中国経済新論:実事求是

強化された財政移転制度
― 地域格差の是正に向けて ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

胡錦濤・温家宝政権が調和の取れた社会(「和諧社会」)を目指して、これまでの効率一辺倒の政策を改めて、公平をも重視する政策への転換を進めている。その一環として、中央から地方への財政移転の拡大を通じて、地域間の所得格差の是正を図っている。

現行の財政移転制度は、地方の収支不均衡問題に対処し、遅れた地域にも公共サービスを行き渡らせるために、1994年の分税制の実施とともに導入された。その主要なものは「税返還」、「専項転移支付」、「財力性転移支付」の三つである。

(1)税返還は、1994年の分税制の実施と2002年の法人税および所得税の共有化の際に、税が中央政府に移管された地方政府に対して、改革前の税収、さらには一定の増分を保証する仕組みである。これは基本的にもともと税収の多かった地域に税金を還付することで税制改革を円滑に行うために設けられたものであり、その恩恵を受けるのは後れた地域ではなく、豊かな地域である。

(2)専項転移支付は基本建設や社会保障、農業、教育といった分野への使途特定の移転である。日本の国庫支出金と同様、資金がプロジェクトごとに配分され、運用についてはそれぞれの所管官庁(国家発展改革委員会、社会保障部、農業部、教育部)の裁量権が大きく、透明性が低い。

(3)財力性転移支付は基本的に貧しい地区への資金移転を目的としている。その中で最大の項目である「一般性転移支付」は、資金の用途が地方政府に委ねられることや、「標準支出」「標準収入」といった算出方式を用いる点で日本の地方交付税交付金と類似している()。

分税制に移行した当初は、中央政府から地方政府への財政移転の規模が小さい上に、地域格差の縮小に寄与しない「税返還」がその大半を占めていた。1995年には、2534億元の財政移転のうち、税返還は1869億元(全体の約75%)に上ったが、専項転移支付は375億元、財力性転移支付はわずか21億元にとどまった。

しかし、1998年以降の内需拡大を目指した積極財政と、その後の「西部開発」や「東北振興」などの推進を受けて、財政移転に占める「専項転移支付」、「財力性転移支付」など「税返還」以外の部分のウェイトが高まってきた(図)。2002年に、所得税について中央と地方の配分方法が変更されたことにより、中央が財政移転の新たな財源を確保できるようになった。1994年の分税制改革により個人所得税は地方財政収入、企業所得税はその所属により各地方または中央政府の収入とされていたが、2002年からは一部の特定業種の企業を除いてすべての個人・法人所得税収の増加の部分が、中央と地方に一定の比率で配分されるようになった。中央政府は改革による増収分は主に中西部地域への財政移転に充てている。これを反映して、2005年の予算では、中央から地方への移転総額は1兆1224億元に上り、そのうち、「専項転移支付」(3631億元)と「財力性転移支付」(3093億元)が計6724億元に達し、全体の6割を占めるようになった。

図 地方の財政総収入推移-拡大する税還付以外の中央からの移転
図 地方の財政総収入推移-拡大する税還付以外の中央からの移転
(出所)『中国統計摘要』、大西靖『中国財政・税制の現状と展望』、大蔵財務協会、2004年

しかし、こうした政府の努力にもかかわらず、今のところ地域間の財政支出の平準化という傾向はまだ見られていない。地域間の所得格差とそれに比例した財政収入の格差が引き続き拡大する中で、財政移転の強化が財政支出における格差の拡大になんとか歯止めをかけているという状況である。調和の取れた社会を実現させるためには、財政移転の規模をいっそう拡大しながら、その重心を税返還と専項転移支付から、財力性転移支付にシフトさせていかなければならない。これと同時に、移転額の算出基準の透明性と公平性を高めていく必要があろう。

2005年11月7日掲載

脚注
  • ^ 「財力性転移支付」は、「一般性転移支付」のほか、チベットや新疆ウイグル自治区などに対して使途が自由な資金を分配している「民族地区転移支付」、公務員の給与の一部を中央政府が地方の代わりに一部負担する「調整給与転移支付」、農村税費改革に伴う地方政府の歳入減少を補助する「農村税費改革転移支付」がある。

2005年11月7日掲載