1月30日掲載

脚注
  • ^ もっとも、先進国と産油国における交易条件の改善は、それぞれ一次産品価格と技術集約型製品価格の上昇によって部分的に相殺される。

2006年1月30日掲載