中国の自動車産業は現地市場を目指した外国メーカーの参入をきっかけに急成長したが、ここに来て自動車を海外へ輸出する動きが見え始めた。しかし、中国の自動車産業は生産コストが高い上に、国際市場に参入するに際しても多くの課題が残っている。生産資源の集中的な投入は自動車産業の国際競争力を高めるが、雇用問題の解決は遠のく。特に、自動車の国際競争力の強化は人民元の切り上げにつながり、労働集約型産業の価格競争力を低下させる。余剰労働力を抱える中国は雇用を犠牲にして産業の高度化を急ぐべきではない。
本格的自動車輸出は時期尚早
中国から本格的に自動車を輸出しようという計画が相次いで発表されている。2004年12月23日、ホンダは中国初となる乗用車輸出専用の広州工場(年産5万台)の第一期完成を発表した。2005年2月末から生産が始まる小型車は欧州へ輸出される。また、2005年1月5日には中国メーカーである奇瑞汽車も自動車輸入販売会社のVisionary Vehicles LLCを通じて2007年から乗用車5モデルを米国で販売することを発表した。2007年の販売目標は25万台にのぼる。中国政府も2004年6月1日に、「2010年までに自動車産業を国民経済の支柱となる産業に育てる」という目標を掲げた「自動車産業発展政策」を発表、自動車輸出を後押ししている。
しかしながら、中国の自動車輸出大国への路は険しいと言わざるをえない。奇瑞汽車の例で言えば、米国への輸出に際しては、製品自体の競争力を要求されることに加え、「環境や安全基準のクリア」、「販売網の構築」、「アフターサービス網の充実」といった課題にも直面することになる。
奇瑞汽車は中国メーカーの中ではブランド力が最も高いという評価を受けている。それでも米国市場で同クラスの車種より30%程度安く販売するという低価格戦略を売りにしなければならない。しかし、中国では自動車産業はまだ発展の初期段階にあり、技術や主要な部品を海外から輸入しなければならない。規模の経済性が働かないため、生産効率も低くなっている。その結果、中国の賃金水準は先進国と比べて遥かに低いにもかかわらず、中国製自動車は生産コストが割高になっており、国際競争力を持つに至っていない。
これに加えて、排ガス規制や安全基準といった規格をクリアするためのコストがかかるため、価格競争力はさらに低下する。しかも、これらの規格は時を追って厳しくなるため、継続的に基準をクリアするための開発コストが必要になる。技術的に遅れをとる中国メーカーは開発コストも相対的に高い。また、奇瑞汽車は進出に際して米国内に250の専門販売店を開設する予定となっているが、販売網の構築に関する新規費用がかかるために、すでに米国での現地生産を行っているメーカーと比べて不利である。
さらに、海外市場での競合相手は同クラスの新車だけではない。たとえば米国では中古車市場も整備され、先進諸国のメーカーの車であれば中古車であっても充実したアフターサービスを受けることができる。自動車単体の価格が安かったとしてもアフターサービスにかかる費用を考慮に入れて、中古車を購入する可能性もある。しかし、アフターサービスを充実させるためには販売網の構築と同様に新規費用がかかり、これを考慮すると中国メーカーの価格競争力はさらに割り引いて考える必要が出てくる。
産業高度化と雇用創出のジレンマ
確かに、現在の中国が持つ生産資源を傾斜配分的に自動車産業へ投入すれば、将来国際競争力を持つ産業に発展する可能性は否定できない。しかしながら、自動車産業が発展する裏側で二つの矛盾を抱えることになる。
まず問題となるのは雇用である。先端的な、ロボットなどを採用した自動車産業は技術集約的であり、製品の加工などに比べ労働力を要しない業種である。したがって、同じ金額を労働集約型産業に投資すれば、より多くの雇用が創出できる。
また、日本の経験が示しているように、自動車産業が強い国際競争力を持つようになれば、為替の切り上げは避けられない。人民元レートが切り上げられることになれば、今まで中国が得意としてきた労働集約型産業の価格競争力の維持は難しくなる。この場合も販売不振や倒産を通じて、失業率の増加を招いてしまう(注)。中国は農村部だけで1億5000万人の余剰労働力を抱えていることを考えれば、雇用を犠牲にしてでも、産業の高度化を急ぐべきだという議論は成り立たない。雇用の拡大と産業の高度化をいかに両立させていくかが中国の経済発展を考える上で、重要な課題となっている。
2005年1月14日掲載